《家庭訪問はのはじまり【完】》第32話 授業參観 前夜
10月にり、幾分暑さも和らいできた。
運會の翌週末の金曜日には、また武先生に食事にわれたけれど、その日は約束があると言って逃げてしまった。
約束なんて、何もない。
強いて言うなら、瀬崎さんから電話が掛かってくるぐらい。
だけど、好意を持ってくれてると分かってる相手と2人きりで出掛ける事に、そこはかとない恐怖をじる。
武先生がいい人だって事は、分かってる。
だけど、私の中で、武先生の立ち位置が変わってしまった。
ただのいい人から、男になった。
武先生みたいに非の打ち所がない男が、私なんかに好意を寄せてくれる事自が奇跡なんだけど、それでも、私が好きな人ではないというただ一點だけで、怖いと思うのは、何故なんだろう。
ちょっと前までは、武先生みたいないい男が私なんかに何かするはずがないと思ってた。
だから、平気で食事にも行けたし、送ってももらえた。
だけど、私に好意を持っている、ただそれだけで、何かされるかもしれないと思うのは、失禮なんだろうか。
これは、瀬崎さんに化されてるの?
だから、結局、武先生の告白に対して、未だ、返事をしていない。
學校で仕事中に斷る訳にもいかないし、2人で出掛けるのも避けたい。
すると、斷るタイミングが作れない。
これはどうすればいいの?
このまま、うやむやにごまかしてしまう?
それはそれで失禮な気もするし。
悩んでも結論が出ないまま、結局、放置する。
今月は授業參観がある。
そのための準備に取り掛からなくてはいけない。
授業參観は、國語を見てもらう予定だ。
「くじらぐも」の授業計畫を立て、授業參観當日に見てもらいたい授業が來るようにしなくてはいけない。
今回は、この単元の10時間目に當たる音読発表會を見てもらう予定だ。
みんな、お家の人の前でも元気よく読めるか心配だけど、楽しいお話だから、元気よく楽しく読んでもらいたい。
そのためにも楽しい國語の授業をしなくては。
私は毎日、忙しく働く。
私は、國語なのに子供を校庭に出した。
全員で手を繋いで、ジャンプしてみる。
広い校庭で、全員でぶ。
「空までとどけ!  1、2、3!」
校庭だとかなり大聲を出しても、空に吸い込まれてしまって、全然響かない。
思ったより大きな聲を出さないといけないことに気づいてもらう。
全員でジャングルジムにも登った。
空に手を振ってみる。
子供たちに想像をさせる。
子供たちは、國語なのに外に出られて楽しそうだった。
さあ、ここからが本番!
各班ごとに音読の工夫をしてもらい、練習開始。
子供たち、先生、くじらぐも。
それぞれ、配役を決めて、聲の大きさ、速さ、、いろいろ考えて音読を仕上げる。
もはや音読というより、朗読劇だ。
子供たちも本番に向けて一生懸命、練習する。
その様子がとても微笑ましくてかわいい。
高學年は、冷めた子が何人かいて、たかが授業參観にこんなに一生懸命にならないけど、1年生は違う。
お母さんに見てもらう、ただそれだけで、一生懸命にがんばる。
やっぱり1年生はかわいいなぁ。
いよいよ授業參観を翌日に控え、準備を整えて帰路に就く。
私は、授業參観は、何年経っても苦手だ。
どうしても仕事ぶりを評価・採點されているような気分になる。
授業參観なんて、この世からなくなってしまえばいいのに。
10時過ぎ、今日も瀬崎さんからの電話が鳴る。
「もしもし、こんばんは」
『こんばんは。
今日もお疲れ様』
「ふふっ
瀬崎さんこそ、お疲れ様」
『うん。
今日は、頑張ったよ』
「そうなの?」
『うん。
明日、午後から休まなきゃいけないから』
「あ。
明日は瀬崎さん、來るの?」
『もちろん。
嘉人と夕凪が頑張ってるとこ、見に行かない訳には、いかないだろ?』
「ええ!?
私はいいよ。嘉人くんだけ、見ててよ」
『なんで?
かわいい夕凪が頑張ってるとこ見るの、楽しみにしてるんだけど』
「そんな事言われたら、余計に張するでしょ!?
瀬崎さんのいじわる… 」
もう!!
人の気も知らないで。
『ごめん、ごめん。
夕凪も張するんだ?』
「そりゃ、するよ。
中には、擔任の探しに來たのかって言いたくなるような保護者もいるし」
『へぇ。
モンペモンスターペアレントって奴?』
「そこまでじゃなくても、たまにいるでしょ?
人の口が趣味の人」
『ん?  ああ、いるな。暇な主婦には特に』
そう、こちらとしては、丁寧に下からお願いしても、いい顔をされない事も多い。
例えば、計算カードの宿題を出しても、お母さんが聞いてくれないという子がいる。
宿題を見ていただけるように電話をすると、
「忙しいのに、なんでそんな事しなきゃいけないの!」
と逆ギレされる事もある。
1年生の計算カードなんて、1桁のたし算ひき算しかない。
家事の合間にでも聞けるし、家事をしながらでも聞ける。
それすら出來ないと言い張るような保護者は、擔任を言い負かすための探しをする事も多いのだ。
そんな暇があったら、自分の子の宿題くらい見てくれればいいのに。
「嘉人くんは、明日の事、何か言ってた?」
『ん?  1班から順に発表するから、5班の嘉人は、授業の終わりの方だって言ってたな』
「偉い!  ちゃんと言えたんだ」
『くくっ
そうか?  偉いのか?』
「偉いよ!
それが言えるって事は、ちゃんと私の話を聞いてくれて、それを覚えててくれたって事でしょ?」
『じゃあ、明日、夕凪先生が褒めてたって、教えてやらなきゃな』
「え!?」
あれ?
まさか、夕凪先生が電話で褒めてた…とは言わないよね?
っていうか、嘉人くんは、毎晩、お父さんと私が電話をしてる事、知ってるの?
「ねぇ、瀬崎さん」
『ん?』
「嘉人くんは、瀬崎さんが私に電話してる事、知ってるの?」
私は、恐る恐る聞いてみる。
『知らないよ。嘉人が知ったら、いつ誰に喋るか分かったもんじゃないからな。
そんなの、夕凪に迷をかけるだろ?』
ほっ…
よかった。
「うん。ありがとう」
『それに、嘉人に言ったら、あいつ、絶対妬くから、めんどくさいし』
ん?  妬く?
「大好きなパパを取られて、怒るって事?」
『くくっ
違う、違う。
大好きな夕凪先生を取られて、俺に文句言うって事。
絶対、次から嘉人が起きてる時に電話しろって言うに決まってる』
「ふふっ
まさか」
『まさか、じゃないよ。
夏にダムに行った時だって、自分は夕凪と手を繋いで、俺にはらせなかっただろ?』
「ええ!?
それは、私とも大好きなパパとも手を繋ぎたかっただけじゃないの?」
なんかその言い方、瀬崎さんも私と手を繋ぎたかったみたい。
いや、まさかね。
『そうかなぁ。
ま、例え、嘉人でも、夕凪だけは渡さないけどね』
っっ!
今、顔が燃えた気がする。
電話でよかった。
瀬崎さんってば、時々、ものすごく恥ずかしい事を平気で言うよね。
心臓に悪いから、やめてほしい。
『ん?  夕凪?
急に靜かになったけど、どうした?
もしかして、眠い?』
「ううん」
そんな訳ないよ。
こんなにドキドキして、眠れるはずがない。
『夕凪、明日は大変だから、そろそろ寢た方がいいよな。
俺も寢るから、夢で會いにきて』
無理!
はぁ…
でも、もう2ヶ月近く會ってないんだね。
毎日、電話はしてるけど…
「明日、會えますから」
恥ずかしくなった私はボソッと言う。
『2人では會えない』
瀬崎さんがつまらなそうに答える。
瀬崎さん、2人で會いたいと思ってくれてるんだ。
「それでも……會えます」
私がそう言うと、
『そうだな。
ごめん、大人気なかった』
と謝られた。
謝ることなんて、何もないのに。
「いえ」
『夕凪、おやすみ』
「おやすみなさい」
『夕凪、してる』
「うん」
明日…
明日、2ヶ月ぶりに會える。
私は、教師になって5年半。
初めて授業參観を楽しみに眠りについた。
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