《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第三百十九話 アンドロイドは電気羊の夢を見るか

マザーコンピューター『イヴ』の部屋にある壁がゆっくりと上がっていく。

「これが……『楽園』の末路であり、現在だよ。君たちには特別に見てもらおうと思う。何せ、今君たちは歴史の大見出しに立ち會えているのだからね」

そして、中から出てきたのは、巨大な試験管のような容だった。容には緑が満たされており――そこにっているのは、

「人間の……」

「そう。正確には、これから人間のとなるただのだ。魂のっていないこのに、魂さえれてしまえば人間のできあがりだ。……もっと言ってしまえば、単調な命令をプログラムしてしまえば機械生命ロボットの代わりを擔うことだって出來る。まあ、コスト面を考えるとどちらが良いのかは分からないがね」

「でも、それって……」

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」

「……何ですって?」

ヤルダハオトの突然の発言に、メアリーは聞き返すことしか出來なかった。

ヤルダハオトはメアリーたちが話を理解していようがしていまいがそんなことは関係なかった。

もしかしたら、ただ話を聞いてしいだけだったのかもしれない。

良き理解者を――得たかったのかもしれない。

「かつて、SF作家が書いた本のタイトルだよ。人間と、人工知能の違いとは何か? 人が人を作るということ、それは神の所業と同じだ。だから人間は自ずと神の座に近づこうとしている……或いはそんな警鐘を鳴らしたかったのかもしれないな」

「ちょっと、あなたいったい何を言って……」

「賭けをしようじゃないか、メアリー・ホープキン。そして、この世界の『かりそめの人間』によって作られた人造人間であるロマ・イルファ」

両手を広げ、顔を上げる。

「その容を話す前に、登場人をこの場に集めておかねばならないね。……隠れていないで出ておいで、ガラムド、いや……イヴ」

そして。

パチン、とヤルダハオトは指を鳴らした。

ブウン、と空気が揺れたような音がしたと同時に、ヤルダハオトの目の前にが出現した。

。その単語としか形容しようがない、がぽっかりとそこに浮かんでいる。

次元と次元を繋いだ、ホール。

きっとそれはメアリーたちに説明しても、分からないことだろう。

ヤルダハオトは躊躇無く、そのに手を突っ込む。

そして、暫くした後何かを引っ張り出した。

それは人間の腕だった。腕、脇、首――そして顔が見えると、それが何者であるか漸くメアリーたちにも理解できた。

「ガラムド……様!」

メアリーは思わず目を丸くしてしまった。

「待て、ヤルダハオト!」

そしてガラムドを追いかけるように、そこからフルの姿が出てきた。

その衝撃は、からガラムドが出てきたとき以上に、メアリーに屆く。

生きているはずのない、彼の姿を目の當たりにして――彼は無意識のうちに目から一筋の涙を零していた。

「噓……。どうして、フルがそこから……」

「話は後だ。メアリー。ところで、こいつがその、ヤルダハオトだね」

フルはある程度の報を仕れているようだ。メアリーはその言葉を聞いてしっかりと頷く。

「まさか、ホールを開けられるとは思わなかったかな? けれど、それくらいは僕にだって出來ることなんだよ。多次元世界の研究を行ったのは君だけじゃない。僕と君の共同研究なのだから」

「や、ヤルダハオト……!」

「嫌だなあ。それは『この世界』の名前だ。確かに僕はそう名乗ったけれど、君と僕の仲じゃないか」

笑みを浮かべながら、ヤルダハオトは呟く。

「いいえ。あなたは佐久間來喜であって佐久間來喜ではない。もう、を窶したヤルダハオトという神を騙った人間よ」

ガラムドは手を振りほどき、フルとともにメアリーの傍に向かう。

しかし、ヤルダハオトはその行すらも予想通りだったのか、表を崩すことはなく、

「ふん。……まあ、いいさ。君の勝ち気な格も昔から変わっていないようで何よりだよ。……そうそう、メアリー・ホープキンには話をしていたのだけれど、賭けをしないか。ガラムド。これは僕たち人類と、かりそめの人間の賭けだよ。きっと君はメアリー・ホープキンの側につくのだろうから、僕はたった一人でこの賭けに挑むわけだけれど」

「……賭け、ですって?」

そうさ。ヤルダハオトは嗤って、

「もし君たちが負けたら、このマザーコンピューターを使って『再生プログラム』を起する。それと共に君たちかりそめの人間は消失する。イヴ、君なら知っているだろうけれど、」

ヤルダハオトは上を指差し、

「このマザーコンピューターには気候作もできる。『破壊』に地球の気候は慣れてしまったようだけれど、君たちかりそめの存在には『破壊前』の気候に耐えきることは出來ないだろう?」

「あなた……それをすることで、文化の斷絶が起きる! 継承されない歴史があるというのは、たとえ人間出とはいえ神のすることではないでしょう!」

「そんなこと、関係ないだろう」

ガラムドの発言を一言で黙殺させるヤルダハオト。

「僕たちの世界を復活させるかどうか、それを考えるだけで良い。あの老人達はそう言っていたじゃないか。自らの利権のためだけにいていた。そんな存在を、嫌っていたのはほかでもない君じゃないか」

「……分かったわ。賭けっていったい何をするつもり? まさかコイントスみたいな簡単なものとは言わないわよね」

「そんなことは無い。もっと簡単で、単純で、僕たちの意志がらないことだ」

ヤルダハオトは、フル・ヤタクミを見つめる。

そして、彼に手をかざした。

「フル・ヤタクミ。君は予言の勇者とこの世界で信じられてきた、崇拝されてきた、崇敬されてきた存在だ。或いは醜く、或いはしいこの世界を見てきたことだろう。人々の生き方は、かくも面白く、かくもつまらない。そうして人は神が作りたもうた箱庭にて生き続ける。……それを前提として、問う」

一息。

「フル・ヤタクミ。お前はこの世界を、お前が住んでいた世界を救うとむか? それとも、滅ぶとむか? それを、お前の深層心理に語りかけようではないか」

――そこを最後に、彼の意識は途絶えた。

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