《ただいま冷徹上司を調・教・中・!》誰も知らない彼の(10)
紙袋4つ分の荷を下ろすと、私はその中の一個を平嶋課長に差し出した。
「これ、今日のお禮です」
そう言って微笑むと平嶋課長は、「え?」と呟くだけで手を出してくれない。
「け取ってくださいよ」
し膨れると、平嶋課長は慌てて私の手から紙袋をけ取ってくれた。
「久瀬が……俺に……?」
「大したものじゃありません」
「ヤバい……。めちゃくちゃ嬉しい」
平嶋課長は手の甲でニヤける口元を隠しながら私を見た。
せっかく口元を隠していても、目の下がり合で笑みがれているのかがわかる。
「彼からサプライズなんて、初めてだ。ありがとう」
細められた目に大きな喜びをじて、心がキュッとなってしまった。
「どういたしまして。気にってくれたら私も嬉しいです」
つられて微笑んだ私の前に、「実は俺も……」と平嶋課長はピンクの可い紙袋を差し出した。
「これ、久瀬に」
「え、私に?どうして……」
食のった大きな紙袋の中に隠されていたので、こんなものを用意してくれていたなんて全く気づかなかった。
「雑貨店で久瀬が興味ありげに見てたから」
「開けてもいいですか?」
「もちろん」
紙袋から出てきたのは、可らしい黃の花が散りばめられたハーバリウムだった。
「……かわいい」
確かに私はあの時、これを見て素敵だと思ったし、買おうかどうしようか迷っていた。
それを平嶋課長がじ取ってくれるなんて。
「こんな高度なこと、まだ教えてませんよ」
「教えてくれたよ。ちゃんと相手を見て、相手に興味を持つんだって。どうやったら久瀬が喜んでくれるか考えながら久瀬を見てたから、これを選べたんだ。正解か?」
「そんなの……正解に決まってます。ありがとうございます。本當に嬉しい……」
平嶋課長が私のためだけに選んでくれたプレゼント。
嬉しくないはずがないじゃないか。
ほら、そんなことしちゃうから。
ますます離れがたくなっちゃうなんて。
どうかしてしまったのかもしれない。
『お茶でも飲んできいませんか』
その一言を口にしそうになって、私はグッとお腹に力をれて飲み込んだ。
こんな言葉を口にしてしまったら、私はきっと平嶋課長の歴代彼と何も変わらなくなってしまうだろう。
そもそも平嶋課長と大人の関係になりたいなんて思っていないはずだ。
私は梨央と和宏を見返すために仮の人がしくて、平嶋課長は不適合を治すために心のレクチャーを私に頼んでいるだけ。
そこには存在しないんだ。
「今日のデートは合格です。とっても楽しかったです。今後もしづつステップアップしましょうね」
あえて線引きをするように上から目線でを言う。
「こちらこそありがとう。勉強になったよ」
偉そうな私にも笑顔を返してくれる平嶋課長に、『仮』以外のはなにも見て取れない。
「じゃ、気をつけて帰ってくださいね」
「ああ。また月曜日に」
平嶋課長はあっさりと運転席のドアに向かった。
「じゃあな」
そう言い殘して走り去った車を見送りながら、自分のがチリッとしたのをじてしまう。
部屋に戻ってハーバリウムをベッドの橫の棚に飾ると、へらっと顔がにやけてしまった。
いかんいかん。
こんな甘々な雰囲気を出してどうする。
平嶋課長は私のことを微塵も好きではないし、私だってついこの前まで平嶋課長のことは苦手だったんだ。
仕事とプライベートのギャップが可くて苦手じゃなくなったとしても、私だって好きじゃない。
お互い人を演じているだけ。
これから暫くは続くであろう人ごっこに心まで囚われないように。
私は気を引き締め直して週明けを待った……。
「週末デート、大功だったみたいですね」
出勤した早々、ほくほく顔した瑠ちゃんからそう囁かれて、私は思わずへらっと笑みをらしてしまった。
「まさか、この短期間で本當にラブラブになっちゃうなんて驚きです」
まあ、本當のラブラブとは程遠いのだけれど。
瑠ちゃんや紗月さんには『仮』とは伝えていないのだから、そう解釈されても仕方がない。
それにしても……だ。
「平嶋課長ってクールなイメージしかないから、人と手繋ぎデートするなんて意外でした」
そう、週明けの社は、またもや土曜日の私と平嶋課長のデートの噂でもちきりなのだ。
人がわんさか集まり、デートスポットでもあるアウトレットに、私達以外の同僚が來ていないはずがなく、數人の人に目撃され私達は再び渦中のカップルになったというわけだ。
どうしてこうなることを予測できなかったんだろう。
それほど浮かれてしまっていたのだろうか。
……浮かれてたんだろうな……。
今でも瑠ちゃんからラブラブたと言われるだけで、私の顔面はるゆるゆになりそうなのだから。
「クールなのは會社でだけだよ」
たくさんの平嶋課長の表を思い出すと、途端に顔に筋が緩んでしまう。
「わっ。カップルらしい答え。千尋さん可いし羨ましいですっ」
きゃっ、と言いながらを捻らせる可い瑠ちゃんは、純粋に私達を本の人同士として見ている。
それがなんだか申し訳なくて。
しだけもどかしくて。
ちょっぴり切なくなった。
土曜日から私はなんだかおかしい。
平嶋課長が急に応用問題をクリアしちゃったから。
大きな長を遂げちゃったから。
戸ってしまって、心がれただけだろうけど……。
出來が悪いと思っていたけれど、やれば出來る子はびるのも早い。
偉そうにしていても、私だって本當は大したスキルを持っていないのだから。
立場が逆転しないように気をつけなければ。
私はザワザワしっぱなしの心をなんとか落ち著けようと、の芯に力を込めた。
晝休み、休憩室でスマホの畫面を見て背筋がゾクッとした。
メッセージが5件屆いている。
相手は二度とメッセージなんて送ってくるわけがないと思っていた和宏だった。
容は……。
「本當に最低……」
大まかに言えば。
『平嶋課長と本當に付き合っているなんて信じたくなかった。俺はまだ千尋のことをしている。別れて始めてこんなにしているということに気が付いた。もう一度チャンスをください。もう一度、俺のことを見て』
というバカバカしい容だった。
もう吐き気すら覚えるほど気持ち悪い。
裏切って他のを抱いたくせに、それでもまだしてるなんて。
「脳みそ腐ってんじゃないの?」
鼻で笑いながら、コンビニで買ったタマゴサンドにかぶりついた。
「これ、見て」
私は私の前に並んで座っている紗月さんと瑠ちゃんに見えるように、テーブルにスマホを置いた。
2人は私のスマホの畫面を凝視して。
「きっも!」
そう言って瑠ちゃんは自分のをかき抱く。
「おめでたいわね」
紗月さんは溜め息をつきながら持っていた扇子で扇いだ。
「どんな神経でこんなこと送ってくるんだろ」
和宏の脳がわからない。
「裏切ったくせに取られた気分になってるんじゃないの?」
「もしくは平嶋課長と張り合うつもりでいる、の程知らずかも知れませんね」
2人の分析を総合すると、答えは一つしか出てこない。
「どっちにしてもバカじゃない……」
和宏のメッセージを削除しながら、こんなに嫌いにさせてくれるなと悲しくなった。
「吉澤くんのことだから、千尋ちゃんが無視してればきっともう送ってこないわよ」
安心して、と言うように笑ってくれた紗月さんの予想に反して、この日からずっと和宏は自分に酔ったメッセージを毎日送ってくるようになった……。
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