《異世界で、英雄譚をはじめましょう。》第三百二十五話 終わる世界④

ヤルダハオト――佐久間來喜は、すべてが白の世界に立っていた。

最初は驚いている様子だったが、直ぐに狀況を理解する。

「……ふん。程ね。人間が作ったものを神の世界に置いておくことすら気にらなかったわけだ。ムーンリット・アートは」

白の世界を、一歩、また一歩と踏み出していく佐久間來喜。

殺風景なものだったが、しばらくすればそれも慣れてくる。地平線と思われるものも見えてくるし、実はその景が白夜に近いものであることだと理解できるまでにそう時間はかからなかった。

「……しかしまあ、白の世界というのも殺風景なものだ。神とは殺風景なものを好むのだろうか? そういえば、ガラムドが作り出していた空間も箱庭狀の白い空間だったような。案外、人間と神は似たり寄ったりなのかもしれないな」

「そう言ってもらっては困るね、偽りの世界の神よ」

それを聞いた佐久間來喜は、どこからその聲が聞こえたのか周囲を見渡した。

普通の範疇なら、聲のする方に誰かがいるはずだ。だから三百六十度あたりを見渡せば必ず誰かがいるはずである。そういう解釈をするのは當然の事象だろう。

しかし、ここはそんな當たり前が通用しない、神の世界だ。

「周囲を見渡したところで無駄だよ。今、君とは一つ次元をあげた世界から話をしている。簡単に言えば、音聲は雙方向だが、姿形については単方向と思ってもらえばいいだろう。君から僕の姿は見えないが、僕からは君の姿が見えるし、」

「うわっ!」

佐久間來喜は急に蹴躓いた。正確には誰かに押し倒されたような、そんなだった。

「こんな風に一方的に下の次元の存在に干渉することもできる」

「巫山戯ているのか……!」

「巫山戯ている? 貴様がやっていた行為はこういうことだぞ」

その存在からの聲は、どこか彼の心を締め付けるような、そんな覚を想起させるようなものだった。

佐久間來喜は告げる。

「……確かに僕はずっと隠れて計畫を遂行していただろうよ。けれど、最後は自分の手でやらねばならない欠陥的な計畫だった。だからお前も姿を見せろよ。お前が何者であるかは、もう僕は理解しているんだよ。影神、ダークムーン・アート」

「……おやおや、僕のことも知っていたのか」

地面が歪み始める。

そして、そこからゆっくりと何者かが出現し始めた。

スーツ姿の青年はめがねをかけていて、どこかインテリめいた風貌にも思えた。そしてその存在は普通に町中で見かければサラリーマンのそれであり、或いは執事のそれにも思えた。

「最初は自己紹介から……なんて思ったけれど、君のその様子からして、自己紹介も不要という認識で良かったかな?」

「最初からムーンリット・アートに出會えるなんぞ、思ってはいないよ。それに、ムーンリット・アートを補佐する役割の影神が居ることは昔から突き止めていた。おそらくは二柱とも相手にすることになるのだろう、ということはなんとなく分かっていた」

程ね」

フン、と鼻で嗤う。

「だとすれば、手加減は不要というわけだ。君の計畫は欠陥的であり、その欠陥は致命的だ。今ならまだ引き返すことだってできる。あの機械の中の、偽りの世界の神として収まり続けるというのであれば、君に危害を加えるのも、あのコンピュータに危害を加えるのも止めることにしよう。つまり私たちの世界と、君たちの世界は、それぞれ不可侵にしようということだ」

「そんなこと、信用できるわけがなかろう。この世界と、遙か昔に起きた『妖』の暴走がすべての真実だ。お前達はノアの方舟の再來を行った。それは神が人間に対して未だ信用していないということの証になるだろう」

「……はは、まあ、そうなるか。確かに君たちはあの頃を経験した世代だ。しかし、君たちもコンピュータの中の世界でそれを経験させたはずではないかね? 人間として、神として、どういう行いをするべきかを判斷し、そして君はあの行をコンピュータにプログラミングし、シミュレートした」

「なぜ、お前達があの世界の報を仕れている! あの世界は、電脳的空間にしか存在できない空間であり、不可侵であり、お前達には侵できないはずなのに……!」

「お前は、神を舐めすぎだ。神はどのような次元の世界でもることができるし、どの世界でも干渉することができる。だから、お前達のつくった仮初めの世界にも干渉できるし、現に何回か干渉を行ってきた。そしてその結果が、これだ」

「この結果が、これならば……。僕の勝利ということだな! この世界を統治するムーンリット・アートを殺すことで、僕は世界の神となる。正真正銘、この世界を統治することができる!」

それを聞いた影神は一笑に付した。

「何がおかしい。お前達のやってきた行、そのものではないか」

「そのものだからこそ、だよ。仮に人間が神の力を手にれればどうなるのか、ずっと僕は気になっていた。だからこそ、君を放りっぱなしにしておいた。管理しないでおいた。だって、君だってそれは気づいていたことだろう? 仮にそれが神に気づいているならば、神は自分自を放逐するはずだ、と。そしてそれはその通りとなるはずだった。神は気づいていないと思っていたのか? だとすればそれは非常に稽な事象だ。僕はずっと気づいていた。気づいていたからこそ、君をずっと泳がせていたのだよ。……結果、君は愚かな行為を行い、自分だけが元の世界に現出できるようにした。ほんとうに、愚かだよ。人間は」

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