《ただいま冷徹上司を調・教・中・!》始まりは意地と恥(1)
平嶋課長に梨央とのくだらない言い爭いを聞かれてしまった翌日。
何か苦言を呈されてしまうのではないかと心ドキドキしていたが、課長はいつもと全く変わらずに淡々と伝達だけして営業に出て行った。
安心したような、それでいて拍子抜けしたような、複雑な心境だった。
和宏からは昨夜、スマホに怒濤の言い訳と謝罪文が何通も送られてきたが、完全に無視を決め込んだ。
朝顔を合わせた時もけない顔を曝していたが、もう何のも湧いてこなかった。
冷靜に考えてみれば、大の末に付き合い始めたラブラブカップルというにはほど遠い二人だったのだから、裏切られても怒りが持続するはずもない。
梨央に関しては、昨日のことなんてなかったかのように笑顔で挨拶してきたものだから、なんだか全てが夢なんじゃないかと思うほどだ。
しかし和宏との浮気のことは忘れても、自分を侮辱されたことは忘れない。
どうしてもあのをギャフンと言わせてやらねば気が済まない。
なんとかして平嶋凱莉を攻略しなければ。
とりあえずは明日の歓迎會が一番近いチャンスとなるだろう。
平嶋課長に対する苦手意識を克服するのに、二日という日數じゃ足りないが。
まずはらしさをアピールするために、平嶋課長からの電話には、ワントーン高い聲で対応することにした。
『今日は何だか気持ち悪いな』
という課長の一言に本気でカチンと來たことは緒にしておこう……。
なんだかんだと気持ち悪がられながらも週末金曜日。
何としてでも平嶋課長とお近づきになりたい私は、歓迎會でなんとか課長の隣をゲットしようと闘したのだが。
現実はそんなに甘いものではないということを思い知らされた。
モノにしようと言い寄ってくる子社員はいなくなったにしても、やはり人気ナンバーワンであることに変わりはない平嶋課長だ。
しでも話したい、隣に座りたい。
あわよくば一緒に寫真を……と、もろもろを狙う達の餌食となっていて、私は完全に蚊帳の外狀態になってしまった。
くっそう……。
こっちは『あわよくば』なんて軽い気持ちで平嶋課長に近付きたいわけじゃないんだ。
私には本気で下心しかないのだから、邪魔しないでいただきたい。
しかし今回の歓迎會は四課合同ということもあって、平嶋課長と同じテーブルに座れなかった待機組が、そわそわしながら隙間を狙っている。
それに加えて、がっちりと平嶋課長の隣を確保した一課の梨央と、チラチラと怯えながら私に視線を投げてくる三課の和宏という諸悪の源までもがいる始末。
この二人の存在を記憶から全て抹消した二日間を送ってきた私は、平嶋課長といかに親睦を深めるかということだけ考えていたので、こんな面倒くさい絵図になるとは思っていなかった。
平嶋課長の隣に隙間ができたときが移のチャンスだと、センサーのように神経を研ぎ澄ましていたけれど。
私より高度なセンサーを持っている子社員が多すぎて、私のセンサーは完全にエラーを出してしまった。
今まで妥協した楽なしかしてこなかったツケが、こんなところで回ってこようとは想像もしていなかった。
あまりにもスキルがなさ過ぎて、たとえ隣に座れたとしても、何をどうすれば平嶋課長に近付けるのかさえもわからない。
どうやら完全に私の経験不足と、割ってることもできない不足のようだ。
諦めてしまえばドッと疲れが押し寄せる。
だいたい私がどうしてこんな思いしてまで平嶋課長に近付かなくちゃいけないんだ。
いくら難攻不落の男を墮とすのが趣味の梨央に対する當てつけで平嶋課長に近付いたとしても、そんな課長が私に落ちるなんて有り得るはずがないじゃないか。
冷靜に考えればわかることなのに、どうして隣に座れば平嶋課長が私に落ちて梨央を見返せるなんて安易なことを信じていたんだろう。
そもそも平嶋課長のことを墮とせるくらいの魅力が私にあるのなら、歴代彼氏に浮気なんてされてるはずがない。
「……アホらし……」
そう呟いてジョッキのビールを一気に飲み干すと、私を挾んで座ってくれていた紗月さんと瑠ちゃんが追加のビールを頼んでくれた。
「千尋さん、今日はとことん付き合いますから、目一杯飲みましょう!」
「私もチビちゃんは旦那に託してきたから付き合うわ。潰れたら連れて帰ってあげるから、安心して飲んでいいからね」
二人から笑顔でそう言われると逆に、社會人なんだし會社の飲み會ではさすがに潰れられないだろうと姿勢を正したが……。
その気持ちも三十分と持たずに私はフラフラになってしまった。
夢と現実の狹間のような覚で、私は気分よくユラユラと揺れながらお手洗いを後にした。
もう歩くのも面倒くさいなぁ。
せっかく紗月さんが付いて來てくれるって言ってくれたのに、どうして斷っちゃったんだろう。
座り込みたくなる衝を必死に抑えながら細い廊下をノロノロと歩く。
大きく自分のが傾いて、あ……これ、倒れてんのかも……とやけに冷靜な頭でそう思いながら目をつぶったとき。
「いったいお前はどれだけ飲んだんだ?」
頭上から低いイケボが聞こえたかと思った瞬間、私は心地いい溫もりに抱きかかえられていた。
今にも閉じてしまいそうな瞼を何とか開けて聲の主を見上げると。
「あれ……すっごいイケメン……」
焦點を合わせようにもすぐにぼやけてしまう私の目では、誰だという判別よりも聲の主がとてつもなくイケメンであるということしかわからない。
「何言ってんだ。ほら、戻れるか?」
心配そうに聞いてくる聲の主は、なんとか私を立たせようとしてくれているけれど、もう私の足にはわずかな力しか殘っていない。
「なんだ……このイケメン……。イケメンでイケボだなんて神か……?」
そう滅多にお目に掛かれないであろう貴重な生を、こんな意識朦朧の中でしか見れないなんて殘念過ぎる。
せめてもうひと目だけでも顔を見せてほしいのに。
なんとか腕をばしてイケメンの頬にれて。
「こんなイケメン……し……い」
遠くでイケボのイケメンが何かを言っているようだったけれど。
殘念なことに、ここで私の意識は途絶えてしまった……。
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