《連奏歌〜惜のレクイエム〜》エピローグ:思い出
僕らは50歳になった。
とは言っても見た目は高校生の時と変わってないし、変わったのは瑛彥と理優だけだ。
これで人生の1/8が終わったと仮定すると、大人っていうのは子供の頃とあまり変わらないんだなと実する。
そんな僕らだが、50歳を記念して部活メンバーで同窓會を開く事になった。
どこで開催するか相談したところ、馴染みがあるからみんな僕の家でいいということで、沙綾には遊びに行ってもらった。
ちなみに、沙綾ももう30歳になる。
だからってまだ學生だし、普通に僕らの娘として一緒に暮らしている。
ただ、そろそろ彼氏を作ってくれないと、逆に不安になってくるのが親の気持ちだったり。
閑話休題として、僕と沙羅で料理を作って、みんなが來るのを待っていた。
「うー……なんだか張しちゃうよぉ……」
「そうねー……。ただ、瑛彥と理優は“大人”ってじになってるわ」
「……それは、そうだねー」
まだ來客なきリビングで、沙羅とそんな話をする。
瑛彥と理優は年に何回か會うけど、瑛彥は真面目になった。
理優は甘える仕草がなくなった。
外見と共に変わるのかなぁ……僕らは外見も変わらないし。
と、その時、インターホンのチャイムが鳴った。
僕と沙羅はソファーから立ち上がり、すぐに玄関へ駆け出す。
ガチャリとドアを開けた先には、環奈が立っていた。
「やーほ。元気してるかい?」
黒髪をなびかせ、いつもと変わらぬ態度でそんな挨拶をしてくる。
環奈は沙羅とずっと學校が一緒だったから、その事もあって僕らは1番話しやすい相手でもあった。
「なんだ、環奈が1番なのね。瑛彥達が1番に來ると思ってたわ」
「おー? 1番乗り頂いちゃった。なんか景品ある?」
「ないわよ。ほら、さっさとりなさい」
「まったく、これだから沙羅は……。あ、瑞揶。るね」
「う、うん……」
僕と沙羅の間を通って環奈は玄関を通り、そのままスタスタと歩いてリビングに行った。
悠々自適で、ほんと変わらない……。
「戻りましょ」
「うん……」
沙羅に催促され、用がなくなったドアを閉める。
しかし、その扉は急に開いた。
『!!?』
僕と沙羅が驚いて飛び退く。
シワのついた手が勢い良く扉を開く。
「セーーーフッ!!!」
んで堂々とってくる。
ガッチリとした型になり、し小太りになった瑛彥だ。
額にもしわができているが、まだまだエネルギッシュらしい。
「瑛彥くん……そんなにんだら失禮でしょう? こんにちは、沙羅ちゃん、瑞揶くん」
「こんにちは、理優。アンタの亭主は相変わらずね」
「あはは……」
遅れて理優もやって來た。
彼は目元がし細くなったのと、髪のがパサついてるぐらいの変化だ。
人間の息子はもう結婚したようで、次期に孫が生まれるらしい。
立派な息子を育てたお母さんなのだ。
「2人ともって〜っ。環奈はもう來てるよ」
「おっ、じゃあ久々にちょっかい出すか!」
「こーらーっ! 瑛彥くんはそんなことしなくていいから!」
「…………」
2人も中にっていき、今度こそ玄関の扉を閉じる。
姿の変わった2人を見ると、されなりの月日が経ったことを嫌でも実する。
だけど、まだまだ僕らは生きていく。
瑛彥は、あと50年生きるかもわからない。
その頃にはもうおじいちゃんになってて、僕らの事も忘れてたりするかもしれない。
いや、それだけじゃない。
僕のお義父さんも、すっかりおじいちゃんなんだ。
介護をされるような人じゃないけれど、いつか訃報が屆くかもしれない。
壽命が違う、そして人が死ぬ。
これからはその現実を、何度もけれなくちゃいけない。
こればっかりは、僕が能力でどうこうしていいものでもないだろう。
「……瑞揶?」
「――ん?」
沙羅に呼ばれ、意識が現実に舞い戻る。
不思議そうな顔をした沙羅が僕の手を引いた。
「何してるの、行くわよ?」
「うん……」
暗い様子を見せちゃダメだ、今日は楽しまないと。
だから笑顔を作り、2人でリビングに戻った。
「ちょっ、ギブ、マジ、あのっ」
「あー、よく聞こえないなぁ。理優、もっとやっていいかね?」
「ほどほどにね……」
「のぉおおおお!!!」
リビングに戻ると、瑛彥が環奈に腕をキメられていた。
バンバン床を叩く瑛彥だが、誰も止めないし、沙羅なんかはソファーに座ってテレビ點けてる。
……この様子からはこの先、瑛彥達が死ぬのなんて考えられないや。
ほどなくして聖兎くんもやってきた。
6人揃った所で、部活メンバーの同窓會は始まるのだった。
みんな、いろいろな話がある。
沙羅と環奈は學校であった出來事を。
瑛彥は仕事の事、理優と僕は育児のこと。
聖兎くんはいろいろと學校を転校して、世界を見て回っていたらしい。
どこが綺麗だったとか、僕らの知らない民族との流の話を聞かせてくれた。
「天界も魔界も行ったけど、やっぱり人間界が1番だよ。平和だし、人も沢山いるしな」
「でもでも、旅行は行ってみたいなーっ、世界一周したいね〜っ♪」
「ウチはいいや。家でゴロゴロして、たまに亭主といちゃいちゃできれば」
「環奈はねーよなー? 俺なんて今でもバリバリだぜ。なっ、俺の嫁よ」
「そうやって、人前でおしりるのやめてくれないかな……?」
理優が瑛彥の手をペシンと叩き、沙羅からも鉄拳制裁が飛ぶ。
ってたのは理優のおしりだからいいんじゃ……あれ、いいのかな?
ダメだから制裁なのかもしれない。
こうして話していると、みんな本當に変わらない。
いくつもの話をして、みんなで笑い合う。
部活では當たり前だった日々が1日だけ、こうして舞い戻ってきてくれた。
けどそれは、沙羅との日々のように、何度も続けられるようなものじゃない。
だから、僕は――
◇
夜を前にして聖兎くんと環奈が帰り、リビングには沙羅と理優が居る事だろう。
僕は自分の部屋に瑛彥を呼び出した。
「……改まってどうしたんだ、瑞っち?」
「…………」
能天気にも輝く瞳で僕を見據える瑛彥。
僕はベッドに座り、彼に今の心境を打ち明けるか迷った。
こんな事を話したってどうにもならない。
學校を卒業するまでずっと一緒に過ごした馴染みの彼にこの先死んでしくないって、そんなのは……。
「……なんだよ。何もないのか?」
「そうじゃないけど……その……」
「なんでも言えよ。ガキの頃からずっとダチだったじゃねーか。今更言い淀むことなんてあるかよ」
「…………」
そうだ、彼は僕の馴染だ。
こんな僕の悩みだって、話さない方が悪いだろう。
「瑛彥、僕はね……沙羅が死ぬまで、ずっと生き続ける。その間にお義父さんや、瑛彥が死んでしまう。その事実に直面した時、僕はどうすれば良いんだろう……」
そのままの思いを打ち明ける。
やるせない聲で下を向きながら、彼に問いかけた。
こんな事を聞くこと自、本來なら間違っているだろう。
人はいつか死ぬ、それが瑛彥達は僕らより早いだけなんだ。
訊いても仕方ない事なのに……。
「悲しけりゃ泣けば良いんじゃねぇの」
不意に返ってきた瑛彥の言葉。
悲しければ泣けば良い。
そうだ、それが全てなんだ。
もし瑛彥達が死んでも、その事実をけ止めて涙を流し、また生きていく。
それしか道はない……。
「そりゃあよ、俺を死んで笑ったらぶっ飛ばすけどな。悲しくなったら泣きゃあいんだよ。そしたら天國の俺も喜ぶと思うぜ?」
「……そんなもの、なのかな?」
「そんなもんだ。壽命はそれぞれ違うし、人は必ず死ぬもんだ。人生100年、俺には丁度いいぜ」
「…………」
人生が丁度いいとか、僕にはわからなかった。
でも瑛彥は満足そうに笑っている。
「どうして、丁度いいと思うの……?」
「いっぱい思い出があるからな。俺だってさ、お前らみたいに見た目が若けりゃなー、とは思うよ。けど、嫁の理優と幸せに過ごした日々が、頭に殘ってる。もう若くもねぇし、これ以上の思い出はお腹いっぱいなんだよ」
「……思い出、か」
思い出と言われれば、僕にもたくさんの思い出がある。
小學生の頃から瑛彥と共に過ごし、高校では沙羅を始め、部活メンバーと過ごした。
高校の後は沙綾が生まれて、沙羅と2人で育ててきた。
今日の事だって、思い出の1つだ。
「俺も理優も、もう満足してんだ。だからよ、あとは夫婦でほのぼの暮らしてぇ。そんで死んでも、悔いは無いね」
「……そっか」
「しかし、お前らはまだ生きれるし、これからもたくさん思い出を作れる。1番大事なもいるんだろ? しっかりしろよな」
「……あはは。そうだね」
僕にはまだ未來がある。
これからも沙羅と生きて、幸せに暮らしていきたい。
僕は一家の大黒柱、頑張らないと。
「つーかさ、俺あと50年は生きるからな! 勝手に人が死ぬ想像すんじゃねぇ!」
「でも瑛彥、結構老けたしなぁ……」
「老けてねぇ! まだまだピチピチだぜ! 白髪だってねーんだからな!」
「はいはい……」
しんみりとした空気だったのに、なんだかうやむやになってしまった。
それも仕方ないなと思いつつ、リビングに戻って沙羅と理優に合流する。
「ん、戻ってきたわね」
「この歳になっても、甘いものは味しいなぁ〜っ」
沙羅と理優はアイスを食べてたけど、瑛彥も食べ始めてまだ暫く4人でまったりと歓談する。
すっかり夜になった頃に2人は帰り、僕と沙羅は洗いを片付けた。
「で、何を話してたの?」
「え……ああ。壽命の事とか、ね」
「そ」
ジャーっと水を流しながら會話をわす。
スポンジでお皿を拭きながら、ふと沙羅の意見が聞きたくなった。
「……沙羅は、瑛彥達が死んだら、どうする?」
「さぁ? その時次第よ。未來のことなんか知らないわ」
「えぇ〜……」
しも參考になる言葉はなかった。
と思ったら、沙羅は言葉を続ける。
「死んだ時に悲しかったら泣くし、悲しくなければ何もしない。だってまだアイツは生きてるし、まだアイツとも思い出を作れる。ただ、作る思い出がロクなもんじゃないのが玉に瑕というか、なんというかね……」
「……。……そうだね」
瑛彥とも、まだまだ思い出を作れる。
僕達にとっては、沙羅が義務教育を終えた今からがセカンドライフみたいなもの。
だけど、瑛彥達もまだまだ生きていく。
あわよくば、また一緒に演奏できる日々が來たらいいな……。
「ん、メール」
沙羅が手を洗い、タオルで拭いてから自分の攜帯を持った。
畫面を確認し、すぐに仕舞う。
「瀬羅が2人目の赤ちゃんできたって」
「ええっ!?」
「結構遅い方ね。魔族同士だからすぐにできるもんだと思ったけど、やっとか」
おめでたい報告でお皿を落としそうになる。
また瀬羅が妊娠、かぁ……。
うちは中々2人目ができないし、でも2人目作らなくてもいいような……。
「……ま、私は仕事始めるし、まだ2人目は當分先ね。それでいいわよね?」
「もちろんだよ。僕は沙羅のフルート聴きたいもん」
「……ええ。いっぱい聴かせてあげるわ」
背中に1人分の重がもたれかかる。
すりすりと頬りをされて、心が暖かい。
沙羅はフルートの奏者としてこれから様々な場所で活躍する予定だ。
フルートの腕もさることながら、人で頭も良くて、引っ張りだこになること間違いなし。
ツアーとかに參加することになれば、家を開けることも多くなるかもしれない。
もちろん、僕も聴きに家を開けるだろうが――
「……まだまだ、いっぱい思い出を作れそうだね」
「數え切れないほど作るわ。これからも、瑞揶と、ずっと一緒に……」
「…………」
また何度もデートをするだろう。
いろんな所に行くだろう。
たくさんのものを見て、聴いて、じて、沙羅と一緒に歩んでいく。
長い長い過去を歩んできた。
でも、ずっと並んで歩いてきた。
まだ先は長い。
「……瑞揶、好き。これからも、側にいて……」
「もちろんだよ。僕も沙羅が好きっ。ずっと一緒だよっ」
「……ふふふっ」
「あははっ……」
優しく笑い合う。
僕は洗いをする手を止め、振り返った。
沙羅の優しい笑顔がすぐ近くにあって、彼の頬にそっとれる。
すると、沙羅は僕の首に腕を回した。
キスがしやすいように。
もう幾度となくを重ねたのに、まだ足りないらしい。
仕方ないなと思いながら、彼にそっと口付けをした。
「――ただいまーっ!」
「あっ」
「あら」
1秒も経たないうちに、沙綾が帰宅を知らせる。
咄嗟に僕達はを離して再び笑い合う。
3人目の家族、僕達の娘。
彼とも、これからを歩んでいく。
その家族を出迎えよう。
僕達はどちらともなく玄関に歩き出す。
そして、する娘に笑い掛けてこう言った。
『おかえり』
――End――
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