《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第三百十一話 聖戦、東京㉑

「破壊と再生の儀式、だよ」

ヤルダハオトは困しているメアリーたちにそう言葉を吐き捨てた。

「破壊と……再生?」

「文字通りのことだ。この世界は汚れきってしまった。かつて神が創り上げた箱庭と言っていい空間で、好き勝手に過ごしたのはお前達人間だ。最初、神はそれでも人間の橫暴を止めることはしなかった。それが良い効果を生むだろうと試算していたからだ。……けれど、それは甘かった。甘い考えだった」

「……どういうことよ?」

「分からないのか。人間よ。いや……或いは分からないほうが良いのかもしれないな。世界をずっと自分たちのものと勘違いしていたのだから。勘違いし続けたまま滅ぶべきであったのかもしれない」

ヤルダハオトは両手を広げる。

剎那、さらに大きな発が起き――それを合図にリュージュの城が崩壊を始めた。

「不味い……。このままじゃこの城が持たない! メアリー・ホープキン! 急いでこちらのホバークラフトまで!」

「待って! まだフルのがあっちに……!」

メアリーの指差した先には、橫たわるフルのがあった。

しかしロマ・イルファは舌打ちを一つするだけ。

「あれはただの抜け殻です! 今本と化しているのは、あの邪神、ヤルダハオト! それより、あなたもこの崩壊していく廃墟とともに命を終えるつもりですか! まだ戦いは終わっていません。お兄様も……きっとそれをんでいるはず!」

ロマ・イルファの言葉に、最初はメアリーも賛同しなかった。

どうしてもフルのだけでも回収したいという意志があったからだ。

しかし、フルがああなってルーシーまでもメタモルフォーズに取り込まれてしまっている以上、彼が意志を曲げてはならない――それはメアリー自が思ったに違いない。

メアリーはやがてゆっくりと頷くと、フルに答える。

「フル。絶対にあなたを助ける。ヤルダハオト……そして、あなたを絶対に倒す」

それを聞いたヤルダハオトは一笑に付す。

「出來るものならな」

そうして、メアリーとロマ・イルファを乗せたホバークラフトはゆっくりとリュージュの城を後にするのだった。

崩壊するリュージュの城。

それに呼応するかの如く咆哮するオリジナルフォーズ。

それは一つの戦いの終わりと、一つの戦いの始まり――。

◇◇◇

目を覚ますと、僕は空間に浮かんでいた。

いや……浮かんでいる……のか?

『……目を覚ませ、年』

聲が聞こえた。

その聲は、どこか優しく。どこか溫かく。

しかし、聞いたことのある聲だったのは間違いなかった。

僕がそれを意識すると、目の前に仄かに溫かいが見えた。

それは一つのというよりも、ホログラムで何かのノイズを映し出しているようなじ。

「……あなたは?」

モノ、ではなくヒト、として。

僕は問いかける。

『あなたが一番良く知っているのではありませんか?』

しかし。

それは問いを問いで返した。

問いを問いで返すと言うこと。それはある意味分かりきっていたことだし、そうするんじゃないかなんてことも思っていた。ということはそれは相手は僕の策に敢えて嵌ったということになるのだろうけれど、そこまで無策でも無いだろう。

だから、僕は答える。

にこやかな笑顔で。

或いは健やかな笑顔で。

或いは無垢な表で。

「……あなたは、ガラムド、ですね?」

それに答えるように、ホログラムのノイズは急激に形を変化させていく。

『……ええ。そうです。私はガラムド』

やがて、それは一人のの形となった。

「あなたは、どうしてここに……。確か、死んでしまったと聞いたはずです」

『確かに、私のは消滅しました。しかし、が消滅しても魂は消えることはありません。暫しの間は、未だ現世に殘っているのです。そして、』

ガラムドは、右手を広げる。

何も無い空間に、一本の線が生まれた。

すると、今まで浮遊に包まれていたが――その線めがけて急速に落下し始めた。

「うわ……わわわっ!」

あわや地面に衝突、となるかと思ったが――すんでの所でスピードが落ちて、ゆっくりと床に降り立つことが出來た。

『この空間は、あなたの神空間。今、あなたの神空間に私の魂が干渉している、とでも言えば良いでしょうか』

「魂が……干渉している?」

『小難しい話は後にしましょう。先ずは、この世界の概念を、改めて定義し直さなくてはなりません』

「定義し直す?」

『ええ。簡単な話』

ガラムドは周囲を見渡す。

そこはただの白い空間。正確に言えば、白い空間に一本線が――地平線が――引かれた空間となっている。

『あなたの意識の大半は、ヤルダハオトが引っぺがした。それは、一応言っておくと、魔法でも何でも無い、ただの科學技によって』

あれが? 科學技

でもそんな科學技は僕たちの世界でも、あの世界でも発達しきっていなかったような……。

『それはあの世界では語られなかった歴史。正確に言えば、リュージュがオリジナルフォーズを使ってまであの世界を滅ぼしたかったのも、理由がある。そしてそれは私にも関係するし、ヤルダハオトにも関係する』

「ヤルダハオト……にも? リュージュはあの世界を滅ぼしたのは、ただの破壊活からじゃ……」

『あの祈禱師がそんな甘い考えで行すると思いますか?』

確かに。そうガラムドに言われると――僕の考えは間違っていると直ぐに気付かされる。

だってリュージュは狡猾に僕たちを追い詰めた。そのリュージュが世界を滅ぼした理由が、ただの破壊活? 破壊するためだけに世界を、オリジナルフォーズを、わざわざ目覚めさせた? 自分の世界がどうなるかも分からないのに?

『リュージュは言っていたはずです。リュージュは……神の世界に行く、と』

「神の……世界」

『それは箱庭であり、箱庭以上の存在。私が過ごしていた空間は神の箱庭という、言うならば研究室でした。人間の活を、星の活を緻に再現し、実験を重ねる研究を続ける研究室。それが、神の箱庭』

何だかどんどんスケールが大きくなってきたような気がする。

『では、神の箱庭を作ったのは誰? 人間を作ったのは誰? 人間の活を、星の活を緻に再現出來る程の技を持ったのは誰? ……それは、神に他なりません。けれど、神は一柱だけでは再現しきれない。フル・ヤタクミ、あなたがかつて居た國にはこんな言葉があったはずです』

――八百萬の神、と。

徐々にパズルのピースが嵌っていくような、そんな覚がした。

さらにガラムドは話を続ける。

『リュージュはそこに目を付けた。神の箱庭を奪うだけでは、意味が無い。次の「神の箱庭」を作られるか、或いは神の箱庭ごと削除されるかのいずれかと思っていたのでしょう。……それにしても、運命とは恐ろしいものです。いや、この場合は運だけとでもいえばいいでしょうか。彼は頭脳が明晰過ぎた。そして世界を知り過ぎた。だから若いに知ったのでしょう。この世界は何者かによって作られた巨大な実験場であると』

「待ってくれ、ガラムド。僕は、あなたが言っていることについていけない」

『いいえ、フル・ヤタクミ。あなたはついていかないといけない。いや、ついていかなければならない。私の話をすべて聞き、理解し、その上でヤルダハオトがしようとすることを止めなくてはならない。それはあなたの存在意義を認識し、あなたの存在意義を否定しようとする存在を破壊するためにくのですから』

ガラムドは、僕に何を伝え、何を理解させようとしているのか。

スケールが巨大になりすぎて、理解よりも報のインプットの速度が早くて追いつけない。いや、正確には追いつこうとしても追いつけるはずが無い。

こちらはただの人間。対して相手はガラムド。世界の神と呼ばれていた存在。人間と神が同等の立ち位置に居ること自きっと烏滸がましいことだろうに、その話を理解しろというのも無理がある。

けれど、ガラムドはそれをしろと言う。理解しろと言う。

果たして僕にそれが出來るのだろうか。

果たしてそれをすることで――僕は何かをし遂げることが出來るのだろうか。

『ヤルダハオトは神です。確かにそれは否定出來ません。しかしそれはこの世界でのこと。この次元の世界での話のこと。ヤルダハオトも人間です。それも、科學技が究極に発達した世界の……最後の生き殘り。彼は未だ実験を続けているのですよ、誰も居ない世界で。人間の世界を再現するという実験を。彼もまた、悲しい存在なのですよ』

◇◇◇

東京が、崩壊する。

正確には地平が崩壊し、そこからさらに一つの地平が姿を見せる。

それは地球でいうところのマントル、或いはアセノスフェアと呼ばれていた空間。

そこに、世界があった。

もしそれを撮影しているカメラがあるとするならば、それは世紀の発見と言えるだろう。

しかし今東京に生きている人間は、誰一人として存在しない。オリジナルフォーズが顕現した時點でとっくに避難命令が下され、今や殆どの人間が東京には居ないのだから。

それを見ていたのは、メアリーとロマ・イルファの二人だけだった。

「これは……いったい、どういうこと……?」

世界の中に、もう一つの世界がある。

それを見てヤルダハオトはにやりと笑みを浮かべ、

「ついに、二つの世界が差した」

そう、口にした。

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