「サーズ出のマサトに、ロサ出のベルか。ソフィー、どうせ見ているんだろ？ 意見を聞かせてくれ」

マサト達が退出した後、ヴィクトルが1人になった部屋で誰かに呼び掛ける。

すると、紫の裝にを包んだ赤髪の魔が姿を現した。

部屋の端に置いてあった椅子に付きのよい足を組んで座っている。

髪は長く、外巻きにカールしており、その笑みには自信が満ち溢れていた。

「あら、バレてたの？」

「ライトがまたお前が消えたと騒いでいたぞ。サブマスターとしてもっと真面目に務めを果たしたらどうだ？」

ヴィクトルの指摘に、ソフィーは骨なため息をつき、両手を肩まで上げてやれやれと首を振った。

「呼んでおいてお説教？ それにギルドマスターへの助言もサブマスターとしての務めじゃないのかしら？」

「はぁ、そうだったな。で、彼らをどう思う？」

ソフィーはその魅力的なをゆっくりとかす。

「そうねぇ。マサトって男は、正直得の知れない気持ち悪さをじたけど、天使のように可いベルちゃんは間違いなくギガンティアの末裔ね。なぜローズヘイムに來て元気そうにしていられるのかが不思議だけど」

「やはりそう判斷したか。ギガンティアの末裔については、別途調査団をロサの村へ向かわせよう。彼が本當に王のを引いているとなると…… 一波ありそうだな」

ギガンティアの末裔は、ロサ村にある戒めの像から離れられない呪いを掛けられているというのは、上層部のみが知る重要な事実だ。

だが、先代が死んだことでギガンティアのは途絶えたとされたのも事実。

仮に子孫がいてもロサから離れないのは変わらないため、管理する重要も薄まり、忘れ去られてしまっていたというのが現狀だった。

もし仮にギガンティアの子孫がロサの呪縛から解き放たれたとあれば、各地へ行方を眩ました王権支持派が現れ、ローズヘイムに波をもたらすことも考えられる。

今はまだレベル8だが、ギガンティアのに宿る適「強化：大」と「狀態異常無効」は、白兵戦においては大きな脅威となる。

魔法耐の適はないが、「強化：大」により大抵の攻撃に耐え抜き、更には「狀態異常無効」の適により、火傷や凍結等の狀態異常効果も一切効かない。

全ての魔法攻撃が、ただの理ダメージ換算となるのだが、當人への支援魔法バフは効果があるため、支援魔法バフによって最強の戦士となる。

それがギガンティア一族が王國を築きあげた強さだった。

それだけではなく、ベルには強力なの加護までついている。

このまま冒険者の道を進んだとしても、ランクAに屆く英雄クラスの素質の持ち主だと言っても過大評価にはならないだろう。

「でも、私を呼んだのはベルちゃんの事が聞きたかった訳じゃないんでしょう？」

そうだ。

本題は殘念ながらそこではない。

ギガンティア一族の末裔も十分過ぎる程の大きな問題だが、分かっていれば対処は可能だ。

対策を取ることもできる。

私に不安をじさせたのは、マサトと名乗る男の方だ。

水晶には確かにレベル6と表示されていた。

だが、通常の表示とは異なる文字で表示されたのだ。

「ああ。マサトと名乗った男の方だ。水晶に古代文字が浮かんだのは初めてだ。ソフィー、君はこれがどういうことだと見る？」

そう、レベル表示も適も、全て古代文字や古代數字で表示されたのだ。

エルフとして長年多くの知識をに付けてきた私でさえ、簡単な古代文字しか解読できない。

「そうねぇ。単純に古代人ロストヒューマンなんじゃないかしら」

「それは真面目な回答か？」

「あらやだ。私はいつでも真面目よ？」

「……そうだったな。で、拠は？」

「だって彼からは何もじなかったのよ？ 普通、村人ですら多の魔力をじるもの。でも彼からは何もじなかった。何も。それと水晶の古代文字が拠ね」

「古代人ロストヒューマンは魔力を持たないとされる伝承か。一理あるな。この魔導である水晶も、元は彼ら古代人ロストヒューマンが作ったアーティファクトを真似た紛いだ。これが古代人ロストヒューマンを認識できても不思議はない」

「で、あなたは彼をどうするつもりなのかしら？」

「彼の目的が分かるまで監視を付ける。対処はそれからだ」

ヴィクトルはそう言いつつ、ソフィーを見た。

「はいはい。そこで私に振るのね」

「彼のように謎めいた男は嫌いではないだろ？」

「ふふふ、そうねぇ。嫌いじゃないわ。ゾクゾクしちゃう」

ソフィーは格に難があるものの、の研究によりエルフの國から追放された奇才、ネスの元教え子だけあって、隠匿魔法にかなり長けている。

この都市に彼以上の腕を持つ監視者はいないだろう。

「では頼んだ。水晶に表示された古代文字は、王都にある研究所と、私の故郷であるエルフの國へ送り、解析を進める」

「分かったわぁ。じゃあ行ってくるわねぇ」

「ちゃんとライトに伝えてから向かうんだぞ！」

ソフィーはヴィクトルの最後の言葉を最後まで聞かずに扉から外へ出て行った。

「はぁ…… 仕方ない。ライトへは私から言っておくか」

ローズヘイムに新たに現れた問題に、ヴィクトルは今一度大きな溜息をついた。

貴重なＢランクパーティである熊の狩人ベアハンターの欠員に、流離さすらいの風の失蹤。

それに暗殺ギルド、後家蜘蛛ゴケグモの不穏なき。

ヴィクトルの悩みの種は増える一方だった。

◇◇◇

―― 後家蜘蛛ゴケグモのアジト ――

蝋燭の燈りが、蜘蛛の紋章が刻まれたテーブルを照らし、そのテーブルを囲うように3人の人間が座っている。

「急の呼び出しとは何事なのぉん？」

灰のローブにを包んだ者が沈黙を破り、その問いかけに黒のローブを著た者が答えようとしていた。どちらもフードを目深く被っているため、表を窺うことはできない。

「ギガンティアの末裔拐任務を、A5とA11がしくじった。A11は殺され、標的はロサの村を離れた」

その聲は淡々としているようで、なる怒りを抑制しているような震えを含んでいた。

「どういうことなのぉん？ ギガンティアの宮廷魔師だったビルマは、赤ちゃん達の長年の工作でようやく殺せたんでしょうん？ 邪魔者はもう誰もいないはずだったんじゃないのぉん？」

灰のローブを著ていた者は、溜息混じりにそうこぼしながら、薄紫の軽いウェーブのかかった長髪をフードから外に出した。

赤ちゃんと呼ばれた者は、背中にひし形が縦に2つ並んだような赤い模様がったローブを著ている。こちらは終始無言で椅子に座っているだけで微だにしない。

「灰ハイイロ、貴様の髪は特徴的過ぎる。ちゃんとフードの中に隠しておけ」

「あらぁん。どうせここにはわらわ達しかいないのよん？ 隠す必要なんてないじゃなぁい。それより何で失敗したのかしらぁん？」

黒のローブを著た者の指摘を気にする素振りも見せず、灰ハイイロと呼ばれた者は失敗の原因を追究した。

その灰ハイイロの態度に、黒のローブを著た者は沈黙したが、灰ハイイロが態度を改める気がないことを察すると、渋々原因を話し始める。

「A5の話では、認識阻害の魔法で隠したアジトに、人間とダークエルフの2人組が突してきたらしい」

「ダークエルフ？ それは本當なのぉん？ この街にダークエルフが來たなんて報、これまで聞いたことがなかったわよぉん？」

ダークエルフという言葉に灰ハイイロが警戒した。

この世界では、霊に長けたエルフと、魔族のを引くダークエルフはそれだけで脅威となる存在だ。

人と比べ生まれ持った才が圧倒的に高く、更には長壽である。

故に出生率は低いが、生まれる全ての者が一騎當千の強さを持つとなれば話は別だろう。

そしてダークエルフに限って言えば、その戦闘能力の高さと気の荒さから、人の世に出てくる者は大抵裏の稼業に手を染めている。

灰ハイイロも他の同業者の介を警戒したのだが、最も警戒すべきはダークエルフではなかった。

「貴様の不安も分かるが、問題はダークエルフよりもう1人の人間の方が重い」

「ダークエルフより問題？ 人間が？ どういうことなのぉん？」

「その人間はA5の幻が全く効かず、更にはA11のの魔剣でも素に傷を負わすことができなかったとのことだ。防に特化した適持ちかとも考えたが、A11が腹への毆打一撃で再起不能のダメージを負わされたと報告を聞いて考えを改めた」

灰ハイイロは言葉を失う。

聞いた報だけで判斷するのであれば、その人間は怪の類いでしかない強さをめていることになる。

幻特化の戦士による幻が効かず、魔剣でも傷がつけられない防力を持ち、更には毆打一つでこちらの戦士を再起不能にする攻撃力を持つ。

これを怪と言わずしてなんと表現すべきか……

黒のローブを著た者、すなわち黒崖クロガケの部下は皆、黒崖クロガケの特殊加護である「適移植」の能力で作られた存在だ。

通常、「適」は生まれる前から授かる才能として、親から伝するものが多いが、「加護」は生まれた後に神から祝福されて授かる才能であり、伝することはないが非常に強力な能力が多い。

黒崖クロガケの持つ特殊加護「適移植」もまた強力な能力だった。

特殊とついているのは、加護の中でも群を抜いて異能な力であったためだ。

「適移植」とはその名の通り、そのに宿る適を移植できる能力である。適を抜かれた者は死ぬが、移植された側は死ぬことはない。

A5の「幻」も、A11の「の魔剣」もまた、黒崖クロガケの「適移植」により他者から移植された適能力だった。

後家蜘蛛ゴケグモに忠誠を誓う者に黒崖クロガケが力を與えることで、後家蜘蛛ゴケグモは発的に勢力をばしていった背景がある。

黒崖クロガケは話を続けた。

「その人間はギガンティアの末裔と共にローズヘイムへと來ている。直ちにGシリーズを街に放ったから直ぐに見つかるだろう。報告によればその人間は黒髪とのことだ。白髪の娘といればさぞ目立つだろうな」

「話はそれだけかしらぁん？」

「話は以上だ。貴様も何かあれば逐次報告しろ。急であれば背赤セアカをかしても構わん」

「はぁ～い。黒ちゃんもわらわのしい適の件も忘れないでねぇん」

「問題ない。その件にはB2とB16を向かわせている」

「期待してるわぁ～ん」

灰ハイイロが席を立ち、蝋燭の燈りの屆かない暗闇へと姿を消した。

背赤セアカは結局一言も発さなかったが、2人は気にしている様子はない。

黒崖クロガケは背赤セアカを連れて席を立つと、誰に聞かせる訳でもなくぽつりと呟いた。

「ギガンティアの適を早く手にれなければ……」

そう呟いた黒崖クロガケの手は小刻みに震えていた。