《家庭訪問はのはじまり【完】》第30話 運會
武先生への返事の機會を一度逃してしまうと、今さらが強くて、改めて返事などできる雰囲気ではなかった。
そのまま9月にり、二學期が始まる。
始業式をし、夏休みの作品展のための準備をする。
席替えをし、新しい係を決め、班長を決める。
運會の並び順を決め、子供たちに覚えさせる。
かけっこの並び方、玉れの並び方、応援の並び方、それぞれ違うので、教える方も覚える方も大変だ。
うちのクラスの発達障害は、嘉人くんだけじゃない。
自閉癥の真央ちゃん、LD學習障害の南ちゃんがいる。
育大好きな嘉人くんは、毎日ご機嫌だが、自閉癥の真央ちゃんは、応援練習が苦手そう。
何よりLDの南ちゃんは、並び順も覚えられないし、ダンスも覚えられない。応援も覚えられない。困った事だらけだ。
だから、周りの子にお世話をお願いする。
並ぶ時は、隣の子に手を繋いで連れて行ってもらう事にした。
ダンスは休み時間にお友達に教えてもらう。
幸い、うちのクラスには、しっかりしていてお世話好きのの子が數人いる。
その子達が、競うように南ちゃんにダンスや応援を教えてくれる。
だから、とっても助かる。
クラスの運営は、そういう子たちが頑張ってくれるから、り立つんだ。
放課後は、競技に使う小道を準備する。
ダンスに使うポンポンを作り、保護者に配布する出場順を記するお手紙を作り、高學年の子と委員會の仕事をし、バタバタとしている間に、あっという間に3週間が過ぎる。
毎日の癒しは、夜、瀬崎さんから掛けてくれる電話。
「お疲れ様」と労ってくれて、「頑張ってる」って褒めてくれて、「してる」と想いを伝えてくれる。
毎日、幸せを噛み締めながら寢られるなんて、贅沢この上ない。
そして、明日は、運會本番。
準備は萬全のはず。
天気予報も晴れ。
あとはみんなが練習通り、頑張ってくれるだけ。
そんな事を思いながら、瀬崎さんからの電話を待つ。
だけど、いつも10時過ぎに掛かってくるのに、今日は10時半を過ぎてもまだ掛かってこない。
どうしたんだろう。
し不安になる。
何かあったのかな?
私から電話してみる?
でも、擔任が用もないのに電話しちゃダメだよね。
でも、このままじゃ、気になって眠れないし。
明日は、早朝から運會の準備があるのに。
そんな事を考えていると、ようやく電話が鳴った。
「もしもし」
握りしめた攜帯にワンコールで出ると、
『遅くなってごめん、夕凪、待ってた?』
と聞かれてしまった。
だけど、待ってたとは言えなくて…
「大丈夫」
とだけ答えた。
『明日の弁當を仕込んでたら、つい時間を忘れちゃってさ。さっき、時計を見て、焦ったよ』
「あ、お弁當…」
『うん。
夕凪は?  給食はないだろ?』
「うん。
でも、職員はまとめてお弁當をとるから」
『そうなんだ。
できる事なら、夕凪にも弁當食べさせてやりたかったけど、無理だもんな』
「うん」
そんなの、絶対無理。
『そうだ!
春、お花見行こう。弁當持って。』
春…
行けるかな?
「うん」
行きたい。
そう思ったら、つい返事をしてた。
『夕凪も明日は、早いんだろ?』
「うん」
『じゃあ、おやすみ。また明日、掛けるよ』
「うん。おやすみなさい」
『夕凪、してる』
「うん…」
瀬崎さんは、毎回、想いを伝えてくれる。
なのに、私は、「うん」としか言えない。
これでいいのかな。
仕方ないんだけど、申し訳ない。
あと半年。
あと半年で、嘉人くんの擔任を外れる。
そしたら、私は、瀬崎さんに想いを伝えてもいいのかな。
絶対、醜聞に曬されるのは目に見えてる。
それでも、私は、瀬崎さんを選ぶ?
例えば、武先生だったら?
きっと、誰からも祝福されて、絵に描いたような幸せな結婚ができるのかもしれない。
だけど…
私が好きなのは、武先生じゃない。
なんで、武先生じゃないんだろう。
かっこいいし、優しいし、私の事を想ってくれてるのに。
人の気持ちって、めんどくさいな。
自分の気持ちすら、ままならないんだから。
翌日。
私は、早朝から他の先生方と準備をし、登校時刻を待って、子供たちを迎える。
教室で簡単に朝の會をし、運會での諸注意を改めて伝える。
子供たちを送り出し、開會式に臨む。
うん。
みんなお利口。
ちゃんと真っ直ぐ並んで、お話を聞けている。
嘉人くんは、地面に足でお絵描きを始めたけど、前から私が睨んでる事に気付いて、慌ててやめた。
だけど、それが長くは続かない。
結局、お絵描きをし、私の視線に気付いてやめるという事を3回、繰り返した。
でも、まぁ、その程度で済んだんだから、嘉人くんなりに頑張ったんだろう。
競技が始まると、嘉人くんは頑張った。
かけっこも玉れも団別リレーも。
団別リレーは、各クラス男2人ずつの選抜だ。
クラスで1番早い嘉人くんは、文句なく選手なんだけど、この3週間、運會練習の時に必ず地面にお絵描きを始めてしまう嘉人くんには、ずっと、
「地面にお絵描きをするような恥ずかしい
  子は、リレーの代表選手にはできません!
  砂遊びする子もリレー選手、やめさせるよ。」
と脅し続け、今日まで頑張ってきた。
嘉人くんは、いている間はいいんだけど、じっと待つのは、とても苦手だ。
だけど、日本で生きていく以上、それはできるようにならないと社會に出た時に困る。
朝禮で社長が話してるのに、手遊びしてたらクビになりかねないし、接客中にフラフラしててもクビになりかねない。
どんなにつまらなくても退屈でも、いちゃいけない時があるという事を、嘉人くんは學ばなければいけない。
だけど、嘉人くんは、今日1日頑張った。
他の子も頑張った。
怪我なく、大きな失敗もなく、無事、終われただけで、みんなに花マルをあげたい。
來週、火曜日には、みんなにご褒シールをあげよう!
1年生は、シール1枚でとても喜んでくれるから助かる。
そういうところが、かわいいんだよなぁ。
運會後、疲れたに鞭打って、片付けを頑張る。
高學年の委員會の子達が頑張ってくれたが、最後はやっぱり教員で片付けるしかない。
疲れたに嬉しいのが、校長先生や春に転任した先生からの差しれ。
おいしいお菓子とジュースをいただき、ひと息つく。
あぁ、幸せ。
帰宅後、私はすぐにシャワーを浴びる。
一日中、外にいて、頭の中まで砂にまみれてる気がする。
お湯も溜めて、1日の疲れを癒す。
時刻はまだ7時前。
晩飯は、あとでいいや。
ちょっと橫になって、後から食べよう。
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