《めブルーム〜極甘CEOの包囲網〜》エピローグ【2】 Side 翔
* * *
車から窓の外を見つめながら、脳で反芻するのは今朝の志乃のこと。
はにかんだようにエンゲージリングを見つめ、幸せそうに微笑む姿はとにかく可かった。その破壊力は凄まじく、彼が仕事じゃなかったら確実にベッドに連れ戻していただろう。
『よう、ミスターヘタレ』
「その呼び方はやめろって言ってるだろ」
昨夜の余韻に浸っていた俺は、それをぶち壊した聲に眉を顰めた。
『それが初を実らせる手伝いをしてやった親友への態度かよ』
電話口の川本が不満げに言う。その聲を聞き流しつつ、「なにか用か?」と尋ねた。
『別に? 香月と仲良くやってるのかと思っただけだよ』
「余計なお世話だ」
『せっかくみんなでお膳立てしてやったのに、仕事にかまけて振られるなよ。お前、香月のことになるとヘタレだからなー』
「ご心配なく。昨日、プロポーズをけてもらったところだよ」
『はっ 」
「あ、悪い。これから人と會うんだ」
『待て! 言い逃げするなよ! そこだけ聞かされたら々気になるだろ!』
「そのうち話す。じゃあ、またな」
『おい――』
川本の聲を遮るように通話を終了させ、すぐさま車から降りた。目の前のヘアサロンから出てきた明るい髪の軽薄そうな男に近寄る。
「平岡圭次郎けいじろうさんですか?」
「はい?」
俺はふつふつと沸き上がる怒りを隠さず、平岡を見下ろした。
「平岡圭次郎、一月四日生まれ、三十五歳、妻と子どもふたりの四人家族。高校卒業後、都の容學校に進學。容師資格を取り現在のサロンに就職し、この店の店長を務めている」
「なっ……なんなんだよ、お前……」
「香月志乃を知ってるな?」
平岡の顔が変わり、頬が引き攣った。
「お前が志乃にしたことは証拠を取ってある。お前の素も調べ上げてるし、今もスタッフにセクハラとパワハラを働いてるのも知ってるんだ」
「な、なんの話だよ……!」
「しらばっくれるのなら、別にそれでも構わない。俺は、お前の罪を咎めに來たわけでも謝罪を求めてるわけでもないからな。そんなことをされても、志乃がお前につけられた傷は一生消えないんだ」
自分でも驚くほど靜かに、淡々と言葉を吐いていく。俺が一歩足を踏み出せば、平岡が三歩下がった。もう一歩前に出れば、平岡との距離がグッとまった。
「お前がしたことは許さない。志乃に近づけさせる気はないが、萬が一そんなことがあれば容赦しない。お前を社會的に消すくらい、こっちは指一本でできるんだ」
溫度のない笑みを投げれば、平岡は「ひっ……!」と聲を上げた。その様子を見ても怒りは収まらないが、これ以上なにを言ってもムダだと悟って踵を返す。
「……ああ、そうだ。お前の被害に遭ってるたちに、優秀な弁護士を紹介しておいた。志乃や彼たちがけた傷以上に苦しめばいい」
直後に足を止めて振り返れば、平岡は顔面蒼白狀態で立ち盡くしていた。
こんな奴に志乃が傷つけられたなんて、悔しさと怒りでどうにかなりそうだ。なによりも一番腹立たしいのは、彼が苦しんでいたことを知らずに過ごしていた自分自に対してだった。
もし、高校時代に想いを伝えていたら……。そうじゃなくても、もっと早くに志乃と再會できていたら……。ほんのしでも彼を支えることができたかもしれない。
どれだけ悔やんでも仕方がないのに、そんな気持ちが消えなくてこれまでとは別の後悔となって心にはびこっていた。
けれど、志乃はもう前を向いている。だから、夢に向かう彼の姿を間近で見ている俺が、こんな気持ちでいるわけにはいかないのだ。
それに、被害者たちはもうき始めているため、遠からず平岡は制裁をけるはずだ。法の裁きがどこまで下されるかはわからないが、今の地位は失うだろう。
蔑んだ視線で平岡を一瞥し、俺は憎い相手を橫目に車に乗り込んだ――。
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