《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第三百十話 聖戦、東京⑳
「お兄様! お兄様あ!」
ロマは思わず立っていた場所から急いで心地へと走り出した。
「やめなさい、ロマ・イルファ!」
しかしそこに立ちはだかるメアリー。
「……メアリー・ホープキン。たとえあなただろうと、お兄様が仲間と認めた人間だろうとも、立ち塞がるというのであれば……、殺してでもそこを通りますよ」
「なに馬鹿なことを言っているの。バルト・イルファが折角作ってくれた機會を無駄にするつもり⁉︎」
「無駄、って……!」
「バルト・イルファは命を賭してヤルダハオトを倒そうとして、そしてそれを実行した。あなたにはそれがどれだけ辛くて苦しいことなのか、分からないの……!」
メアリーは涙を零していた。
それは、何故彼も泣いてしまっているのか分からないぐらい、単純だけど難解な疑問だといえるだろう。
しかし。
「……蟲唾が走る。勝手に語の幕を閉じようと試みたようだが、それは上手くはいかなかったようだな」
砂煙の中から、一つの聲が上がった。
そして、その聲の主は、
「ヤルダハオト……! あなた、生きていたというの……!」
「これ程の攻撃、造作もない……と言えば噓になる。流石にそれなりのダメージはけたよ。しかし、『それなり』の攻撃だ。それ以上でもそれ以下でもない。何れにせよ、それがどうなろうとも、私には知ったことでは無い。私は私の事が出來れば、貴様には用が無いのだからな」
砂煙が徐々に晴れるに従って、その様子が見えてきた。
ヤルダハオトは立っていた。砂煙が尚も立ち込めるその空間で、ただ一人立っていたのだ。
バルト・イルファの姿は見えない。それを見てメアリーは容易に一つの事が想像出來た。それは出來る事ならばそうであってしくない、簡単な結論。
「……バルト・イルファは、狡猾だったよ。それでいて愚直に、私の崩壊をんでいた。たとえそのを崩壊させようとも、私を倒すという決意。敵ながら素晴らしい思想だ。私の方から拍手を送ろうではないか」
乾いた拍手が數回鳴った。
しかし、ヤルダハオトは尚も行を止める気配はない。
「……しかしながら、殘念だったよ。その考えは屆く事があったとしても、それ自を結果に昇華させることは出來なかった。殘念だ、非常に殘念だ。それは君たちが神を信じ、祈りを捧げなかったから。ただそれだけだ。神は存在し、生に謝を捧げなくてはならないという、その思い。その考え。その行。全てを管理することはできやしない。しかし……しかしながら、私としては一つの結論を、述べるほかあるまい。殘念だよ」
一息。
「……死ね。このヤルダハオトのために、この世界もろとも滅びるが良い」
予兆は無かった。
剎那、世界がゆっくりと崩壊していった。
♢♢♢
はじめに気が付いたのは、高層ビルの屋上にある監視カメラだった。正確に言えばそのカメラは天気予報などで上空を映し出す為のものであった。
そしてそのカメラの映像を延々と流し続けている番組があった。案外そういった番組とは需要があるもので、なからず見ている人間が居るわけだ。
それはたとえ東京の上空に謎のが姿を見せようとも、そこからし離れてしまえば関係無い。簡単に言ってしまえばそれまでだが、しかしそう簡単であったとしても、それを処理することは難解だ。
最初は、一本のクレームだった。
空が暗くなっていて、まるで白黒寫真のような狀態になっている。そんなクレームだ。スタッフは陳謝したのち映像を確認する。確かに映像は間違っていなかった。白黒寫真のように、白と黒以外のが綺麗に飛んでしまっていた。
普通ならその景に疑問を浮かべるし、対処法を粛々と進めるはずだ。そしてそれはそのスタッフにも分かりきっていたことだ。とにかくスタッフは技スタッフに連絡をれる。スタッフとは言えど、その業務が全てせるわけではない。縦割り社會というと言い回しがおかしいかもしれないが、とどのつまりはそういうことだった。
スタッフから連絡をけた技スタッフは、即座に行を開始した。先ずは映像を暗転させカメラをリセット。要するに電源の切りれだけなのだが、案外それで直ることがある。
しかし、今回は直らなかった。
次に技スタッフがやったことはカメラの換だ。萬が一の事を考え、技スタッフのオフィスはカメラが設置されているビルの屋上、その一つ下のフロアにある。技スタッフの一人が手際良く臺車を取り出し、無數に積み上げられた段ボールから換用というテプラが付された段ボールを一つ取っていく。段ボールを臺車に乗せて、エレベーターホールへと向かっていった。
エレベーターに乗り込み、一つ上のフロアへと向かう。エレベーターを降りた後、臺車は不要になるため、畳んで壁に立て掛ける。段ボールは両手で抱えて屋上へと出る扉を開けた。
技スタッフが見たのは、白黒の景だった。正確に言えば、を失った世界。を失うと、その世界は一気に暗闇に落とし込まれる。しかしオフィスに居た彼らはし曇っていると思い込みそのまま電気をつけていたわけだ。
特殊な景に狼狽えていると、さらに違和が技スタッフに襲い掛かる。
今まで浮かんでいた謎の球が、ゆっくりと、しかし目に見える速さで、地面に向かっていたのだ。
その時點で技スタッフはもう、カメラの換の事などすっかり忘れていた。その景に全て飲み込まれていくような、そんなじだ。
そうして、技スタッフはゆっくりと沈んでいく球を眺めながら、ゆっくり目を瞑った。
そうして、一言ぽつりと呟いた。
「いったい……何が起きているんだ」
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