《本日は転ナリ。》18.當たり前の中にある幸せ。
「言わなくちゃいけない事?」
「そう……、言わなくちゃいけない事。母さんさぁ、泣きながら鞄から母子手帳出してさ、言ったんだ。"瑠……、ごめんね。あなた、本當はの子だったの"って。最初は何言ってんだよこの人……なんて思ってたけどさ、母子手帳の別のとこにさ、に丸付いてたんだ……、けど信じられなくてさ、"こんなん噓だ! だって俺は昔から正真正銘男だったじゃん!"って言ったらなんて言ったと思う?
"お父さんとお母さんが決めた事だから"ってさ。俺の父さん……、大學病院で働いてたのは莉結も知ってるよね?」
「うん。それで同僚の今の先生が瑠の擔當なんだよね」
「そう……、それでその先生と俺の父さんは、ある研究を進めていたらしいんだ」
「ある研究?」
「シュールマン癥候群の研究」
「それって……」
「俺の病気……。いや、本當はそうじゃないんだ」
「えっ、そうじゃない? ごめん全然理解できない。どういう事?」
「俺は始めから病気なんてかかってなかったんだよ」
「かかってなかったって……、じゃぁなんで……」
「俺を後継ぎにするために"男に変えた"」
そう言うと莉結は口に手を當て、言葉も出ない様子で私の目を見つめた。まぁ"後継ぎの為"ってのはあくまでも推測でしか無いけど、父さんの口癖が"勉強頑張って俺の後を継ぐんだぞ"だったらしいからまず間違いは無いと思う。
「それで俺が毎回打たれてた薬はさ、元々はであるこのを、無理矢理男のに保つ為の薬だったって訳」
「そんな……、酷い」
「ほんと……、酷いよ。ずっと私は自分が男だと勘違いして生きてきたって事になる訳だから……、死にたくなったよ、本當に」
「けど……、瑠のお父さんは何で、わざわざの子の瑠にそんな事したの?    二人目の男の子を期待すれば良かったのに」
「あぁ、それも私、言ったよ。そしたら母さんは私を産んで子供が作れないになったらしい。そんなに後継ぎがしいなら養子でも迎えれば良かったのに。ほんと勝手過ぎるよ……」
黙って頷く莉結に、私は続ける。
「それで、その時に丁度攜わっていた研究が"シュールマン癥候群"だったんだって。最悪に運悪いよね、ほんと。そのタイミング悪さのせいで、私が産まれてからは父さんと仲間の人達は研究室に泊まり込んで"薬"を完させてしまった……ってのが事の全容なんだってさ……。そんなの完璧違法だよ。人の道徳に反してる」
「それは間違いじゃないけど……。瑠のお父さん、本當にそれだけの為にこんなことしたのかな」
    莉結の意外な言葉に、私は莉結へと顔を向けたが、莉結は真剣な面持ちで、ただ一點を見つめている。私はその言葉の意味を追求しようとはしなかった。だって、私にした事は紛れもない事実なのだから。
「だけど私は許せない。父さんの事」
「まだ決めるのは早いと思う」
「え?」
「だってそのせいで、瑠の未來が良くなってるかも悪くなってるのかも分かる事じゃないでしょ?    けどね、私はこれで良かった気がする」
「どういう……意味?」
    莉結は天井を見上げると、ゆっくりと瞼を閉じた。そして、何かを思い描くように、靜かに語り始める。
「私ってさ、昔から男の子と関わるのが本當に無理でさぁ、だけど瑠だけは大丈夫だったんだ。まぁ顔もの子みたいだったけど……。それだけじゃない"なにか"をじ取ってたんだと思う。本當はね、今まで何回も"瑠がの子だったらなぁ"って考えたりしたんだよ? それも絶対に葉うことのない事だったはずなんだけど……。だからさっ、何にも気にしなくていいんじゃないかな。今の瑠が本當の瑠なんでしょ? 私は今の瑠も大好きだよっ」
    そう言うと、振り向いた莉結と目が合った。そして莉結は靜かに微笑んで、「ねっ?」と言った。私は、この込み上げるを言葉にすることができなくて、溢れてしまいそうな涙をグッと我慢しながら「うん」と答えた。
すると、話を橫で聞いていたかのようなタイミングで、一階からおばあちゃんの「ご飯できたでねぇー」という聲が聞こえた。
「さっ、瑠も食べてくでしょ?」
「うん。私もご飯いただいてこうかなっ」
「瑠の"私"って言葉すごいしっくりしてるよ」
「だって私、の子だもん。當たり前でしょっ? 母さんに本當の事聞いてから抵抗無くなったからさ、もう莉結に怒られる事も無いかなっ」
「うんっ、私も學校では瑠って呼ぶからね」
私達は下に降りると、おばあちゃんと三人で囲爐裏を囲んでご飯を食べた。
おばあちゃんは、また今まで通りのおばあちゃんに戻っていて、私の大好きな"昔の思い出"や"豆知識"を聞かせてくれた。
そして今までみたいに一緒に食を洗って、明日のご飯を炊いて……。何でもない事なのに、私はどんなテーマパークに行くよりも、プレゼントを貰うよりも、ずっとずっと幸せな気分になれたのだった。
「今日はありがとねっ、それじゃぁまた明日っ」
「寢坊しちゃだめだよっ! 忘れ無いようにねっ!    じゃ、また明日ねっ」
"また明日"……。いい言葉だな。
家庭訪問は戀のはじまり【完】
神山夕凪は、小學校教諭になって6年目。 1年生の擔任になった今年、そこには ADHD (発達障害)の瀬崎嘉人くんがいた。 トラブルの多い嘉人くん。 我が子の障害を受け入れられないお母さん。 応対するのはイケメンのイクメンパパ 瀬崎幸人ばかり。 発達障害児を育てるために奮闘する父。 悩む私を勵ましてくれるのは、 獨身・イケメンな學年主任。 教師と児童と保護者と上司。 「先生、ぼくのママになって。」 家庭訪問するたび、胸が苦しくなる… どうすればいいの? ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ |神山 夕凪(こうやま ゆうな) 27歳 教師 |瀬崎 嘉人(せざき よしと) 6歳 教え子 |瀬崎 幸人(せざき ゆきひと) 32歳 保護者 |木村 武(きむら たける) 36歳 學年主任 ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 2020.8.25 連載開始
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