《「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。》第二章 第二十九話 迷子

孤児院を出た俺たちは、森の中を彷徨っていた。

一応、ヴォルムから世界と周辺の二種類の地図と方位磁針を貰っているため次の目的地は定まっているし、方角が分からないなんてことにはなっていないのだが、かれこれ三時間ほど同じような景を見ている。

「スマルぅ、ここどこよー」

「……歩くの、疲れた……」

その退屈さと歩き続ける辛さで、モミジとユキは完全にやる気を失ってしまっていた。

「そろそろだと思うんだけど……」

俺は、遂に「それ何回目よ!」とツッコミがらなくなった言葉を繰り返す。

だが、當然その通りになるはずもなく、俺が知し得る範囲はすべて木で埋め盡くされていた。

なぜこんな狀況になってしまったのか。

それは、全面的に俺の怠慢が原因だった。

それも地図の確認を怠ったというなんとも単純で、慢心からくるありきたりなものであった。

こんなことになるなら、なんてこれまたありきたりな後悔をしてみるが、それで何かが変わるわけではないし、そんなことをしている暇があったら森を抜ける手段を考えた方が良いのは明白だ。

歩きながら思考を巡らすが、森の歩き方を知っている人間はこの場にいない。

コンクリートジャングルとも呼ばれた大都會でなら迷わない自信があるのだが、その技能は自然の中では無力だった。

唯一、狼であるフォールなら何か覚的なもので分かるのかもしれないと思ったが、意思の疎通ができないので分からないのと同じようなものである。

さてどうしたものかな、と周りを見渡してみると、フォールが俺の袖を引いた。

やはり何か分かるものがあるのだろうかと振り返ると、ピンとばした尾で一本の木を指している。

なるほど、こうすればある程度は伝えることができるのか。全く思いつかなかった。

急かすように袖を引いてくるので、何かと思って見てみると、そこには孤児院が見えなくなってすぐに木に付けた傷と同じ傷があった。

「まさか、三時間もかけて元の場所に戻ってきたっていうことか……?」

思わず口かられ出た聲はモミジとユキにも屆いていたようで、背後から疲れているとは思えないほどの殺気と威圧が飛んできた。

これだけ歩いて全く進んでいないのが他人のせいなのだ。こうなるのも無理はない。

だが、戻ってきたというのは、一概に悪いことだとは言えない。

さすがに三時間というのは時間がかかり過ぎていると思うが、これでやっと分からなかった現在位置を把握できるようになったのだ。

つまり、これから地図と方位磁針の確認を怠らなければ、迷うことなく外に出て行けるということだ。

俺は二人の眼に冷や汗を流しつつも、その旨を伝えるべく口を開く。

「お怒りの二人に朗報が一つ。ここから出る目途が立っ――」

「――遅いわよ!! なんなの三時間って!」

「……朗報? 誰かさんの、訃報が先……!」

が、被せるように発した怒りに俺の聲はかき消されてしまう。

二人とも風が吹いたと錯覚するくらいの威圧を放っており、ユキに至っては俺を殺めるつもりなのではないかと疑ってしまうような発言をしている。

それに見合った殺気も放っているため、どうも本気か冗談か判別し難い。

結局、俺は二人が休憩する十五分間ずっと謝り倒すことで許してもらい、今度はやりすぎなほどに地図と方位磁針を見ながら森を抜ける先導をするのであった。

===============

森を抜けた先は、中央大陸の南東にある港町と、世界で二番目の大きさを誇る大國――セオルド帝國を繋ぐ街道であった。

セオルド帝國――通稱帝國――は広大な中央大陸を四分割した南東の半分以上を占める大國で、國土の大きさはさることながら、その國全を外壁で覆ってしまえるほどの財力が大國たる所以だという。

報で大きさなどは知っていたつもりだったのだが、街道の帝國から二キロメートルほどの地點に出た俺たちは、その外壁の予想以上の大きさに言葉を失った。

他の二人と一匹が何を思っているかは分からないが、なんというか、こう、大きいものはそれだけで謎のを覚える。

ここにある冒険者ギルドで冒険者登録するのが第一目標ではあるが、それが達できたら観のために世界を見て回るというのも悪くないなと思ったくらいだ。

だが、そんなすら吹き飛ばすほどの疲労が全員に蓄積されていたようで、誰一人として想を言うことなくフラフラと歩みを進めるのであった。

こういう街道を歩いていると、何かしらトラブルに巻き込まれるのが定石だという印象があるのだが、帝國の近くに陣取って人を襲うようなバカな盜賊はいないし、いきなり橫からしてくるような魔も出なかった。

いつもの俺ならつまらないとぼやくのだろうが、今だけは出てこなくて本當に良かったと思えた。

そして、二キロの道のりをどうにか三十分かけて歩き切った俺たちは、帝國の中にるべく門番のもとへ向かう。

きっとその様が狼を一匹連れたゾンビの集団みたいだったのだろう。

門の周辺がざわつき始め、數人の兵士が出てきた。

「おい! そこの一行! 言葉の意味が分かるなら止まれ!」

その中で一番大きな軀の管理職風の男がんだ。

今のはゾンビかどうか確かめるための質問だろうか。

止まらずに進んで殺されるようなことになったら大変なので、俺たちは指示に従って歩みを止める。

だが、その時に気付いてしまった。

もう歩けない、と。

単にやる気の問題なのだが、歩きっぱなしだった苦痛からの解放のせいで、また苦痛の中に戻りたくないという気持ちが出てきてしまったのだ。

次は進めとか言われたらまずいな、と不安に思っていると、一人の兵士が走って向かって來た。

様子から俺たちがゾンビでないかどうかの最終確認のために來たのだろうが、一応攻撃された時に備えて結界を張る準備をしておく。

だがその準備は、兵士が門番たちに向かって腕で大きな丸を作ったことで無駄となる。

俺たちが人間であることが確認されたようだ。

「あなた方の歩き方がゾンビと酷似していたため確認をさせていただきました。疑ったことをお詫びするとともに、検査へのご協力、謝します。國手続きをしますので門までご同行ください」

どうやらそのまま國にれるようで、兵士は先導するように歩いて行く。

だが、俺たちは誰一人としてそれについて行かない。

否、行け・ない。

「? どうしました?」

兵士が心配そうにこちらを振り返ったのを見て、モミジとユキが、死にそうな聲で呟いた。

「もう……歩けない……」

「……運んで……」

モミジがそんな態度をとるなんて珍しいなと思いながら、俺は困する兵士の助けを求める眼差しに、力強く頷くことで返したのであった。

今回から第二章の始まりです!

今までよりも分かりやすく、面白くを目指しますので、どうぞよろしくお願いします。

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