《ただいま冷徹上司を調・教・中・!》贅沢なのにもどかしい関係(7)

普段は冷靜沈著で取りしたりしない平嶋課長だが、私の前では何度となく慌てふためいてくれる。

その姿がとてもおしくて、私はもっともっと近付きたくなるんだ。

名前一つなんだけど。

姓が名に変わるだけで、どうしてこんなに特別な事のように思えるんだろう。

『久瀬』じゃなく『千尋』と。

平嶋課長からそう呼んでしくてたまらない。

「ほら」

「や……」

「や、じゃなくて、ち・ひ・ろ。ハイどーぞ」

「…………」

聲にならないきをらした平嶋課長は、ギュッと握られたままだった私の手を解き、今度は逆に私の手を取った。

「……ち……」

そうだ。

頑張れ、課長っ。

「……ちひ……」

もどかしくて急く私の心は、もう破裂寸前の風船のように膨らんでいる。

もうし。

お願い、ちゃんと呼んでください。

そんな願いを込めて平嶋課長を見つめると、彼は目を伏せて大きく溜め息をついた。

握られた手からは平嶋課長の張が伝わってくる。

でも大丈夫。

私も負けないくらい張してるんだから。

勢いよく開いた目からは、平嶋課長の男としての覚悟が見て取れた。

「いくぞ」

「どうぞ」

いよいよ、來る。

どんどん脈が早くなって、呼吸が苦しくなってきたとき。

「千尋」

……ああ。

とうとう平嶋課長のが私の名前を形取り、セクシーな低い聲が私の名前を彩った。

自分から提案しておいてなんだけど。

私、いま、本気で失神しそうです。

ソファーの背もたれに倒れかけると、平嶋課長が繋いでいた手を引っ張って引き戻した。

「なにか言うことは?」

「え?」

平嶋課長を見上げると、耳をほんのり赤く染めた、可らしい表があった。

ちょっと……いちいち可いから本當にやめてしい。

「返事は?」

「もう一度呼んでください」

ずいっと顔を近づけておねだりしてみる。

「言わされた満載じゃなくて、ちゃんと優しく呼んでください」

いくら無理やりお願いしたからといって、嫌々呼ばれたんじゃ意味がない。

ちゃんと自然に呼んでしい。

そんなことに拘るくらい、名前で呼ぶって特別なことだと思うから。

一瞬戸いを見せた平嶋課長だったが、今回は素直に口にしてくれた。

「千尋」

低く優しく響いたその聲は、私のを締め付ける。

「はい」

ニッコリ笑えば笑い返してくれる。

そんな平嶋課長が大好きで。

やっぱり平嶋課長にはちゃんと私と向き合ってほしいと思った。

「凱莉……さん」

咄嗟にれたその名前は、初めて口にした大好きな人の名前。

平嶋課長は驚きと戸いで私を凝視した。

「私も……そう呼んでいいですか?」

さっきまでの勢いはどこへやら。

口にしてしまったら恥ずかしくて。

赤くなっているであろう頬を気にしながら、平嶋課長にそう聞いた。

本當なら両手で顔を隠したいけれど、せっかく握られている手を解くのは勿なさすぎだ。

「なんで自分で言っといて照れるんだよ」

二度も名前で呼んでくれた平嶋課長は、しだけ余裕の表を浮かべながら、意地悪く私の手を引く。

「だって……なんだか恥ずかしい」

「千尋。俺の名前も、もう一度読んでみてくれるか?」

この上ないほど早鐘のように打ち付ける心臓を一括し、私は大きく息を吸って平嶋課長を見つめた。

「……凱莉さん……」

「はい」

大切に呼んだ名前に対し、平嶋課長はふわりとした笑みで応えてくれた。

今日、この日から。

私たちの関係はき出したのかもしれない……。

ニヤニヤするのを止めるには、一どうすればいいのだろう。

今日は月曜日。

みんな真剣に仕事してるっていうのに。

私ときたら、事ある毎に土曜日のことを思い出してしまう。

そうなると當然口元が緩んでにやけてしまうわけで。

それは自分でコントロールできないほどなのだ。

ああ。

ニヤニヤしているのが自分自でよかった。

これが他人ならば、鬱陶しくてブッ飛ばしたくなるところだ。

まぁ……ということは、他の人は私のことをなからずブッ飛ばしたくなっているということなのだろう。

けれどそれはもう、辛抱してもらおう。

これでも頑張って抑えている方なのだから。

朝、平嶋課長に會った時も、ちゃんと通常モードで挨拶をした。

見とれることも我慢したし、平嶋課長の聲に過剰反応するのも抑えた。

會社で平嶋課長の事を考える時は、『凱莉さん』ではなく『平嶋課長』と呼び考えるように線引きもした。

日曜日に散々浮かれたので、なんとかセーブできるまでになったのだ。

ときおりニヤけるのは勘弁してしい。

そうは言っても、私もやっぱり人の子で。

こんな時にはやっぱり、何かあったのかくらいは聞いてしい。

というより、自慢したいのかもしれない。

いや、正直言って、自慢したいんだっ!

でも自分から話を振って惚気けるのは、あまりにも……。

だから聞いてしいんだ。

自分からこんなことを思ったのは、平嶋課長が初めてのことだから。

軽快にパソコンのキーボードを鳴らしていた瑠ちゃんの手がピタリと止まった。

「あのぉ……」

私をチラリと見た瑠ちゃんは、なんとも言い出しにくそうに聲をかけてきた。

「私も紗月さんもリア充なんで、千尋さんのその顔を見ても腹ただしくもなんともないんですが……」

ちゃんは小さく息を吐いて、椅子ごと私にを向けた。

「話したいことがあるなら聞きますけど?」

ちゃんがそう言うと、紗月さんも手を止めて笑った。

「千尋ちゃんの顔がね、ずっとうるさいのよ。誰か聞いてーって」

らかく微笑んでいるけれど、言葉はなんとストレートなんだろう。

これで全く悪気がないのだから、紗月さんは恐ろしいな。

「ずっとその顔でいたら、子社員全員を敵にしかねないから。その前に私たちが聞いてあげるわ」

優しいんだかなんだかかわらないけれど。

ちょうど話したいと思っていたところだ。

「聞いてくれます?」

言いたくて言いたくてたまらなかった平嶋課長とのラブラブ話を、私は二人に話して聞かせた。

話終わったあとの二人の顔ときたら。

メープルシロップを一気飲みした後に焼けしたような。

そんな顔をして私を見ていた。

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