《【完結】苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族~》第1章 再婚、義兄、同居!?(3)生活破綻者との同居生活

準備がとか言い訳する前に、楽々パックで手配しておいたからと引っ越しはGW最終日で振替休日の、六日水曜に決まってしまった。

仕方なく、人にやってもらうのが嫌な貴重品や下著類だけ詰めて準備をする。

――そして當日。

「噂に違わぬ高級住宅地……」

都心のど真ん中、タクシーのすれ違う車は高級外車ばかり。

しかも時折、大使館の前さえ通る。

こんなセレブ街にマンションを持っているなんて、さすがというか。

――ピンポーン。

押した、マンションの集中玄関のインターホンからは反応がない。

もしかして出掛けている?

それとも寢ている?

どっちにしろ、私の引っ越しは完全に忘れられていることになる。

「……はぁっ」

短くため息をつき、もらっていたゲストキーで鍵を開けた。

中にはそんじょそこらのホテルなんか完全に負けている、豪華なロビーが広がっていた。

「こんにちは」

もう會社でもジャケットなしの人が主流なのに、首もとまできっちりネクタイを締め、ジャケットまで著た黒スーツの男から挨拶されて、焦った。

「あっ、えと、今日、八雲さんのお宅に引っ越してくる、み、三ツ森と申します」

急に、自分の格好が恥ずかしくなってくる。

きやすいようにとだぼだぼTシャツにハーフ丈のオーバーオールなんて格好、しなきゃよかった。

場所がセレブマンションだとわかっていたのだし。

でも、ここまでだとは思っていなかったのだ。

「伺っております。

引っ越し業者の方は?」

「えと、もうすぐ、著くと思います」

背の高く、さらにイケボ、そのうえ完全にイケおじな彼を前にして、張して言葉がまともに出てこない。

「かしこまりました。

あとはお任せください」

右手をに當て、彼が慇懃にお辭儀をした。

その姿がまた、嫌味なく似合っている。

「よ、よろしくお願いします!」

逃げるようにエレベーターに乗ってキーを差し込み、最上階の五階へ。

あの人がきっと、コンシェルジュという奴なのだろう。

代で二十四時間常駐、電気一個ですら換してくれるらしい。

とはいえ、玄関を通るたびにあんな人がいたのでは、張して死んじゃうよ……。

考え事をしている間に五階に到著した。

八雲専務はこのフロア全部、専有している。

ホールから聞いていたプライベート用の玄関を開けた。

「八雲専務、いらっしゃいますか!」

大聲を出すとばん!と勢いよくドアの開く音が遠くから響いてくる。

そのうち黒のシルクっぽいパジャマ姿の八雲専務が出てきた。

「……うるさい、誰だ……」

ノー眼鏡のせいか、ぐっと顔を近づけてくる。

もうすぐれる、と思った瞬間、ぱっと顔が離れた。

「……なんだ、君か……」

あくびをしながら部屋の中へ戻っていく彼を慌てて追いかける。

「今日、引っ越しなんですが!

どうしたら!?」

「……ああ、そうだったか……。

忘れてた……」

ドアを開けた先は広いリビングだった。

ダークブラウンの床の上へ、L字型に薄いベージュのソファーが並べられ、白黒のクッションが無造作に置かれている。

八雲専務はそれに向き合うようにおかれた、黒革張りのサブソファーに座り、サイドテーブルに置かれていた眼鏡をかけた。

さらには私などそこにいないかのように、タブレットを手に取って作をはじめた。

「……もうすぐ、業者のトラックが著くんですが……」

怒りで震えそうになる聲をかろうじて抑える。

忘れていたのはいい。

いや、よくないけど。

でもそのまま放置って!?

「ああ、そうか。

さっきの廊下を進んで右側、真ん中の部屋を使ったらいい。

一番奧は僕の寢室だから開けないこと」

「……ありがとうございます」

タブレットに視線を落としたまま、私の方なんてちっとも見ないで指示を出してくる。

とりあえず無視で部屋を確認した。

掃除とかもちろんしていないだろうと思ったけど、中は段ボール箱が何個か転がっているだけで安心した。

引っ越し業者に荷を運び込んでもらい、荷解きをする。

気がついたらお晝を過ぎていた。

「あの、晝食は……」

リビングでは私が來たときと同じ姿勢でパジャマのまま、八雲専務はソファーに座ってタブレットを睨んでいた。

もしかしてあれから、あの姿勢のまま微だにせずにいるんだろうか、なんて疑問が浮かんでくる。

「……」

聲をかけたものの、返事はない。

もしかして、聞こえていない?

「あの!」

大きな聲を出すと、びくっとが震えて反応があった。

ゆっくりと彼の顔が私の方を向く。

「びっくりした」

びっくりしたのは私の方です。

全然反応がないんだもん。

「晝食はどうするんですか」

別に、食べさせろとかの催促ではない。

ただ、私だけ食べるのもなんか悪いので訊いてみただけ。

「晝食……?」

なぜか、僅かに彼の顔が傾いた。

し考えて、自分の左側に置いてあった、ノーラベルのお菓子の袋を差し出してくる。

「これでも食べるか」

「……は?」

っている私を無視して八雲専務は袋を開け、中にっているチョコレート菓子を口に運んだ。

「君も食べたらいい。

まだ試作品段階だがけっこういける」

「……まさかそれが食事だなんて言わないですよね?」

なんだか頭痛がしてきたけれど、気のせいだろうか。

「なにか不都合があるのか。

腹にればなんだって同じだろ」

「……!」

タブレットを見つめたまま、お菓子を食べる彼を無視してダイニングキッチンへ行く。

L字キッチンのダイニング側はカウンターになっていた。

しかもただのカウンターじゃなくミニバーになっていてあたまがくらくらする。

けれどどこもモデルルームのようにピカピカで、生活がない。

勢いよく開けた大きな冷蔵庫の中は見事に空だった。

「……」

無言でさらに、冷凍室を開ける。

ここも空。

いや、よくドラマなんかで、ひとり暮らしの男の、冷蔵庫の中はお酒とつまみくらい……っていうのはあるけれど。

この立派は冷蔵庫は電気代を無駄に食う、飾りですか?

ってくらいになにもっていない。

「……はぁっ」

短くため息をつき、さらにキッチンをチェックするが、調理も一切ない。

すら。

この人の主食はまさかお菓子……なんてことはないと思いたい。

勢いで玄関に向かいかけ、自分の服裝を思い出した。

一度部屋に戻り、服を選びかけて止まった。

まともな服はほぼ、通勤著しかない。

あとはだぼだぼTシャツにハーフパンツといったラフなもの。

これからはセレブマンションで暮らすんだし、服裝にも気をつけなきゃダメか……。

仕方なく、通勤著の、白ブラウスに黒の膝丈フレアスカートを著た。

ちなみに通勤著は、似たり寄ったりだ。

玄関で靴を履く私を、八雲専務は気にする様子はない。

私も完全無視でマンションを出た。

來る途中で見かけたスーパーに行き、焼きそばの材料を買う。

なんで焼きそばかって、引っ越し蕎麥にかけたのと、お米なんて重いものを買って帰る気にはなれなかったから。

それにチルドのセットの奴なら、調味料も付いているし。

帰ってきた私を、八雲専務はちらりとも見ない。

相変わらずタブレットを睨んでいるし、手はお菓子を摘まんだまま止まっている。

引っ越しの荷の中から、まな板に包丁、フライパンを探し出す。

使うことはないだろうから処分も考えたが、ここを出ていくときにまた買い足すのは面倒だと、持ってきて正解だった。

手早く焼きそばを二人前作り、お皿も手持ちの荷から出した。

「お口に合うかどうかわかりませんが、よろしかったらどうぞ!」

ドン!とわざと大きな音を立てて、広いダイニングテーブルの上に置く。

だって、そうしないときっと、気づいてもらえないから。

「あ、ああ……」

気づいた八雲専務は、溶けたチョコレートでベトベトになった手を洗ってテーブルに著いた。

「いただきます!」

「……いただきます」

意外なことに文句を言わず、彼は箸を握って食べはじめた。

「つかぬ事をお伺いしますが、自転車とかないですよね」

夕食と今後のために米を買いたい。

その他、調味料諸々も。

そうなると歩きで持って帰るのは厳しい。

「ないが……。

なぜ、そんなことを訊くんだ?」

わけがわからないとでもいうように、眼鏡の下で八雲専務の目が一度、まばたきをした。

「食料品の買い出しに行きたいのですが、かなり重くなりそうなのでせめて自転車でもあれば、と」

「食料品なんて買ってどうするんだ?」

どうするって、調理して食べる以外の答えがあるんだろうか。

そしてさっきから、彼の箸のきが気になる。

「八雲専務は外食派かもしれませんが、私は自炊派なので」

「ああそうか。

普通の人間はちゃんとした料理を食べるんだよな……」

ん?

ちょっと待って。

言っている意味がよくわからない。

普通の人間はちゃんとした料理を食べるって、八雲専務はそうじゃないのか?

「わかった。

あとで車を出すから聲をかけてくれ」

「お願いします。

……ところで。

さっきからそれは、なにをしているのですか」

材の間を箸で探っては、ぽいっと放り出されるオレンジの切れ端。

それはさらに皿の隅に積み重なっていっている。

「ああ。

……人參、嫌いなんだ」

ぽそっと呟いて、ブリッジを長い人差し指で押し上げた八雲専務の耳は、真っ赤になっていた。

……あ、ちょっと可い。

なんて思ったのはなんだったのか。

でも、ずっとアンドロイドかなんかだと思っていた彼が、急に人間に見えた。

「次からは人參は外します」

「そうしてくれると助かる」

またぽいっと箸が人參を投げ捨てる。

最悪だと思っていた引っ越しだけど、この人が人間だと知れただけ、よかったかもしれない。

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