《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》第441話 背水の陣
ベトゥミア共和國軍のロードベルク王國侵攻部隊。その本隊は、數千ずつの部隊に分かれて順調に北進していた。
目指すは王都リヒトハーゲン。その手前、王領にってすぐの場所に各部隊の集結地點が設けられ、既に四萬の軍勢が集結を完了していた。
ここまでおよそ二週間。想定していた王都奇襲の作戦計畫と比較しても、なお速い進軍ペースだった。
この報告を、ドナルドは集結地點の司令部天幕で聞いていた。オストライヒでの後方指揮は副司令に任せ、ドナルドは司令として自ら、最も重要な王都侵攻を指揮する。
「間もなく殘りの部隊も集結を終えます。この調子であれば、敵がまともに反撃準備を整える間もなく王都への攻勢を開始できそうですね……パターソン閣下?」
若く有能な副が怪訝そうに聲をかけてくるのに、ドナルドは険しい顔のまま、し間を置いて答える。
「……順調すぎる」
ドナルドは強烈な違和を抱えていた。
オストライヒから王都リヒトハーゲンへと続くこの街道上。最短距離で王都へと通じている、広く整備された街道にしては、守りがあまりにも薄い。先頭を進軍した部隊によると、敵の抵抗は二度だけ。それもせいぜい百人程度の部隊によるものだったという。
太刀打ちできない大部隊の侵攻を前に、街道上の敵軍はほとんどが逃げ去ったのだと考えることもできる。しかしそうなると、二度接敵した百人規模の部隊が玉砕するまで果敢に戦ったことに違和が殘る。
また、街道周辺の村や小都市から、住民がことごとく逃げ去っているのも引っかかる。前回のベトゥミアによる占領統治のやり方を考えれば民が逃げ去るのは理解できるし、再侵攻に備えた避難計畫くらいは作られていたのだろうが、ここまで見事にもぬけの殻になるものなのか。
決定的な何かがあるわけではないが、小さな違和の積み重ねが拭えない。もやもやとした覚が、し前からずっと解けないでいたドナルドのもとに――そのとき、急報が舞い込んだ。
「報告! 東部防衛部隊より、『遠話』通信網による報告です!」
びながら司令部天幕に飛び込んできた士が、ドナルドの前で敬禮する。
「報告いたします! 東部防衛部隊は、ロードベルク王國南東部より進軍してきた敵の大規模な部隊を確認! その數はおよそ一萬五千! また、東部防衛部隊に先駆けて接敵した地竜が撃破され、使役魔法使いも行方不明となりました! 敵の東部軍にはアールクヴィスト大公國軍がいる模様です!」
「何だと!? 何故これほどの短時間でそのような大軍が出てくるのだ!」
「アールクヴィスト大公國軍は敵の西部軍にいるのではなかったのか!?」
「もう地竜がやられたとは……あれを運ぶのにどれほど手間がかかったと……」
士の報告を聞いて、司令部にいた將たちがざわめき出す。ドナルドは驚かなかった。違和の正はこれかと、むしろ納得した。
「報告です! 急報告!」
そこへ、別の士が飛び込んできた。ドナルドに向けて敬禮し、口を開く。
「西部防衛部隊より『遠話』通信網による報告です! ロードベルク王國南西部より進軍してきた敵の大規模な部隊を確認! その數は二萬を超えるものと思われます! ランセル王家の旗も確認いたしました!」
「そ、そんな……」
「この規模は何なのだ……まだ上陸から二週間だぞ……?」
「どうしてランセル王國が出てくる! 我々の上陸をロードベルク王國が確認して、それからランセル王國に援軍を要請したとしても、部隊編や集結を考えたら間に合うはずがない!」
天幕のざわめきが、より一層大きくなる。
「……なるほどな。そういうことか」
司令部の喧騒の中で、ドナルドは一人呟く。狀況は察した。
敵の反撃が出來過ぎている。おそらくこの再侵攻は、こちらが上陸するより遙か前に敵側に知られている。自分たちは奇襲上陸したのではない。敵が待ち構えているこの地にのこのこ上がり、敵がわざわざ空けてくれた王都への道に呑気に深りしたのだ。
そして今、両の側方から同時に反撃が始まった。自分たちが進む正面、王都の方にもきっと敵の大部隊が待っているのだろう。三方から包囲され、これから地獄の戦いが始まる。
「まさか、攻勢の勢いを緩めるなどとは仰いませんな?」
ドナルドの思考を邪魔したのは、政治參與のという名の政府のお目付け役として隨行しているディケンズ議員だった。
司令部にいる全員の視線が、ディケンズ議員に向けられる。そこには好意の視線はひとつもない。戦場へと口を出しに來ている政治家が好かれることはない。
「これはベトゥミア議會の富國派、そして富國派と結びつくあなた方全員の命運が懸かった戦いです。敵の思わぬ反撃をけて包囲されようと、我々は進み、目的を達するしかない。もし引き返しでもすれば、我々に待っているのは破滅です」
かつては臆病な政治屋だったディケンズ議員だが、今は老獪な政治家として富國派での発言力を増している。前回侵攻の後、國で庶民層による暴が絶えない時期に、彼は民の襲撃をけて重傷を負った。指を二本失い、片目を失い、それ以來彼はどこか凄みを発するようになった。
この再侵攻にも、ディケンズ議員は自ら志願して政治參與として同行している。
「……それは心得ています」
ドナルドは反論できなかった。ディケンズ議員の言っていることは正しい。
これはベトゥミア共和國民がんだ侵攻。富國派政府が世論を導し、その世論の暴走を止められず、仕方なく延命のために決定した侵攻だ。功させなければ富國派に未來はなく、富國派と結びついた軍人たちにも未來はない。
「……」
そこで、ドナルドは思い至った。富國派と結びついた軍人。軍上層部のうち、富國派と付き合いの深い將や士は多くがこの再侵攻に員されている。自分たちの未來を決める戦いだからこそ、何としても功させようと勇んでいる。
一方で國に殘った多くは、無派閥あるいは國民派と関係を持つ、出世コースの上にはいない日者の軍人たち。そしてドナルドたちの周囲には、侵攻部隊を待ち構えていたロードベルク王國の軍勢。
どこが繋がっているのか、おおよそ想像はついた。
「司令閣下」
「どうなさいますか?」
戸った表で尋ねてくる將たちに、ドナルドはしばし考えて口を開く。
「このまま進撃し、予定通り王都を陥落させる……まずは殘りの部隊の到著を待つ。それともう一つ。オストライヒより補給資を運んできた輸送隊の人員は、返さずにそのままこの主力に合流させろ」
「し、しかし……兵を増やせば、それだけ資の消費量も増えます。おまけに輸送隊を戦力として編する場合、次回の補給がなされないため、行可能期間はもって一週間といったところになるでしょう」
「構わん。今は一人でも多く兵がしい。一週間で蹴りをつければいいだけだ……急ぎ伝達しろ」
ドナルドはそう言って、伝令役の士を天幕から追い出した。
本國に殘っている共和國軍の幹部たちが裏切り者だとすると、ロードベルク王國に再侵攻の報をらし、自分たちをここで敗北させるだけが計畫とは思えない。おそらく國民派と組んで、政変でも起こすことを考えているのだろう。
そうなると、本國からの補給もいつまで予定通り來るか分からない。政変が起こって本國が混すれば、補給は必ず滯る。
おまけにこの狀況だ。長くびた陸上の補給線は、ロードベルク王國の軍勢に必ず叩かれる。輸送隊の人員をオストライヒに戻しても、今後はまともに補給資を持ってこられないだろう。であれば、今ここで戦力として加えた方がいい。
自分たちに殘された道はひとつ。本國で軍の裏切り者と國民派が起こす政変が失敗し、なおかつ自分たちはこの再侵攻を短期決戦で功させ、快勝の結果と國民派の失腳をもって権力を守る。それしかない。
運も絡み、相當に難しいとは分かっているが、それでも自分たちにはそれしかないのだ。今さら後戻りはできない。この戦いも、自分たちの生き方も。
「報告です! オストライヒより報告! 司令閣下!」
そのとき、新たな士が飛び込んできて、敬禮もそこそこにぶ。
「本國より補給資を運搬していた輸送船団が、ロードベルク王家の旗を掲げた敵船団に攻撃されました! 多くの船が撃沈され、オストライヒの港にたどり著いたのは輸送船と護衛の軍艦が一隻ずつのみです!」
その衝撃的な報せに、天幕は逆に靜まり返った。陸はともかく、海上で攻撃をけることは端から想定されていない。
「……諸君。進撃を急ごう」
ドナルドは重い口調で言った。
思っていた以上に狀況は厳しく、時間は限られている。道は前にしかない以上、急ぎ進むしかない。
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