東はがしがしと頭を掻いた。

「というか、香月、そこまでは聞きだせたんだな……。まあ見合いから一カ月は経ってるからそれなりの関係にはなっているか」

「早いものだな」

「香月が見合いするって聞いて驚いて捻挫してから一か月ということにもなるのか……。人間に興味があるとは思わなかったよ、俺」

「失禮だな。先日、彼と水族館に行ったしネックレスも渡した」

「いや、中學生か？　……え？　何？　ネックレス？」

仕事帰りにギリギリでり込んだアクセサリーショップで、イメージを伝えて勧められたものの中から選んだものだ。

さすがに引かれるかと思ったが、思ったよりも気にってくれたようで安心した。

「代わりの子にプレゼントしたの！？」

「した」

「購時點で彼が訳アリというのは分かっていたんだよな！？」

「分かっていた」

「だというのに、なんでそんなことを……」

決まっている。

「好きだからだ。彼のことを」

「言い切りやがった……」

なぜか東は天を仰いだ。俺だってし恥ずかしいながらに言ったのだが。

「何の事があるかは不明にしろ、いずれは本の『本條つばき』とが俺にあてがわれるだろう。となると、偽である彼は俺の傍からいなくなる」

「まあ、そうなるな」

多分、彼はを引くはずだ。本と俺のために。それかを引かされるかもしれない。

俺は不用だ。正直昨日だって、彼に俺の気持ちをすべて伝えられたかも分からない。

だから、言い方は悪いが――モノに頼った。

彼に似合うもの、彼につけてほしいと願ったもの、彼を考えて選んだもの。それが、あのネックレスだ。

「いくら好きであろうが、気持ちだけでは不完全だ。何か、形として存在するものがあれば説得力は増す。そういう意味合いもある」

「回りくどいなあ、お前……」

「自覚はしている。空間をデザインするのは得意だが、人間関係の構築は下手くそだからな」

「自慢して言うことではねえよ。――で？　これからどうするんだ、しの姫君を手元に置きたい王子様は」

それはまだ、悩んでいるところがある。

なにせくための材料がなすぎるのだ。憶測で行して間違えていたら悲慘だ。「勘違いでした」で許される時期はとっくに過ぎている。

そもそも――彼は何者なのか。本條家とどのような関わりがあるのだろう。

見合い寫真で見た『本條つばき』と似ていたから姉妹ではないかとも考えたが、どうやら弟がいるのみで姉も妹もいないらしい。と、なれば近親者か？

「もうし彼のことが知れたらいいと思っている」

「悠長に構えすぎると、本がしれっと彼とれ替わっているかもしれないぞ」

「そうだな……」

息を吐く。

沙汰というには複雑すぎる。俺が立ち向かえる難易度なのだろうか。

いや、立ち向かわなければいけないんだな。

「なあ、香月。お前はどうしてそこまで彼に執著するんだ。縁談だって乗り気ではなかったじゃないか。一目ぼれというにはなんか変だし……そこまでして手元に置いておきたいと必死になるには、理由があるんだろう？」

「ふ。人の事に突っ込むとは趣味がいいな」

「今更だろうが！」

怒られてしまった。

「――俺、ずっと探している子がいるって言っただろ」

「ああ、小さいころに會ってそれっきりっていう……」

「その子に似ている気がした。とはいっても顔も覚えていないし、名前もあだ名しか分からない。だけど雰囲気は彼だった」

「……悪い、ロマンチックな話に水を差すようだが……探している子と彼がイコールとは限らないだろう」

「もちろん俺もそこまで都合よくは考えていないさ。だけれど、俺はその子を守れなかった後悔がある。その分まで彼を守れたらいいと、そう思っている」

あの子が俺の心を救ってくれた。禮を二度と言えなくても、繋げていくことは出來るはずだ。

『つばきさん』が自分を偽らなくて済む日を、俺が作る。

「……お前の決心が強いことは分かった。だが、何度も言うが自分の立場を考えてくれよ。お前の行の責任を取るのはお前ひとりではないんだ」

「ああ」

東のそれは、友人というよりは書としての言葉だ。

俺ひとりだけなら、本條家に乗り込んで説明を求めにだって行ける。

だが社長としての肩書はそれを許さない。高級ホテルグループの本條家に盾突くデザイナー會社の社長、という構図は良くない。信用が売りの會社なのに評判が下がってしまうのは命とりだ。

「頑張れよ、香月」

「ありがとう、東」

言い終わるころにドアがノックされる。

「失禮します。社長、企畫についてご相談があります」

「今開ける」

俺も東も仕事の顔に戻した。

ふと、棚を見る。賞を取った時にもらったトロフィーが飾られるその隅。綻びの目立つテディベアがひっそりと座っていた。

その持ち主は、もしかしたら――。