《寢取られ令嬢は英雄をでることにした》シュゼッティ姉弟
「イリーナ=シュゼッティと申します。これからは奧様の侍と護衛を兼任させていただきます。どうぞよろしくお願い致します」
「ヒューイ=シュゼッティです。これからは奧様の護衛を務めさせていただきます! よろしくお願い致します!」
それぞれ禮を執る二人にわたしは微笑んだ。
結婚前、シェルジュ王國に行った際に出會った二人が教育期間を終え、正式にウィンターズ騎士爵家の使用人として仕えてくれることになったのだ。
イリーナは赤みがかった癖のある茶髪を後ろで纏めた々きつい顔立ちの人だ。気の強さが目立ってしまうけれど、世話焼きで、仲間思いのである。
ヒューイはに取り込んだ魔石の影響か、白髪に、に鱗のような模様のある年だ。々直的な部分はあるが格は素直で、実は甘えん坊なところがある。
二人とも魔師であり、ヒューイは魔石の影響でもかなり出來るようになったそうだ。
そしてヒューイは元仲間であったイリーナの弟となったらしい。
外見は似ていない二人だけれど、きっと仲の良い姉弟なのだろう。
「久しぶりね。イリーナ、ヒューイ。二人にまた會えて嬉しいわ。これからもよろしくね」
やや張した面持ちの二人にエディスが聲をかければ、その表がし和らいだ。
「はい、命に代えてもお守り致します」
「頑張って奧様を守ります!」
気合い十分といった様子の二人に苦笑する。
「ありがとう。でも自分のことも大事にしてちょうだい。あなた達に何かあったらわたしはとても悲しいわ」
エディスの言葉にイリーナとヒューイは頷いた。
その思いの外、力強い頷きにエディスはホッとした。
守ってもらう立場でこんなことを思うのは我が儘かもしれないが、イリーナやヒューイだけではなく、自分の周りにいる人々には傷付いてしくない。
エディス自も危険には飛び込まないよう気を付けているけれど、周りの人々の命も大事なのだ。
以前會った時よりも自信に満ちあふれた二人を見ながら、エディスは出會った頃のことを思い出した。
* * * * *
シェルジュ王國からの帰路の途中。
來た道を戻り、ヴィネラ山脈でもう一度野宿をすることになった。
そうは言ってもエディスは特にすることもなく、前と同様に椅子代わりの丸太に腰掛けて、野営の準備をする周りをぼんやり眺めていた。
忙しなくく人々を何とはなしに見やる。
そこでふと二つの人影が気になった。
行きには見かけなかったその二人は、騎士達の中で、容姿も年齢も違うので目立っていた。
赤みがかった茶髪の二十代前半ほどのと、ローブを著てフードを目深に被った年は、監視役だろう騎士と共に隅の方にいる。
居心地の悪そうな様子の二人と目が合った。
エディスはニッコリと笑う。
そして二人に向かって手招いた。
それには監視の騎士達もギョッとした顔でこちらを見ていたけれど、もう一度、手招く仕草をする。
騎士の一人がライリーのところへ駆けて行き、ライリーが話を聞いたのかわたしと二人を互に見た後、小さく息をついて頷くのが見えた。
監視役の騎士達は戸ったみたいだが、すぐに許可が下りたからと二人をこちらへ連れて來た。
騎士達にまずは謝罪をする。
「我が儘を言ってごめんなさい。どうしても二人と話してみたかったの」
國へ戻ったらライリーの下で働くのだ。
そして問題なければわたしの護衛になるかもしれない。
だったら、今、しでも話して二人の人となりを知っておきたかった。
それから二人へ聲をかけた。
「どうぞ、そこに座ってくださいな」
斜め前にある丸太を手で示せば、躊躇いがちに、恐る恐るといった風に二人はそこへ腰を下ろした。
焚き火の明かりに照らされた二人の顔は不安そうだった。
「初めまして、わたしはエディス=ベントリーといいます。ライリー=ウィンターズ様の婚約者です。あなた達のお名前は?」
穏やかさを心がけつつ話しかける。
年の方は黙ったままだが、の方は口を開いた。
「私はイリーナ、こちらはヒューイと申します。……私達は賢者ワイズマンの元幹部で、魔師です」
い聲音だけれど返事をしてくれた。
わたしは魔師と聞いて思わず手を叩いた。
「まあ、魔師? 凄いわね! わたしは魔力がないから魔を使えないの。羨ましいわ」
じたままに話をすると、年、ヒューイがモゴモゴと小さく呟いた。
「……噓だ。あんたから、魔力の気配がする」
「ヒューイ!」
イリーナがヒューイの名前を厳しい聲で呼ぶ。
多分、わたしに対して言葉遣いが悪いと思ったのだろう。
ビクリと肩を揺らしたヒューイが更に俯いてしまう。
尚も注意しようとするイリーナを手で制する。
「待って。……わたしは本當に魔力がないの。でもね、お友達から魔をもらって、それをつけているから魔力をじるのかもしれないわ」
そう説明するとヒューイがし顔を上げた。
焚き火に照らされたさの殘る顔立ちは、そのに鱗のような模様が浮かんでいた。
なるほど、魔獣の要素を持つ子だと聞いていたけれど、それってこういうことだったのね。
ライリーの姿とはし違う。
ライリーの獅子の姿は魔獣寄りだとしたら、このヒューイという年の姿は人寄りと言えるだろう。
髪が白いのも、もしかして取り込んだ魔石の影響かしら?
でも髪もも雪みたいに真っ白で綺麗ね。
「魔? ……そっか、だからアイツと同じ魔力なんだ」
納得した風に頷いている。
それにピンときた。
「もしかしてライリー様と同じ魔力をじる?」
「うん」
「その通り。わたしの魔はライリー様の魔力を使用しているの。魔力の違いが分かるなんて凄いわ。わたしなんて気配も分からないのに」
そう言うと照れ臭そうにヒューイが笑う。
その様子にイリーナが微笑んだ。
どうやらイリーナはヒューイのことを気にかけているらしい。
仲間だったからか、それともヒューイが年下だからか。イリーナのヒューイを見る眼差しは優しい。
そしてそれに気付いたヒューイもイリーナへ笑いかける。
そのやり取りだけで二人がどれだけお互いを信頼しているのか伝わってきた。
……この二人はそこまで警戒しなくても大丈夫そうだわ。
「イリーナさんも魔力が分かるのかしら?」
イリーナが首を振った。
「私のことはどうかイリーナとお呼びください。……魔力をじることは出來ますが、私は判別は出來ません。魔力の違いはよほど実力のある魔師でなければ分からないでしょう」
「そうなのね。魔力をじることは? 魔師ならば誰でも分かるものなの?」
「いえ、魔力をじ取れる者も、その、それなりに実力がなければ気付けないと思います」
「ではイリーナも凄いのね」
謙遜した様子で俯くイリーナに笑いかける。
すると橫からヒューイがを乗り出した。
「そうなんだ! イリーナは火魔が得意で、何でも燃やせるし、発させたりも出來て凄いんだ!」
まるで自分のことのようにキラキラと目を輝かせるヒューイにイリーナが照れたのか眉を寄せて不機嫌そうな顔をしたけれど、口角がちょっとだけ上がっている。
「火魔を? 良いわね、火って點けるのも大変だし、あるととっても便利だもの。それに戦いでは火は力があって強そうね」
「い、いえ、そのようなことは……。お嬢様の婚約者にも負けましたし……」
しょんぼりと肩を落とすイリーナにわたしは堪え切れずに吹き出してしまった。
笑うわたしをイリーナとヒューイがキョトンとした表で見る。
「ご、ごめんなさい、でもね、ライリー様は英雄なのよ? 魔獣を剣一本であっさり倒してしまうような、そんな方よ? イリーナは戦う暇もなかった?」
「……多は戦えたと思います……」
「それならあなたは十分実力があるわ。それにライリー様が引き取るとおっしゃられたのは、あなた達の実力を認めているからだと思うの」
しかも教育を施したらわたしの護衛にする。
それだけ実力があり、部下にしても良いと思えるだけの人柄なのだろう。
「そう、でしょうか……」
「婚約者のわたしが言うのだから間違いないわ」
あえてを張って見せれば、イリーナとヒューイが思わずといったじで笑う。
「あの怖い獅子の兄ちゃんの婚約者って言うから、もっと怖い人だと思った」
ヒューイの言葉にイリーナも頷く。
「あら、國や民を守る英雄がそんなに恐ろしい人なわけがないでしょう。ああ見えて、とても優しくて気の良い方よ」
わたしがそう言うと、二人はちょっとだけ疑うような顔をした。
それがおかしくてわたしは笑ってしまった。
二人の向こうでライリーがわたし達を穏やかな眼差しで眺めていることに、二人は気付いていないのだった。
* * * * *
あんなに張と不安でをこませていた二人だが、教育をけて雰囲気が変わった気がする。
イリーナは以前よりも堂々としてる。
ヒューイは長して、前よりも大人びている。
どちらも真っ直ぐにわたしを見つめるのだ。
そしてわたしの側にいるライリーにも怯えておらず、きちんと向き合うことが出來ていた。
この時期に護衛が増えるのは嬉しい。
恐らく、ライリーも同じことを考えてくれているのだろう。
そう思うと酷く安心した。
「これからよろしくね。……あなた達がいてくれれば、ここにいる子もきっと安心するわ」
そっと自分のお腹をでる。
まだ膨らんでいないけれど、ここには確かにわたしとライリーの子が宿っているそうだ。
月のものが遅れたので醫師に診てもらったところ、めでたく懐妊していると言われたのだ。
まだ安定期にっていないのでもしかしたら流れてしまう可能もあるものの、ライリーは妊娠したわたしが不安にならないように気遣ってくれたのだ。
侍と護衛が増えだけで、気持ち的に安心する。
これからはライリーが仕事でいない間も誰かが側についていてくれることになるだろう。
わたし達の初めての子だ。
出來れば健康なで産んであげたいし、この子が元気に育ってくれたらと思う。
……ううん、今はお腹の中で大きくなってくれたらそれだけでいいわ。
時期がくれば出産することになる。
それまでお腹の中の子がすくすくと育ってくれることが一番大切だ。
「妻を頼んだぞ」
ライリーの言葉に二人の顔がキリリと引き締まる。
「はい、必ずやお役に立ってみせましょう」
「引き取ってもらった恩をお返しします!」
二人の言葉に頷いたライリーにそっと抱き締められる。
このお腹の中の子が生まれたら、その子の護衛には誰が就くのかしらね。
でもきっと護衛の人達は誰がなってもこの子を守り、大事にしてくれるだろう。
仲間思いなこの二人もきっとそうだろう。
……大きくなってね。
お腹をでるわたしの手に、ライリーの手がそっと重ねられた。
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