《~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実のを誓います。》聖刻(ヒエロ)文字(マガグリフ)と死者の聖典
***
「懲りないな、妹。元気か?」
ティティを見つけたラムセスは、笏丈を振り、低周波聲で告げた。
「テネヴェに進軍させた折、結界を用意したは、おまえか。イザークがいないな」
サアラは柱の神の彫刻を睨み、寄り掛かったままだ。
「イザークは、逝ったの。テネヴェにて裁きをけて、マアト神を呼び寄せて」
ラムセスの顔が変わった。笏でこつん、と床を突いた時には、元通り、何を考えているか分からない表に戻っていたが。
「イザークとの約束の時か」呟くと、ラムセスはぽいと笏丈を投げた。重々しい笏丈は床に叩きつけられ、けたたましく響いて大人しくなった。笏丈を手放したままの姿勢で、ラムセスは嘲笑った。
「どうした。怒らないのか? 偉大なるアケト・アテンの王たちの諱が刻まれた笏丈をよくも投げたわね! と。ティティインカ王よ。それがあれば俺を呪わずに済むな? さすがに堪えたぞ、妹に殺されたくはない。持って行け」
ラムセスは雙眸を濡らしていた。転がった笏丈を睨み、ティティは唸った。
「何……これであんたの罪が滅ぼされたとでも思っているの? 忘れさせやしない! あんたは私の家族を滅茶苦茶にした……! 平和な日々を奪った!」
ティティは震える拳を握りしめ、背中を向けた。
「許せることじゃない。でも、イザークは、ひとひらだって、わたしに怨んでなどしくないんだって。母も、父も、眼の前の兄でさえも、きっと誰一人と、わたしの不幸をまないの。幸せになってしいとんでいる……!」
ティティはさっと顔を上げた。ラムセスは今度ははっきりと驚愕の表になった。
「あんたが、イザークとの結婚を命じなかったら、わたしはきっと復讐に塗れて、裁かれてた。テネヴェで、呪と諱の意味と罪深さを知った。ネメト・ヴァデルで、する意味を取り戻したの。ね? アメン=レスト」
「おまえ、どこで……俺の諱……」
はっとラムセスが口を覆った。ティティはふっと王の微笑みを零した。
「テネヴェのイザークの隣にあった聖刻ヒエロ文字マガグリフ。その他の文字は削られて読めなかった。今こそ、全てを教えて。それで、呪いは勘弁してあげるわ。それとも、スカラベに封じられたい? 今度は、やるわよ……ここで。わたし、呪力上がっているわよ」
サアラはじろぎ一つせずに、柱のでやり取りを窺っている。ラムセスはティティの手を引くと、ふかふかの獣の上に載せた。後、飛び乗った。
「脅すとは良い度! さすがは俺の妹だ! ロブハー! 螺旋階段を降りろ!」
長い鬣に、蛇のような尾を上げたロブハーは螺旋階段を一気に駆け下りた。
*3*
「あまり著すると、業火の世界から、俺をぶっ飛ばそうと太い腕がびて來る気がする。離れろ」
ぱっと手を離して、ティティは虎のような獣にしがみついた。ロブハーは螺旋階段を降りきると「イイコだ」の低周波聲に大人しくなった。
サアラも高さも構わず、ふわりと飛び降りて來た。眼の前には大きな壁がある。
いつぞやのように、が地下湖かられていた。「こっちだ」とラムセスは暗い井戸を歩いた。湖の耀が一際輝くどん詰まりの壁。大きな壁畫が描かれている。
「見えるか。王族がにしていた。――壁畫〝死者の聖典〟だ」
壁畫に數多の神々が描かれている。地下井戸は、これを護っていたのか。
「絶対に世界には見せられない時代齟齬の「加工品」だ。太と月があった頃が描かれている。見れば民衆は絶するだろうな。この世界が神の手から逃れられないとの証拠だ。俺ですら、衝撃だった……アケトアテンの王族が代々護る壁畫に相応しい」
すとん、とサアラが降りた足音にラムセスは気付いたようだが、またティティに向き直った。眼の前には聖刻文字が彫り込まれた石版。真下の畫は神たちの絵だろうか。
全員左を向いているのに、一人だけ右を向いている神がいる。
「まさか、これがイザークが探していた聖典……ここにあったの!」
「聖典が本とは限らん。右を向いている鳥がマアト。左の二人が天空の夫婦神。そして、マアトの後の悪魔がバフォメット。テネヴェ語ではイホメトになる。俺の親友は悪魔の諱を與えられし存在だった」
「だから、諱を捨てて、イザークと名乗っていた? ねえ、イザークが裁きを呼び起こした理由は何」
話の途中で、笏丈が割り込んだ。サアラがティティとラムセスに笏丈を向けていた。
「そこまでだ。ティティインカ。笏丈のイホメトの諱を読め。どうやらネフトが失態をした様子でね。世界同士が繋がりにくくなる。早いほうがいい」
「サアラさま」うサアラの前で、ティティは足踏みを繰り返した。
(許してはいない。許せることではない。だけど、ラムセスはこの國を繁栄させている。戦いは必定。王である以上は、誰かに諱を奪われる覚悟だったのかも知れない。
そして、私は王の娘。事実をけれる、べきだった……?)
ラムセスを許すのか。自問自答するティティにラムセスは低く笑った。
「イホメト。俺は大切な親友が國の犯罪者になったなど一欠片とて信じていない。でなければ、妹を任せるものか。おまえがやるべきことは、俺を討つことではないな。おまえは王族の男に課せられる仕來りを知らなかった。責めるな。無理もない」
ティティはイザークの説明を思い出していた。
――〝俺と、ラムセスは王子同士だ。立場は同じだが、俺がアテンへ行かなかった事態が、悲劇を生んだ。俺と、ラムセスは取替子と言って、古い風習の元、換される予定だった〟――……。
「テネヴェの王子が共にアケト・アテンを奪う畫策に參加した。俺も追い出され、苛々していたので、乗ったまで。その最中に知った「神を滅ぼす方法」。俺もイザークも役目は果たした。二度と妹に呪いなど浴びせられたくはない。最後は、おまえだ。俺を追い出した親など知らん。運が良ければ逢えるだろうが、知った話か」
ラムセスはロブハーをでると、がった。ところで、サアラが息を吐いた。
「兄弟で殺し合い、家族で王座を奪い合い。人間は何がしたいのか、ラムセス王」
ラムセスはきょと、と眼を見開き、「誰だ」といわんばかりにまたロブハーに乗って駆け上がって消えた。
「あの人、サアラ様が神さまだろうと、関係がないみたい。ごめんなさい、無骨な」
〝兄で〟の言葉は呑み込んだ。ラムセスとの兄妹の過去はない。逃亡させられた兄ラムセスは、イザークと共に、このアケト・アテンを奪い、親を見逃した逆賊だ。
(イザークは諱を預けたわけじゃない。捨てたのよ。悪魔の諱だと知って。國に捨てられた二人は、復讐を潛めて來た。たった二人で、二つの國への復讐を同時に。では、イザークが神に裁かれるほどの、原罪とは何?)
罪人アザエルと見なされる罪だけが見えて來ない。
ティティにサアラが笏丈を差し出した。涙を拭って頷いた。
「様々な男たち、たちの生きたの証を持って、マアト神の元へ行こうティティインカ。想いがを導く。全ての王の諱を詠め。人の生きた熱い歴史だ」
ずしりと重い笏丈は末な造だった。刀すべてに聖刻文字が並んでいる。
建國した一代目の王から、ラムセス、イザークへ。何度戦いがあろうと、笏丈はけ継がれた。憎しみあいながらも、いつか、誰かが、神に屆くと誰もが信じ託して。
熱さに目頭が焼けそうだ。――それが人が編んだ平織り布。すなわち歴史。
ティティは最後に彫り込まれたイ・フォ・メ・トの文字をでた。
「神に引き裂かれても、絶対に離れないんだから! わたしの命を使っても、もう一度出逢うの! 呪いよ、わたしのつがいの呪いに繋がって!」
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