《ただいま冷徹上司を調・教・中・!》贅沢なのにもどかしい関係(8)
そりゃ人の惚気話を聞くと、そんな顔になってしまうものだ。
人の惚気話ほど、聞くに堪えない話はないというのは十分にわかっている。
それでもついつい話してしまうのは、この二人が素直にこんな表をしてくれながらでも、話を聞いてくれるからだろう。
私と平嶋課長との関係が本當に普通のものであるならば、私は二人の迷もそっちのけでもっといろいろと話していたかもしれない。
それを思うと、これくらいでよかったのかもと思う。
それからの一週間は仕事も平嶋課長の補佐として順調にこなし、プライベートでも二日に一度は電話で凱莉さんと話ができ、順調そのものだった。
まるで私達は本のカップルであるかのように。
「今週は待ち合わせにしましょう」
私がそう提案すると、凱莉さんはし悩んでいるようだった。
『車の方が何かと便利じゃないか?』
電話越しにでも凱莉さんの表が想像できて、私は何だか嬉しくなった。
凱莉さんのこの表を思い浮かべられるのは、きっと私だけだと自負しているからだ。
「たまには電車で遠出しましょうよ。いい場所探しときますから」
凱莉さんの車は大好きだけれど、待ち合わせでウキウキしたり、電車の中で手を繋いだり、なんだか初々しいことがしてみたい。
私がそう伝えると、凱莉さんはクスっと笑ってくれた。
『じゃあ、駅で待ち合わせるか』
「はいっ」
何処にでも行けるようにとその駅を指定してくれた凱莉さんに大きな聲で返事をして、私は早く土曜日が來るのを祈る毎日だった。
土曜日、まだ何も機能していないを起こしたのは、激しく窓を叩く雨の音だった。
「噓でしょ……」
慌ててカーテンを開けると、かなり降っているようだった。
昨日の天気予報では、降水確率は30%の曇りだったはず。
私はスマホで今日一日の天気予報を確認する。
待ち合わせの10時くらいからは晴れの予報になっていた。
「今だけならよかった」
初めての待ち合わせデートに心を躍らせながら支度を進めていると、分厚かった雲に隙間ができ、そこからが差し込み始めた。
玄関を出るころにはすっかりいい天気になり、私の心も明るくなった。
電車で移すること三駅。
この駅はさすがに人がひしめき合っている。
スマホで時間を確認すると、待ち合わせ時間には三十分以上もあった。
時間を潰すには事欠かないので、私はしばらくその辺をブラブラすることにした。
歩き始めて十分も経たないうちに、私はこの選択を後悔することになる。
「あら、千尋じゃない」
明るく嬉しそうに私に駆け寄ってきたのは、誰でもない、梨央だった。
最近となっては、すっかり忘れていた梨央の存在だったが、顔を見てしまえば黒いがにじみ出る。
こんなに心浮かれているときに、なんでこのの顔なんて見なければいけないのか。
軽い頭痛をじ、私は返事もせずに速足に通り過ぎようとしたのだけれど。
「ちょっと。それはないんじゃない?」
ぐいっと腕を取られ、私はこの狀況をけれる覚悟をした……。
『らないでよ』
ちょっと前の私ならば、ひとことそう言って梨央の手を振り払っていただろう。
けれど今の私は違う。
顔も見たくないほど嫌いなことに変わりはないけれど、以前のように骨に態度に出すのはやめた。
これも平嶋課長のおかげだ。
平嶋課長は私に心のゆとりもくれた。
だから許すことはできなくても、取り繕いながらではあるが普通にすることができるようになったのだ。
「悪いけど私、急いでるの」
笑顔で返すまでは人間ができていないけれど、普通にそう返した私に一番驚いているのは梨央のようだ。
狐につままれたかのような、なんとも言えない顔をしている。
「じゃ」
今のうちだと言わんばかりに、その場をそそくさと去ろうとすると。
「平嶋課長とデートでしょ?」
梨央がにっこり笑ってそう聞いてきた。
「……私の予定をいちいち報告する義務はないでしょ」
詮索されたくもないし、関わってしくもない。
視線も合わさず人波を見つめている私に、「確かにそうなんだけど」と梨央は移して私の視界にってきた。
「私、平嶋課長と同じ車両に乗ってたのよ」
思いがけない梨央の言葉に、私はとうとう梨央を真正面に捉えてしまった。
どんな顔をしたらいいのかわからない。
けれど梨央から平嶋課長の名前を聞くと、例えようのない不安が私を蝕む。
「そんな顔しないでよ」
どんな顔をしているかなんてわからないけれど、強ばっていることだけは何となくわかる。
「千尋と平嶋課長がデートだっていうのは平嶋課長から聞いたのよ」
「平嶋課長が……?」
「ええ。同じ電車に乗ってるのに気づいたから、聲をかけたの」
なんだよ、そのドラマみたいな偶然は。
土曜日でこれだけの人がいる中、平嶋課長と出會う確率って、いったい何パーセントだと思ってるわけ?
「私がしつこくったから千尋と待ち合わせしてることを教えてくれたの」
「……そう」
「それでね、私がここに來た理由なんだけど……」
梨央が急にトーン落として申し訳なさそうにそういうものだから、もう嫌な予しかしない。
「途中で平嶋課長に仕事の電話がって、急に引き返さなくちゃいけなくなったの。私にはよくわからなかったんだけど、なんか機械トラブルらしくて。かなり慌ててたから、私が千尋に伝えますって言ったのよ。だからここに來たってわけ」
「…………」
仕事?
機械トラブル……?
そんな都合のいい話があるものなのか?
紗月さんや瑠ちゃん達から聞けば、そうなのかと納得もできよう。
けれど今私にそれを伝えているのは梨央だ。
そう易々と信じられるはずがない。
ひょっとしたらこのまま私を信じさせて、平嶋課長と合流しようなんて腹積もりかもしれない。
そんな私の考えを見抜いたかのように、梨央はクスッと笑って私と肩を並べた。
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