ブーン、と顔の近くで一回だけ震えたスマートフォンに瞼を開けると、葉月は大きなベッドに橫たわっていた。

著慣れない水の浴に、見覚えのない広い寢室。

それらすべてが橙のぼんやりとしたに包まれている。

──ああ、そうか、旅行に來てたんだっけ……。

寢ぼけた頭で辺りを見回す。

寢室は和モダンな雰囲気で、行燈を模した間接照明や障子の窓はあるが、床は焦げ茶のフローリングだった。

中央には葉月が三人並んでも寢られそうなベッドが鎮座している。

隅には裝簞笥風のクローゼットと、鏡に薄紫の布がかけられたドレッサーがそっと佇んでいた。

普段の生活にはないものばかりに囲まれ、なんだかまだ夢の中にいるようだ。

視線を下ろすと、布団の上に葉月のスマートフォンが落ちていた。

先ほどの振はメールが屆いたせいだったらしい。

畫面には他ない広告の通知と、「ＡＭ０２：０８」という大きな文字が表示されている。

「だいぶ寢ちゃった……」

気づけば、手の中にはお守りの指があった。

和室で朔也と夕食を取ったあと、葉月は荷を整理するため寢室を訪れていた。

指を眺めながら朔也のことをああでもないこうでもないと考えているうちに、うっかり眠ってしまったのだろう。

──結局聞けなかったな。何も……。

起き上がり、近くにあった黒いベロア生地の小さな巾著へ指を戻す。

悩みの原因を尋ねるかどうか、葉月はいまだに迷っていた。

朔也を助けたいが、この気持ちがお節介でしかなく、彼の繊細な部分を傷つけかねないのもわかっているからだ。

──駄目だな、うじうじして。一旦考えるのやめよう。

巾著袋をサイドチェストに置き、ベッドから離れる。

寢室を初めて見たとき、このベッドで朔也と寢るのかと思い、心臓が口から飛び出しそうになった。

だが、朔也は書斎に予備の布団を敷いて眠るそうだ。

夕食のあと、仕事をすると言って書斎にっていったから、今もそこにいるはず。

「……あ、まずい！　歯磨いて化粧落とさなきゃ」

自分も寢ようかと考えたところで気づき、葉月は寢室を出た。

暗く長い廊下に怯えながら進み、洗面所にたどり著く。

洗面所の裝は木目調でまとめられ、木のカウンターに灑落た白い陶のボウルがはめ込まれていた。

三面鏡にもなる鏡の裏には収納スペースがあり、ミニサイズの基礎化粧品や歯磨きセットなどのアメニティが並んでいる。

個包裝のコットンにすら高級ブランドのロゴが書かれていて、場違いで落ち著かない気分になった。

──そういえば、こっちのお風呂はまだ見てなかったっけ……。

何気なく浴室のドアを開けると、硫黃と檜の香りが中から溢れ出す。

「うわぁ、広い……！」

檜造りの室には二人分の洗い場と、自運転なのか湯が張られた大きな浴槽があった。

奧の引き戸は、窓の外が暗くてよく見えないが、おそらく天風呂に繋がっているのだろう。

──いつでもれる、ってパンフレットに書いてあったっけ……。

自宅のをめないとれないプラスチックの浴槽を思い出し、ついうずうずする。

眠っている朔也を邪魔したくないが、書斎から天風呂は遠いし、靜かにしていれば迷にならないはずだ。

それに、深夜に一人で天風呂貸し切りだなんて、この機會を逃したらもう一生ないかもしれない。

葉月は我慢できず、著ていた浴の帯をほどいた。