《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》獅子の呪い(1)
「あら、ライリー様、王城へお出かけになられるのですか?」
確か今日は休日だったはずだけれど。
いつもの近衛騎士の制服にを包んだライリー様が食堂に現れたので、疑問に思った。
わたしの問いにライリー様が頷く。
「ああ、ショーン殿下が獅子の呪いについて時々調べてくれているんだ。今日はそれで行く予定なんだ」
席についたライリー様がふと顔を上げる。
目の前へ並べられていく料理を見ていたわたしも、その視線につられて顔をあげる。
「エディスも來るか?」
「え? よろしいのですか?」
「ああ、殿下には連れて來ても良いと言われている。休日だから仕事というわけでもないしな」
わたしは自分の表がパッと明るくなるのが分かった。
ライリー様と一緒にいられるのね!
それに第二王子殿下ともお會い出來るのは楽しみだわ。あの方には良くしていただいているし、婚約者の上司とも仲良くしておきたいもの。
「お邪魔でなければ行きたいですわ!」
「では、今日は一緒に行こう」
お互いに頷き合う。
そういうことで本日は登城することとなった。
* * * * *
エディスを伴い登城し、ショーン殿下の宮へ向かう。
そういえばエディスと共に前に來たのは二ヶ月ほど前だ。あの舞踏會からは三ヶ月も経っている。
彼といると日々が楽しく過ぎていくので、時間が経つのがあっという間で早い。
ショーン殿下の宮に著くと部下と顔を合わせた。
この宮を守る騎士は全てライリーの管轄下にあるため、殆どの騎士の顔は把握していた。
「隊長、いつものですか?」
慣れた様子で問われて頷き返す。
「ああ」
「今日は婚約者殿も一緒で?」
「羨ましいだろう?」
「ええ、全くです」
普段と同じく軽口を叩き合い、中へる。
すると傍にいたエディスが口を開いた。
「親しそうでしたね?」
「この宮に働く騎士は皆、俺の部下のようなものだからな。何人かは魔獣討伐で一緒になることもある。それでよく話もするし、食事を共にもする」
「ライリー様はお友達が大勢いらっしゃるのですね」
ふふ、と嬉しそうにエディスが笑う。
彼のこういうところが好きだ。
恐らく俺の外見を気にして、友関係がどうなのか心配してくれていたのだろう。
それでいて驚かないということは、俺に友人がということに疑いを持っていなかったのだろう。
彼をエスコートしながら、案役の騎士について、殿下のいらっしゃる部屋へ向かった。
部屋へ到著すると騎士は持ち場へ戻っていく。
扉を叩き、中から誰何する聲に名前を告げ、許可を得て扉を開けた。
顔を上げたショーン殿下が笑顔を浮かべる。
「やあ、休日にごめんね。エディス嬢も、ライリーを借りちゃってごめんね?」
しからかうような聲にエディスが微笑んだ。
「いいえ、ライリー様と一緒ならどこでも楽しいので問題ございませんわ。今日はお邪魔させていただきます」
……エディスの健気な言葉が嬉しい。
ただでさえ普段は近衛騎士やら魔獣討伐やらで忙しく、休日のない職についているが、エディスはいつも笑顔で見送り、帰ると出迎えてくれる。
先に休んでいいと言ってあっても待っていてくれるし、食事を先に摂ったとしても、帰ってきた俺の食事に付き合うためか軽めのものしか口にしないという。
そうしていつでもエディスは好意を隠さない。
そんな彼をどうして好きにならずにいられようか。
「それは良かった。邪魔ではないよ。むしろ、エディス嬢も加わってくれたら嬉しい」
ショーン殿下もエディスを気にっている。
禮儀正しく、けれど王族だからといって変にかしこまったり、を売ったりしないエディスはショーン殿下の好きなタイプの人間だ。
もちろん的な意味ではなく、人としてだ。
「ですがわたしは魔には詳しくないのですが……」
戸うエディスにショーン殿下は言う。
「だからこそだよ。知識があると、そのせいで思考も偏ってしまうからね。知らない方が面白い意見を出してもらえそうだし」
ああ、確かに魔の知識があるとどうしてもそれが基礎になってしまって、別の考えが出難いというのはある。
それもあってエディスも連れて來て良いとおっしゃってくださったのかもしれない。
エディスは儚げな容貌をキリッとさせる。
「そういうことでしたら微力ながらお手伝いさせていただきます。ライリー様のためにも頑張りますわ」
「あはは、君は相変わらずライリーのことが大好きだね」
「はい、とっても大好きですわ」
でもあまり人前で言わないでしい。
エディスの気持ちは嬉しいけれど、し照れる。
だが嫌ではない。やめられたら悲しいだろう。
俺が止めない限りは彼もやめないと思う。
席を勧められてエディスと共にソファーへ座る。二人並んでそうするのは、もう當たり前になってしまった。
「今日は何をなさいますか?」
ショーン様へ聞けば、テーブルの上を示される。
「今日は魔石との相を調べようと思ってね。以前の実験でライリーの魔力と呼応した魔石の種類を元にいくつか見繕ってきたから、今回はこれらが反応するかどうか、また実験したい」
テーブルに並べられた大小様々な魔石を手で示す。
は暖系が多い。大きさはバラバラだ。
「ライリー様は魔力をお持ちですの?」
エディスの問いに一つ頷く。
「ああ、獅子の呪いをけた際に、獅子が保有していた魔力も引き継いでしまったらしい」
「魔力量だけで言えば僕より高いんだよねえ」
ショーン殿下がおかしそうに笑う。
「ですが強化くらいしか出來ませんよ。……恥ずかしい話だが、元々魔適がほぼなかったから、魔を扱うのが苦手なんだ」
「まあ、そうなのですか?」
前半は殿下に、後半はエディスへ向けて言う。
英雄と讃えられているのに魔が下手だなんて恥ずかしいことだが、エディスはまるで微笑ましいことを聞いたという顔でニコニコしている。
「けないだろう?」
そう続ければエディスはキョトンとした。
「いえ、そんなことありませんわ。完璧そうに見えて苦手なことがあるなんて、それこそ完璧ですもの」
何だそれは、とショーン殿下と共に首を傾げた。
「どういうことだ?」
「何でも出來そうな人に実は出來ないことがあった方が可げある、ということですわ」
「なるほど、そういう意味か。面白いね」
ぷふっとショーン殿下が笑う。
こんな大柄で獅子の顔をした男を可いと評するなんてエディスくらいのものだ。
そういう人と違ったところもショーン殿下の興味を引いているのかもしれない。この方は面白いものや人が好きだから。
「とりあえず、前回と同じく魔力を流せばよろしいでしょうか?」
「そうだね、一つずつやって見せてもらえる?」
「分かりました」
そうしてテーブルに並ぶ魔石を一つ手にしては、そこへ量の魔力を流すという作業を繰り返す。
やはり寒系の魔石は反応がなく魔力が押し返さたが、赤や黃、オレンジの魔石は反応を示す。特に赤は即座にって呼応していた。
その様子をショーン殿下がメモを取っている。
エディスは邪魔しないように黙っているが、その菫の目が好奇心と興とでキラキラと輝いていた。
全ての魔石に魔力を通し終えるとショーン様が「うーん」と実験結果を読み返す。
「ライリーは獅子の魔獣の魔石が何だったか覚えてる?」
「のように赤いだったと記憶しております」
獅子の魔獣の魔石は真紅だった。
大きさも、巨に見合う、拳大ほどのものだ。
「そう、その通り。で、実験で反応したのは赤やオレンジ、黃だったよね。青や白と違って流した魔力への拒絶もない。ライリーの持つ魔力はやっぱり魔獣のものに近いってことだね」
まあ、そうだろう。
呪われる前のライリーに魔力はなかった。
呪われた後に発したのなら、十中八九、獅子の魔力だろう。この魔力のおかげで強化が出來るようになり、以降の魔獣討伐でも苦戦を強いられることはなかった。
呪いのおかげで英雄になれたのは皮である。
エディスが「あの」と聲を上げた。
「人と魔獣で魔力に違いがあるのですか?」
「うん、あるよ。人間は詠唱を口にしたり、何かに式を書いたりすることで魔力を引き出して魔へ変換するんだけど、魔獣は詠唱も式も使用しないで魔を使えるよね? あれは魔獣の魔力の方が質が良いというか、純度が高いというか、とにかく人の持つ魔力よりも安定したものなんだ」
「魔力の安定は何か影響はありますか?」
「安定していると魔を行使しやすい。先も言った通り、不安定な魔力を持つ人間は詠唱や式によって安定させなければ魔を使えないが、魔獣は安定した魔力を持っているから詠唱や式は不要なんだよ」
エディスの質問にショーン様が答えていく。
ショーン様も魔が好きだから、エディスが興味を示して質問してくるのが嬉しいらしい。
ちなみに俺は質問はない。
よくショーン様の魔談義に付き合っているので、魔に関して、多分他の魔師と同程度の知識があると思う。
「それでライリー様は魔獣の持つ魔力に近いということは……。ライリー様は詠唱も式も使わずに魔を行使出來るかもしれないわけですね?」
「そう! そこだよ! ライリーは強化を使う時に自分の意思一つで行えるんだ! 無詠唱、無式は全ての魔師が目指していることなんだよ!!」
「まあ! やっぱりライリー様は凄いのね!!」
「羨ましいよね!!」
エディスの言葉にショーン様が立ち上がらんばかりに食い付き、それを聞いたエディスも興している。
二人が興している部分は違うが、そこを指摘してわざわざ機嫌を損ねる必要もないだろう。
黙って紅茶を飲んで落ち著くのを待つことにした。
「しかもライリーの強化は特別なんだ。普通の強化だと々倍の重さのが持てるようになったり、握力が上がったり、あとは攻撃をけても傷付き難いって程度なんだけどね」
「ライリー様だとどうなるのですか?」
「文字通り強化される。馬を軽々持ち上げられるし、蹴られてもビクともしないし、巖も砕けるし、剣や魔をけても平然としていられる。それに剣を噛み砕くことも出來るようになる」
「最強ですわね」
「だから英雄って呼ばれてる」
「凄く納得しましたわ」
うんうん、と顔を見合わせて頷き合う二人。
途中から真顔になってるので真剣なのは分かる。
分かるが、そろそろ戻ってきてしい。
咳払いを一つすれば二人がふと我へ返った。
「ごめんごめん、熱中しちゃった」
「申し訳ありません、ライリー様についてだったのでつい熱くなってしまいました」
乗り出しかけていたを二人は戻す。
エディスも紅茶を飲んで一息吐いた。
そうしてショーン様へエディスは問いかける。
「ところで、この実験がライリー様の呪いとどのような関係があるのでしょう?」
それにショーン様が眉を下げた。
「つまり、まあ、獅子の魔獣の魔は強くて、人間の魔では呪いを解くのは難しいってことだね。かけられた魔の力が大き過ぎる。死ぬ直前に全力でかけられたんだろうね」
「あの狀況では仕方ありません」
自分を殺そうとする相手に獅子の魔獣も抗った。
もしかしたら死ぬと理解して、このような呪いをかけてきたのかもしれない。強い魔獣は知恵のあるものが多いのだ。
紅茶を飲み、出されていたクッキーをエディスが一枚食べる。
そして急に食べかけのクッキーをエディスは見た。
焼き上げた丸いクッキーの間にジャムを挾んだものだ。ジャムはオレンジを砂糖と煮詰めて作られており、ショーン様のお好きなクッキーである。
數秒それを見て、食べると、口を開く。
「そういえば、ライリー様の呪いとはどのようなものなのですか?」
エディスの質問にショーン様が小首を傾げる。
「どのようなって何が?」
「獅子の魔獣が呪いをかけたと聞いておりますけれど、その呪いはライリー様のを本質から作り変えてしまったのでしょうか? それとも今の狀態は異常で、えっと、呪いの効果によって獅子の姿に変化させられているだけなのでしょうか?」
言いながら、エディスが砕いたナッツを混ぜたクッキーと先程のジャムの挾まったクッキーを取った。
「このクッキーのように呪いがを変質させて、それが正常な狀態になっているのか、それともこちらのクッキーのようにと呪いは別で、合わさることで獅子の姿に変化しているのかという疑問ですわ」
ショーン様が納得した様子で口を開く。
「ああ、そういうことか。多分、後者かな。本來は人間の姿だけど、常に呪いによって獅子の姿に変化させられていて、呪いを解けば元の人間に戻ると思うよ」
「そうですか……」
それを聞いたエディスが何やら考え込む。
急に黙り込んだエディスをショーン様が見つめている。その目はどこかワクワクしてるようなのは気のせいだろうか。
そういえば、以前ショーン様に「エディス嬢って良い意味で変わってて面白いよね」と言われたことがあった。
確かにエディスは一般的な令嬢とは違う。
男の後ろで従順に従うような、常に微笑を浮かべて控えているような、そういうではない。
むしろ自らの意思で突き進むし、令嬢にしてはころころと表が変わるし、結構押しも強い。
見た目が儚げで淑やかそうなものだから、その見た目に騙されると驚くこともある。
顔を上げたエディスがショーン様を見た。
「魔の重ねがけは出來ますか?」
「出來るよ。ものによるけれどね」
エディスがどこか張した面持ちで続ける。
「では呪いの上から呪いと反対の効果の魔をかけたら、どうなりますか?」
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