《代わり婚約者は生真面目社長に甘くされる》50
日は傾いていて、黃昏がすぐそばにある。
悠馬さんはホテルのロビーにり、カウンターで一言二言わしている。
その間に私はこっそりとあたりを見回した。ホテルグループごとにデザインの癖のようなものはあり、モダンを基調とする本條グループとは違ってここは西洋をイメージしているようだ。
シャンデリアを見上げていると悠馬さんが手招く。
「庭園のカフェは閉まっているけど散策はご自由にだって」
「そうなの? 良かった」
エントランスをし行ったところにガラス戸がある。悠馬さんが押し開けて、私を先に通してくれた。
「わあ……」
イングリッシュガーデンというべきだろうか。
しく整えられた庭はどこか幻想的で現実味がない。石畳が敷かれ、更にその橫は芝生で埋められている。
とりどりのバラが咲き誇り、近づけばうっすらと香りを漂わせている。甘やかなにおいに思わず笑みが溢れる。
「たしかこのあたりなんだ」
悠馬さんが立ち止まる。
この庭園にはバラのアーチがあったり、ベンチが置かれているけれどここはそれらから離れた場所だ。背が高いバラのようで、屈めば周りから隠れてしまえる。
なんのことかと聞こうとして、記憶が揺らぐ。
「……あ」
目線が高くなっているからすぐに気が付かなかったけれど、建の位置だとか景から、あの時の――い私たちが出會った場所だと思い至る。
もう20年は前だ、庭園もその時のままではないにしろ……僅かな記憶の欠片でも呼び起こすことはできた。
「もっと広い場所だと思ってた」
「俺もそうだった。子どもだったからかな」
あの頃はまるで迷路にでもり込んだような気持だったのに。
「――あやめさん、こっちに」
悠馬さんに連れられて周りから數段高い場所にあるガゼボの下へった。
ここからだとこの庭園を一できるようだ。緩やかに風が吹いて花が揺れている。
彼のほうに振り向くとわずかに張した面持ちで私を見ていた。
「これを」
差し出されたのは小さな箱。開けられたその中は――プラチナの指。
「あやめさん、しています。俺と結婚してください」
「――……っ」
すぐに返事をしたかったのに、代わりに涙がぼろぼろとこぼれる。
「いつから……っ、それ用意してたのぉ……」
「『あやめさん』だって分かってすぐに」
「だって、その時はまだ、なんにも解決してなかったのに」
「解決する気でいた。絶対に俺はあやめさんを離さないって決めていたんだ」
悠馬さんはあんまりにも一途で、そういうところが好きだ。
私は涙を拭って答える。
「ーー私も悠馬さんをしています。結婚、しましょう」
彼はにこりと微笑むと、私の左手を取り指を薬指に通す。
控えめながら存在のあるダイヤモンドが私の指で輝いた。
「幸せすぎて怖くなってきちゃった。これ、夢じゃないよね?」
「夢かどうか試してみる?」
顎をそっと上げられると、キスをされた。
口でじる溫は熱い。
甘く優しいそれのせいで頭の芯までくらくらする。
「どう?」
「……夢じゃない」
「うん」
ああ、現実なんだ。なんて幸せなんだろう。
私は私として、彼の橫にいる。
「離さないのは私のほうもだよ。ずっと一緒にいて」
「もちろん」
私達は、手を強く握りあった。
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