《みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです》86.鈴コーチの決意
夕凪からの質問。
私って天才? 普通そんな事を聞いてくる奴はいない。なくともこれまで同じ質問をけたことはない。
結論から言うと、私の目から見て夕凪は間違いなく天才だ。私のバスケ人生、さんじゅ……20年弱で、こんなセンスの持ち主には出會ったことがない。
スピードがある、シュートが良くる、ドリブルが上手い、能力が高い、パスが上手い。挙げていけばキリがないが、どれか一つでも持っていれば、普通は立派な武になる。
そしてそれに磨きをかければ、チームの中で唯一の存在になれる。言い換えれば、そうなれなければ試合には出れない。
一般的に、何かを極めようと思ったら、他のを諦めないといけない。例えば……ゴール下でのパワープレーに重點を置いた鍛え方、練習のやり方を続けば、ガード選手の様な細かいドリブルや、フォワードの様なスピードに乗ったドライブは出來なくなる。
インサイドプレイの練習ばかりしていると、3ポイントシュートの様に、距離のあるシュートを打つ機會がなくなるから、外のシュート率が低くなるのは當然の結果と言える。
逆のパターンもそうだ。
シューターは繊細なシュートを打てる反面、人の集しているエリアでは、力を発揮できない場合が多い。ガードもゴール下で確立の高いシュートを打って得點するのは難しい。
ただ、それがチームスポーツの醍醐味ではあるんだがな。
自分一人では勝てない相手に、チームワークで立ち向かう。それぞれが自分の得意分野でチームに貢獻する。苦手な部分は信頼できる仲間に任せる。
敢えてそれを説明されたわけではないけれど、皆んな自然とそれを理解している。それは何故か?
あくまでも個人の見解ではあるが、【自分に出來る事】よりも、【自分には出來ない事】の方が、遙かに多い事を人は分かっているからだろう。いや、嫌でも分かってしまうからと言った方が正しいか。
それはバスケやスポーツに限ったことではない。と、言うよりも、普段私たちの生活の方がそれが顕著に表れている。
私たち個人ができることなど、たかが知れている。私も子供のころは、自分はなんだってできると思い込んでいた。
だけど大人になって、いろいろな人とれ合って、如何に自分が凡百な人間か思い知らされた。でも、それが別に悪いこととは思わない。
【人間は一人では生きていけない】。この世界の全ての人間に、確実に言えることだ。當たり前といえば當たり前なことだが、その本當の意味を理解できていない人が大勢いるということだ。
し前の時代と違って、今はお金さえあれば基本的には必要なはなんでも手にる。よく分からんが、ネット通販で注文すれば、2~3日で自宅に商品が屆くらしい。買いに出掛ける必要すらなくなったみたいだ。
そんな環境で育てば、ある程度のお金さえあれば、自分一人で生きていける、誰に頼ることもなく、迷もかけず自分は生きていける、と勘違いしてしまっても、ごく自然な事で、それは仕方がないだろう。
でも、それは違う。それでも私は結婚がしたい。じゃなかった。すまない。大膽に線した。
話を戻そう。その商品はどこぞの誰かが、自分には持っていない技を使って開発し、また、他の知らない誰かがその原材料を生産し、完した商品を誰かが出荷し、私たちに屆ける。
そのの一工程ですら、自分には代わることが出來ない。
バスケは世界の尺だ。し大げさかもしれないが。
一人でバスケはできない。自分にはできない事を無理にやろうとしても、決して良い結果にはならない。普通の選手なら。
でもたまにいるんだよな。何でも出來てしまう奴。オールラウンドプレーヤーという存在が。
一口にオールラウンドプレーヤーと言っても、それは何パターンかに分類する事ができる。
一つは、何でも出來るけど、どれかが突出しているわけではないというパターン。これが一番多く見掛けるタイプだな。
長がある程度高くてらウエイトが比較的軽い、長細な選手に多いかな。ゴール下でもプレーできるし、ウエイトがそこまでない分、スピードもそこそこある。ジャンプ力が高い場合が多いから、リバウンドにも積極的に絡んでくる。
ドリブルとシュートも、専門職には劣るが、そこそこのレベルでこなせる。
相手にこういう奴がいると非常に厄介だ。
なんでもできる分、能力の割に意外と目立たなくて、ノーマークになりがちなのだが、終わってみれば、そいつ一人に何點取られたんだと、目を覆いたくなることがある。
もう一つは、長のびに伴って、ポジションが下がっていったパターン。
小學生や、中學生の時は長が低く、ガードやシューターをやっていたけど、高校にってから、長が急激にびて、フォワード、パワーフォワード、センターにまでポジションダウンした奴。
元々もっていたドリブルやシュートスキルに加えて、スピードとパワーが加わる。こういう奴は、派手なプレーをする奴が多いな。
スキルとフィジカルを備えているから、手がつけられない。乗らせたら最後。
でも、派手さがある分、ムラッ気が多い奴が多い。調子のよい日と悪い日の差が激しい。
あとはそうだな……そのチームにおいて、一人だけ実力が突出しているパターンか。弱小校でありがちだが、個人のレベルがチームのレベルを遙かに上回っている場合。全てを一人でこなさざるを得ない。
たまに全國區でも、ワンマンチームを見かけることがあるが、基本的にレベルの高いチームでの更に突出した存在は、もはや天才以外の何でもない。
ただ、実力がチームメイトとかけ離れているが故、獨りよがりで自己中心的なプレーをしてしまいがちだ。頼れるのは自分だけってじに。
さて、では夕凪と言うと、先に挙げたタイプのどれにも屬さない。
なんと表現していいか悩むが……チームにとって、必要な時に必要なプレーをするだけ。そんなイメージが一番しっくりくる。
試合ごとに、プレースタイルが激変する。いや、ワンプレー毎にと言ったほうが正確かもしれない。
言うは易し、実際そうそうお目にかかれるもんじゃない。自分の方がサイズがあれば、インサイドプレーをするし、インサイドが狹ければ、平気で外からシュートを放る。
知らない人が見たら、その得點能力だけに目が行ってしまいがちだが、夕凪の真価はそこではない。
相手チームと、自分のチームを比較して、足りない部分を埋め合わせしてしまう。
流れを読む力、流れを作る力。それはエース以外の何でもない。
と、まあ……良いところを挙げればキリがないのだが、勿論欠點もある。
あまりに抜きんでた実力に、チームメイトがついていけず、浮いた存在になってしまうという點だ。
スポーツあるあるだが、上手いやつには逆らえないというおかしな風。実力主義というか、そういう雰囲気がどうしてもできてしまう。
だが、夕凪の場合はそれも心配がない。あいつの生まれもった格と、らかい雰囲気はチームの調和を壊さない。そして本人が一番そこに気を使っている節がある。
あいつと出會った頃は、逆に気を使いすぎて、全力でバスケに打ち込めていなかったのが丸わかりだった。それも、レベルの高いチームでプレーすることで無くなり、一気に才能を開花させた。
あいつにしか理解できてないき、あいつにしか分からない流れ。外から見ていると、セオリーとは程遠いムーブに、困させられることばかりだが、コートにいる他の4人と、何故か意思疎通がはかれている。
恐らく、夕凪花火というプレーヤーに長時間れることで、他のチームメイトにもその考え方が浸し、あの獨特な空気を共有しているのだろう。
チームのカラーさえも変えてしまう。その影響力は尋常ではない。
……私も、そんなプレーヤーになりたかった。なってみたかった。
殘念ながら、私にそこまでの才覚は備わっていなかった。だが、別に後悔をしているわけではない。
私は、どちらかと言いうと、教える側の方がに合っていたみたいだ。自分が天才ではないと自覚しているからこそ。
天才の奴は、相手になぜそれが出來ないのかが分からないから、教えるのが下手くそらしい。
さてと……三年生最後の大會。一年間の集大だ。
ここまで、私についてきてくれた、かわいい教え子たちをてっぺんに立たせてやりたい。その為に私が出來ることはなんでもやる。
夕凪だけじゃない。今まで全員どれだけ頑張ってきたか、私が一番理解している。それをなんとしても結果につなげてやりたい。
そんな事ばかり考えていると、あいつら以上に私が張しているのかもしれないと自覚することがある。そんなこと、死んでもあいつらに気づかれたくはないがな。
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