《家庭訪問はのはじまり【完】》第48話 お嫁さん
面倒臭くなった私は、
「じゃあ、二階へ行くよ。
みぃちゃん、私、飲み持ってくから、2人を部屋へ案してあげて」
と3人に聲を掛ける。
「はーい!」
家に帰ったせいか、さっきより元気になった晴がご機嫌で返事をして、2人を階段へと案する。
私はそれを見送って臺所へ行き、お茶とジュースを用意する。
が、そこへ母がやってきた。
「夕凪、どういう事?」
「どうって、電話で説明した通りだけど?」
何かをじているらしい母は、それでは引き下がらない。
「スキー帰りに偶然會った?
そんな偶然、あるわけないでしょ。
大、あなたはコンビニに何を買いに行ったの?
手ぶらじゃない」
あ…、しまった。
「晴とポテト食べて帰ってきたのよ。
悪い?」
「悪くないけど、晴がついて行かなかったら、何を買うつもりだったの?」
「えっ?」
何も…とは言えないけど、何も考えてなかったから、答えられない。
「こんな事、言いたくないけど、不倫はダメよ。
ましてや、教え子の親となんて、子供が可哀想だと思わないの?」
はぁ…
思わず、ため息が零れる。
そっちの心配!?
「お母さん、そんな事、言われなくても分かってるよ。
擔任してる子の親とどうこう…なんて事はないから。
今日は、偶然、會っただけで…」
だけど、母の目はごまかせないようで。
「自宅から50㎞も離れたコンビニで會うなんて偶然、ある訳ないでしょ」
お母さんは、なんでこんなに理詰めで問い詰めるの?
はぁ…
また、ため息がれる。
「とにかく、お付き合いしてる訳じゃないし、百歩譲って、お付き合いをしてるとしても、瀬崎さんは離婚してるから、不倫にはならないわよ。
お母さんが心配するような事は、何もないから」
私はそれだけ言うと、れ終えたお茶とジュースを持って2階へと逃げ出した。
やっぱり、うちに連れて來るんじゃなかったかなぁ。
2階に行くと、晴と嘉人くんは、お絵描きを始めていた。
「夕凪、ごめん。
晴ちゃんが出してくれて、勝手に遊び始めちゃって… 」
瀬崎さんが、聲を潛めて申し訳なさそうに言う。
だから、私は笑って言う。
「気にしないで。
あれは、晴が遊びに來た時用に置いてある落書き帳なの。
狹い部屋で鬼ごっこされるより、ずっといいよ」
嘉人くんたちは、ローテーブルに並んで仲良くひとつの鉛筆を一緒に使って絵を描いている。
瀬崎さんは、それを立って眺めていた。
「瀬崎さん、ごめんなさい。
部屋が狹くて、座れませんよね。
こんな所ですみませんが、どうぞ」
私は、子供たちの後ろのベッドの掛け布団を半分捲って、腰を下ろし、瀬崎さんを呼んだ。
「ありがとう。
じゃ、お言葉に甘えて」
瀬崎さんは私の隣に腰を下ろすと、耳元で囁いた。
「くくっ
2人で初めてベッドを使うのが、こんな形だとは思わなかったな」
っ!!
私が言葉をなくしていると、さらに瀬崎さんは楽しそうに笑う。
「くくっ
夕凪、顔、赤いよ。
子供たちが気づいたら、変に思うだろ?」
は!?
誰のせいだと…!!
私が瀬崎さんを軽く睨むと、瀬崎さんは子供から見えないのをいい事に、私の腰に手を回してきた。
「せ、瀬崎さん!」
私は聲を潛めて、抗議するけど、瀬崎さんは意に介さず、腕を緩める気配は全くない。
はぁ…
私も、決して瀬崎さんにれられるのが嫌な訳じゃない。
子供に見られたら…と思うから、ダメだと思うだけで。
だから、私は早々に白旗を揚げた。
だって、本心は私だってこうして瀬崎さんと一緒にいたいんだから。
だけど、しばらくして晴が、
「できた!」
と聲を上げた。
と同時に瀬崎さんの手が離れる。
「これ、誰?」
嘉人くんが、晴の絵を覗き込んで尋ねる。
「ゆうちゃん!」
晴は、私に絵を見せてくれた。
それは、お目々キラキラのの子がウェディングドレスを著て、頭にティアラを乗せている絵だった。
「夕凪先生のお嫁さんの絵?」
嘉人くんが聞いた。
「うん。
ゆうちゃん、お嫁さんになるんだって」
晴が弾を落とす。
と、同時に、瀬崎さんが私の顔を覗き込む。
「あ、いえ、あの、それは… 」
私は、なんて言えばいいのか分からなくて、しどろもどろになる。
すると、嘉人くんは、さらに大きな弾を投下した。
「そうだよ。
夕凪先生は、パパのお嫁さんになって、僕のママになるんだよ。
ね、パパ?」
えっ!?
今度は私が瀬崎さんを見る。
瀬崎さんは、無言で首を振る。
「ええ!?  そうなの?
じゃあ、嘉人さんは、私の従兄弟になるの?」
晴が嬉しそうに目をキラキラさせる。
それとは、対照的に首を傾げる嘉人くん。
「従兄弟って、なぁに?」
「あのね、パパやママの兄弟の子供を
従兄弟って言うんだって。
みぃちゃんのパパとゆうちゃんは、兄弟だから、ゆうちゃんの子は、みぃちゃんと従兄弟になるんだよ。
ゆうちゃんがちっとも結婚しないから、みぃちゃんに従兄弟ができないんだって、パパが言ってたもん」
お兄ちゃんってば、余計な事を…
「じゃあ、僕が夕凪先生の子供になったら、みぃちゃんと従兄弟になるの?」
「うん。
そうだよね、ゆうちゃん?」
私と瀬崎さんは、思わず顔を見合わせる。
そして、瀬崎さんが口を開いた。
「嘉人、夕凪先生はパパのところにお嫁に來てくれるって言ったか?
嘉人がいくらママになってしくても、夕凪先生が嘉人のママになりたいと思ってくれなきゃ、ダメなんだぞ?」
嘉人くんは、心配そうに私を見る。
「夕凪先生、ダメ?
僕、いい子になるから、ママになって」
かわいい〜!!
でも、ここでほだされちゃダメだ。
「じゃあ、嘉人さんの怒りん坊が直って、嫌な事でも、『はい!』っていいお返事でできるようになったら考えようかな」
「嫌な事?」
「宿題も、お手伝いも、授業中も」
「ええ〜!?  そんなのムリ〜!!」
口を尖らせた嘉人くんに、私は追い討ちをかける。
「じゃあ、先生も無理かなぁ。
嘉人さん、いい子になるって言ったのになぁ」
嘉人くんは、困った顔で瀬崎さんを見る。
「嘉人ならできるんじゃないか?
嘉人、いつも、『ええ〜!?』って言うけど、最後にはちゃんとやるだろ。
だったら、『ええ〜!?』って言わずにやれば、夕凪先生がママになってくれるかもしれないんだぞ? 簡単な事だろ?」
瀬崎さんに言われて、嘉人くんは目を輝かせる。
「うん!!
僕、もう、『ええ〜!?』って言わない。
だから、夕凪先生、ママになってね」
うっ…
どうしよう。
「じゃあ、嘉人が本當に『はい!』っていいお返事ができるようになったかどうか、夕凪先生に春まで見ててもらおうな。
夕凪先生が、嘉人が、いい子になったなぁと思ったら、お嫁に來てもらおう」
「うん!!
夕凪先生、約束だよ?」
うぅ…
約束はできないよねぇ。
私が困ってると、瀬崎さんが助けてくれる。
「でも、嘉人、ひとつ大事な事を忘れてるぞ。」
「何?」
「あのな、夕凪先生がパパを好きになってくれなきゃ、お嫁さんには來てもらえないんだ。
今、パパ、夕凪先生に好きになってもらえるように頑張ってるから、嘉人もいい子になれるように一緒に頑張ろうな」
「うん!
夕凪先生、早くパパを好きになって!」
ふふっ
かわいい。
「うーん、でも、それはノーコメントでお願いします」
私は返事を避けた。
「先生、ノーコメントって何?」
「うーん、ノーコメントはね、ナイショって事。
だって、先生、嘉人さんの先生だもん。
にしなきゃ、ダメでしょ?」
「そっか。分かった!」
嘉人くんがにっこり頷くと、今度は晴が立ち上がる。
「じゃあ、ばぁばに知らせてくる!」
おいおい!!
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