天気の良い晝下がり。

バラの咲きれる庭園を眺められる広いテラスがあった。そこは王城にある宮の一つで、わたしは今日初めて足を踏みれた場所でもある。

大きなパラソルのような日傘が頭上にあるため、日に焼ける心配はあまりなさそうだ。

テーブルの上には可らしい見た目のお菓子や軽食が並び、庭園のものと同じバラが飾られ、ティーセットもバラの絵柄のもので統一されている。

そしてテーブルを囲っているのは三人。

一人はこの國の王殿下であらせられるクラリス・リーネ＝マスグレイヴ様。歳十になられた王家唯一の王様でいらっしゃる。月を溶かしたようなしい銀髪に苺のようにみずみずしい紅くぱっちりとした瞳で、いながらも大変お可らしい。

一人はこの國の公爵家の令嬢フローレンス＝ハーグリーヴス様。艶やかな淡い銀髪が短く、編み込まれ、赤みの強い琥珀の瞳はややツリ目で、ドレスの上からでもスラリとした付きが見て取れる。長はわたしと同じくらいだろうか。彼は確か第二王子殿下の婚約者だったはずだ。

そして最後の一人がわたし、エディス＝ベントリーである。

ニコニコと笑みを浮かべる二人を前に、わたしは微笑みながらも心は張でドキドキし続けていた。

どうしてわたし、ここにいるのかしら？

＊　＊　＊　＊　＊

事の発端は一週間ほど前に遡る。

いつものようにやってくるお茶會や夜會のおいが書かれた手紙を確認している時だった。

他の手紙とは明らかに質の違う手紙を見つけた。

上質な真っ白な封筒にはバラが描かれており、宛名は丁寧に書いたのだろうと分かる綺麗な文字で綴られていた。

極め付けに封蝋には王家の印がされていた。

一瞬、ライリー様宛の手紙が混じってしまったのかとも思ったが、何度見ても宛先はわたしである。

とりあえず開封して中の便箋を取り出した。

開けた瞬間、上品なバラの香りが広がった。

手紙に目を通す。

「……これはお斷り出來ないわよね」

差出人は王殿下であった。

容は個人的な小さいお茶會を開くので是非出席してしい、といったもので、文面から察するにどうしても會いたいという意思がじられる。

確か王殿下は現在十歳でいらっしゃる。

その王殿下のお友達が來られるとしても、年齢的にも分的にもわたしは目立つことになるだろう。

しかし王族にまれて斷るわけにもいかない。

結局、わたしは自分が持っている中で最も質が良く、しゃれたレターセットで返事を書くことにした。

もちろん、是非出席させていただきます、という容である。

一応ライリー様に伝えたけれど、微妙な顔をされた。

「王殿下か……」

どこか困ったように眉を下げられる。

「……もしや王殿下と何かあったのですか？」

だとしたら、このお茶會への招待狀も々と意味が変わってくる。

だがライリー様は頬を軽く掻くと、首を傾げた。

「いや、以前お會いした時に俺の姿を見て泣いてしまわれたんだ。だから今まであまり近付かないようにしていたんだが……」

「そうでしたのね。ちなみに、その時の王殿下はおいくつでしたの？」

「まだ七歳でいらした。殿下は小柄だから、尚更俺が怖かっただろうな。申し訳ないことをした」

普通の令嬢ですらお見合いでライリー様を見て泣きんだり気絶したりされたそうなので、七歳の王殿下が泣いたのも無理はないかしら。

でも泣いただけというのは凄いわ。

「その王殿下がどうしてわたしをお茶會に招こうとしているのかしらね」

ライリー様が怖いなら接點を持ちたがらないと思うのだけれど。

あ、でも婚約発表をした夜會には王殿下も出席していたはずだわ。あの時、見ても平気だったのなら、克服されたのかしら。

まあ、でも、王族だから英雄の婚約者と縁を持つのは不思議なことではないわね。

とにかく行くしかないわ。

「王殿下はいながらに聡明な方だ。英雄の婚約者であるエディスに対して酷いことはしないだろう」

「ええ、そうであってしいわ」

抱き締められてライリー様のにり寄る。

ああ、この抱擁はいつも安心する。

一週間後がちょっとだけ不安だった。

＊　＊　＊　＊　＊

そうして一週間後の今日、登城したのである。

てっきり王殿下の友人が出席するのかと思いきや、まさか第二王子殿下の婚約者でいらっしゃる公爵令嬢がいるとは予想外だろう。

笑顔で二人に見つめられて落ち著かない。

「自己紹介はこの辺りにして……」

王殿下がぱちんと可らしく両手を合わせた。

「ベントリー伯爵令嬢、いえ、エディス様！」

「は、はいっ」

ずい、と若干を乗り出されてドキッとする。

何を言われるのか構える。

「英雄ライリー＝ウィンターズ様と運命の出會いをしたと聞きました！　どのような出會いでしたか！！」

キラキラと輝く紅い瞳にキョトンとしてしまう。

……え？　ライリー様との出會い？

王殿下の橫でハーグリーヴス公爵令嬢が頷く。

「私もショーン様よりお二人のことをお聞きして、ずっと話してみたいと思っておりましたの。サヴァナ様からも聞いていたし」

「サヴァナ様とお知り合いなのですか？」

「ええ、元々私もサヴァナ様も騎士でしたのよ。サヴァナ様の方が先輩だけれど良くしてもらったわ。だから今でも流がありますの」

そんなところで繋がりがあるとは思わなかった。

ハーグリーヴス公爵令嬢の髪が短いのは、騎士だった名殘りなのね。騎士は大抵髪を短くしている。長い人もいるが、短い人が圧倒的に多い。

「それでわたくしもショーンお兄様とフローレンスお姉様から聞いて、居ても立っても居られなくてお呼び立てしまいました。まるでお伽話のように素敵だったそうで……」

何を想像したのか王殿下がうっとりしている。

もしかして、わたしとライリー様を話で聞いて化しているのかしら。

でもライリー様を怖がっている様子ではなさそうで安心した。王殿下に「婚約者は怖いでしょう」と言われたら困る。即座に否定するけど。

「ですので、エディス様とウィンターズ様のお話をどうか聞かせてください！」

「ショーン様だけ知っているなんてずるいですもの」

「ええ、ショーンお兄様だけずるいですわっ」

わたしはちょっと困って聞き返す。

「お話するのは構いませんが、不愉快にさせてしまうところもあると思います。わたしに関する噂を聞いたことがあるでしょう。それでもよろしいですか？」

王殿下とハーグリーヴス公爵令嬢が顔を見合わせ、すぐにわたしを見る。

「あのような噂、信じておりませんわ」

「そうですわ。あの噂をまだ信じているような方はおりませんわよ。むしろエディス様に同的な人ばかりですの」

にこりと二人が笑う。

悪意も敵意もないそれにホッとした。

フィリスの流した噂はもう消えたけれど、最初からなかったことには出來ないし、人によってはわたしに多なりとも疑いの目を向けることもあるだろう。

「ですから、さあ、お話を」

「聞かせてくださいませ！」

お二人に迫られて、わたしはライリー様との今までを洗いざらい話すこととなった。

五年前にリチャードと婚約したことから始まり、フィリスにリチャードを寢取られたことや婚約破棄を一方的に言い渡されたこと。

その夜會の場でライリー様に一目惚れしたこと。

わたしの方からダンスを申し込み、結婚すら迫ったこと。それを第二王子殿下に笑われたこと。

その後のあれやこれやも全て包み隠さずお話した。

お二人はわたしが家で冷遇されていたことや、絶縁したことを聞いて涙ぐんでいたけれど、ライリー様との出會いや同じお屋敷での生活などの場面ではキラキラと目を輝かせて聞きっていた。

わたしがライリー様について惚気ても、否定せずに聞いてくれるのも嬉しかった。

お二人もライリー様が一時的に人の姿に戻れるようになったことを知っていらして、その時のことも掘り葉掘り聞かれた。

それに格はどうなのかとも王殿下に問われた。

「ライリー様はお優しい方ですわ。真面目で、誰に対しても誠実で、突然ダンスや結婚を申し込んだわたしを拒絶せずにけれてくださいました。あんな大柄なのにちょっと照れ屋なところがお可らしくて、最近は時々意地悪で、でもいつもわたしを優しく抱き締めてくれるのです」

そう言えば王殿下の表が僅かにる。

「わたくし、初めてお目にかかった時にビックリして泣いてしまいましたの。それから殆ど會わなくて……。ウィンターズ様には失禮なことをしてしまいました」

そういえばライリー様もそんな話をしていた。

「今も怖いですか？」

「今は……。今もちょっと怖いです。ですがエディス様のお話を聞いて、怖い方ではないと思います」

ライリー様が聡明な方だとおっしゃっていた。

その通りね。この歳で、人の話を聞いて、きちんと反省して考えられるなんて凄いわ。

「それは良かったです。ライリー様も王殿下を怖がらせてしまったと気にしておりました。もし機會がございましたら、一言でも良いのでお聲をかけていただけませんか？」

王殿下に聲をかけていただければ、ライリー様も気に病む必要がなくなりますもの。

それに王家と英雄の間に蟠りがあるのはよろしくないでしょう。

眉を下げ、王殿下が呟かれる。

「迷ではないでしょうか？」

「まさか。きっと喜びますわ」

仕えるべき王家の方に怖がられるのは、多分、寂しいし悲しいだろう。

王殿下がしでもライリー様に慣れて、怖がらずに接してくださったら嬉しいわ。

ハーグリーヴス公爵令嬢が言う。

「そのためにも、もっとお二人の話が聞きたいですわ。ウィンターズ様の怖くない話を聞けば殿下も話しかけられるようになるかもしれません」

「そうね！　もっとお二人のお話が聞きたいです！」

ということで、結局お茶會は始終わたしとライリー様の話で盛り上がったのだった。

でも何を話してもお二人は喜んでくれた。

「ウィンターズ様とエディス様はまるで語のようですわね。その、キスで呪いが解けるなんて……」

特に王殿下は頬を染めて始終うっとりと話に聞きっていらっしゃった。

「恥ずかしくはありませんの？」

「それは、まあ、恥ずかしいですわ。ですがそれ以上に好きな方にれられることが、好きな方の力になれることが嬉しいのです」

「あら、エディス様は本當にライリー様がお好きなのですわね」

「ええ、ライリー様はわたしにとって理想の男ですもの。目移りなんてする暇もございませんわ」

そうして帰る頃には仲良くなっていて、お互いに名前を呼び合うようになり、お二人はお茶會の終わりを殘念そうにしていた。

絶対にまたお茶をしましょうね、とお二人に言われてわたしは強く頷いた。

ライリー様のことを惚気られる場所は貴重だ。

それに王殿下と公爵令嬢がライリー様に怯えずに接してくれることで、他の方々もライリー様への態度を変えてくれるかもしれない。

馬車に乗ってお屋敷へ帰れば、休日で家に殘っていたライリー様が出迎えてくれた。

「おかえり、エディス」

今日は獅子の姿でいたライリー様。

その姿はやっぱりわたしにはすべき姿で、人間の時もそうで、その人柄を知る度に好きだと思う気持ちは深まっていく。

広げられた腕に向かって抱き著く。

勢いが強くてもしっかりと支えてくれる。

「ただ今戻りましたわ」

ああ、わたしはライリー様が好き。

今日は話をし合えるお友達が出來た。

ライリー様と出會ってから良いことばかり。

その頬へキスをすれば、へ返ってくる。

が散り、眩しさが収まると人間姿のライリー様が目を細めて嬉しそうに笑っている。

獅子のライリー様に一目惚れしたけれど、格を知って更に惹かれて、人間の姿でも二目惚れして。嫌いなところなんてないくらい好き。

わたし、今とっても幸せだわ。

する人と毎日一緒に過ごせるのだもの。