《ルーズリアの王太子と、傾いた家を何とかしたいあたし》28……憎みたくば、せ。したくば、守れ。
ミューゼリックは、一の扉からクレスールの両親と妻を安全な場所に連れて行こうとしていたところ、疲れ切り苦悩している元娘の夫であるマナックの姿に息を呑んだ。
元セントバーグ侯爵……現在は位を落とされ子爵となっている。
クシュナの親友だったし、その人間を信用していたから結婚を勧めた。
だが、デュアンの暗殺者を雇ったものの名前に、本人はするような人間ではなくとも、出されてしまっては罪に服するときっぱりと言い切ったのは彼だが、7年の間に様々なことが起こり、苦しみやつれていた。
マナックはミューゼリックを見つめ、悲しげに……。
「申し訳ございません。ラルディーン公爵閣下。今更ではございますが、7年前の事件の真相を……話してもよろしいでしょうか?」
「ここで話していいのか?」
「はい……もうこれ以上、親友との距離も遠くなりたくないですし、私は……私の一族は、私の先祖が誇りを持ち、王家……特に先代との距離を置き、真摯に陛下にお仕えするようにと父に、祖父に言い聞かされた者。國王陛下を裏切るなどあり得ないことと申し上げます」
目を閉じ告げる。
「私の名を騙り、ラルディーン公爵閣下の子息デュアンリール閣下を襲わせたのは、私の妻です。事件當初から解っておりました」
「ならば何故、あの時に正直に言わなかった。お前の妻を捕らえ、処分すればよかったのだ」
「子供がおりましたので……その子に母親が必要だと思っておりました。でも、位を落され7年……自分は正しかったのかと思いました。妻は日々デュアンリール卿や公爵閣下を罵り、周囲に當たり散らす。それ以上に位が落され領地が削られ、収が減っていたというのに、妻は豪遊をやめず、いつも子供を見ることなく……ただ、閣下達がどんなに酷い人間かと言い続け、段々自分のしたことと現実に追い詰められるようになりました。妻に、妻の兄弟がパルスレット公爵と共に、何か事件を起こすつもりだ。自分の代わりに兄弟を手伝えと言われ、このは反省するつもりのないのだと……我が一族を破滅に追い込むのだと、ようやく、子供達を安全な場所に預け、自分はもう死んでもいいとヤケになっていました。でも、向かった先でパルスレット公爵が言ったのは、『叔父の娘とやらを自分の妾にでもしてやる。塔にやってきたら暴行しよう』と言う馬鹿げたセリフでした」
「……!」
「けない!これが仮にも公爵を名乗る人間か?そう思いました。何故自分がそんなまだデビュタントにを弾ませているを連れ去り、そのような行為の片棒をと思いました。耐えられなくなり、塔を抜け出た私に、ラーシェフ公爵が言いました。『決まった?』と。私には家族を守り、領民と領地を守る役割があると。それに、妻との関係も破綻しています。自分はあの時に戻り、告発をしたいと思います」
マナックは、目を開け頭を下げる。
「7年前私に反逆の意図はなく、私の名を騙ったとその兄弟がデュアンリール閣下の命を狙う暗殺者を雇いました。告発させて下さい。私には、敬する陛下に牙を剝くつもりも、尊敬している閣下を裏切るつもりもありませんでした。私は反逆者の汚名を著せられました。お願い致します。汚名を注ぐチャンスを與えて下さいませ。汚名を浴びたのは私だけではなく、領民、領地……そして家族、親族もです。私の至らなかったのは分かっております、7年前にしておけばよかったのだと言われるのも承知しております。ですが、どうか私の告発をお聞き屆け下さいませ!」
「……良く言ったね。セントバーグ侯爵」
妻を娘たちと末っ子に預け、休ませたリスティルが立っていた。
「もっと早くに言ってしかったけれど、君のことだ、努力して必死に手を盡くしてきたのだろうね」
「陛下!も、申し訳ございません!」
「こちらこそ、君が優しい事に甘えてしまった。申し訳ない」
リスティルは頭を下げる。
ギョッとし、慌てて首を振るマナック。
「陛下、そのようなことはありません!私が、目を背けていたのです。……けないことです。ラーシェフ公爵閣下にも救われました」
ざわざわとし始める。
「ラーシェフ公爵閣下!落ち著いて下さい!」
「私のせいだ!誰か!デュアンを!醫師を!」
ぶ聲に、ミューゼリックは扉を開ける。
そこには全まみれの甥が、パニックを起こす姿があった。
「どうした!何があった?」
「叔父上!叔父上!どうしよう、どうしよう!」
「落ち著け!どうしたんだ、その姿は!」
想像はつくが一応、落ち著かせる為に問いかける。
「叔父上!デュアンが!私を庇って!」
「何?何処だ、デュアンは!」
「何処……何処でしょう?何で私はここに……あぁ、醫師を!行かなくては!」
「落ち著け!」
「デュアンを泣かせてしまったんです。俺は……俺は……」
リスティルは背後に寄り、甥の首に手刀を落とす。
倒れ込んだ甥を縛り上げ、
「はい、ミュー。デュアンの元に行って。クシュナの揺っぷりだと危険だと思う。すぐに行きなさい。呼べるなら醫師のアルス様を呼んでおくから」
「あぁ、兄貴ありがとう」
ミューゼリックは部屋から早足で出て行った。
そして、混する兵士の中から、デュアンの居場所を知っている者に案させ向かったのは、塔の外……。
そこには目を閉じ、橫たえられたデュアンと、それに気をかけながらも捕らえた者を牢屋へと命令するクレスール。
デュアンの表は判らないが、違和があるのはワインの瓶がに刺さった狀態のままであること。
「デュアン!」
ミューゼリックは駆け寄る。
「デュアン、デュアン!どうしたんだ!」
「……」
「デュアン!」
呼びかけ、脈を図る。
そして呼吸しているか確認しようとするが、突然口からを吐いた。
慌てて、逆流して呼吸ができなくならないように橫を向かせる。
「誰か!醫師を!すぐに!」
「呼んでおります、閣下。ですが、醫師の數が足りないと……」
「分かっている!分かっているとも!だが……デュアン!」
どうしてこんな事になった?
何故?
今日は、養に迎えたリティのデビュタントで皆、デュアンも楽しみにしていたというのに。
「誰か!誰でもいい!デュアンを助けてくれ!私達の息子を!お願いだ!」
呼吸が弱々しくなる。
それにますます恐怖心が湧く。
「デュアン!デュアン!」
『おいこら、どけ』
突然デュアンの顔、正確には耳から聲が響く。
『そこに行く。離れろ』
ミューゼリックが聞いたことのある人の聲。
耳からが広がるのを避けるように離れると、大きなカバンを持った青年が立っていた。
「あーぁ、大変だ、これは」
「ア、アルス様?どうして……」
「ん?じい様がその蝶の飾りには々なを付與してたんだ。それに、一緒に作った蝶と連絡通達とか、多は傷を癒すこととかな、でも何か急事態が起きたら俺のところに報が來るようになってた。で、慌てて來たんだが……」
カバンを置いたアルスはデュアンの傍に膝をつくと、脈を確認し呟く。
「醫を使うしかないな」
そして、ワインの瓶を片手で握りながら、もう一方の手はそれが刺さっている部分に當て、
「デュアン、一瞬だ。耐えろ」
そう告げると、一気に瓶を引き抜いた。
目を覚ましたクシュナは、自分が戒められているのに気がついた。
ついでに首の後ろが痛い。
そして思い出したのは、
「デュアン!デュアンのところに!」
「ミューが行ったよ。クシュナ」
本當に呆れ返ったと言わんばかりの口調で、リスティルは甥に呼びかける。
「クシュナ……そんな姿になって、楽しい?」
「戒められて喜ぶ趣味はありません」
「普段は冷靜なのに、突然切り替わるようにかぁぁっとなって暴力を振るう。普段溜め込んだ鬱憤を晴らしてやると言わんばかりに、そこまでまみれになって何か楽しかった?」
「……っ」
「……フェル、その姿喜ぶと思う?」
甥に近づき顔を寄せる。
「父上と母上が、喜んでると思う?」
「……思いません……デュアンにも頰を叩かれて泣きながら怒られました」
「デュアンならするね」
「……っ」
を噛み、俯く青年にリスティルは告げる。
「『憎みたくば、せ。したくば、守れ』……これが、私が昔ある人に言われた言葉。言葉はないけど、私は『何かを憎みたくば、全てをせ。何かをしたくば、全てを守れ』と言われていると思った。私は王だ。この國を守る為に、そして家族を守る為に生きるつもりだと思った。でも、フェルが死んだ時、心が揺れた。エルを殺してやろうと思った。それ位當然だと……でも、それでいいのかと思った。死んだフェルは戻ってこない。そんなことをしても、きっとフェルは泣くだろうと思った」
「……」
「父上も母上も……喜ばないと思った。一番辛い思いをして來たのは、フェルとアンジェ。アンジェ達とフェルの忘れ形見であるクシュナたちを守りたいと思った」
リスティルは、戒めを解くと甥のに染まった頭をでる。
「……ごめんね。クシュナ……苦しんでいたのを気づいてあげられなくてごめんね。表面でしかお前と向き合っていなかったね……悲しいと、苦しいと言っていたのにね……ごめんね」
「伯父……上……」
「お前は大人だからと、思い込んでた。それよりも私が悲しみに囚われてて、思いやれなかった」
「……ち、がう……伯父上たちは悪くない……んでっ……私が、私が誰にも言わなかった。言えなかった……泣くなんてけないと……思って……」
「泣くのはけなくない。泣くのは心の痛みを流す涙。癒しの水だよ……泣いても誰も笑ったりしないし、というのは誰にもある。ティフィも無表だけど拗ねたり、笑ったり怒ったりしているでしょ?」
従兄弟のことを思い出すと力が抜け、笑う。
そして頰を伝うものに気がつく。
「何で……泣いてるんだろう……今になって……」
「心の中でせき止めていたものが溢れて來たんだよ。クシュナ。ご苦労様……」
「……伯父上……デュアンが、私のせいなんです……こんな私を、守ろうとして……私が、あんな風に……どうしよう……デュアン……ごめん、デュアン……!」
泣き続ける。
「私は又、何もできない……違う。私のせいで、デュアンが……」
「大丈夫だよ……それよりも泣きなさい。自分の気持ちが落ち著くまで」
言いながら、リスティルはデュアンが無事であることを祈るのだった。
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