靜まり返った空間に響き渡る二人の足音。

最寄駅から徒歩二十分程で立ちはだかるのは小さくて古びた鳥居だ。

今まで何度も訪れた場所だが、この鳥居を前にすると何故か張してしまう。

友達だと思っていた時、必死に捜していた時、がときめいた時、想いを伝えた時……。

ここに來る時はいつも堂庭の事を考えていた。もちろん今日も俺の脳は彼で一杯だ。

「……ろっか」

「そうだな」

隣で俺と同じように正面を見上げていた堂庭が口を開く。彼もまた過去を思い出していたのかもしれない。

「晴流……張してる？」

「あぁ。バレてたか」

「まあね。顔を見れば一瞬で分かるわ」

「そうか。でも俺も分かるけどな。……お前の顔も引きつっているぞ」

「ふふ、バレちゃったわね」

にっこりと微笑む堂庭。何気無いやり取りだが彼と話す事で不思議と張が和らいだ気がする。

「びゅーん！　もたもたしてると置いていくわよ！」

「おい待てって。走ると転ぶぞ」

堂庭は両手を大きく広げながら境の砂利道を我先に駆けていく。その後ろ姿は完全に元気溢れる児だ。人目が無いとはいえ、そんな子供じみた事をしても……と思った矢先。

ドテンッ！

足元の小石につまづいたのか、堂庭は素晴らしく華麗にコケた。顔面への打撃は避けられたようだが見るからに痛そうだ。

「大丈夫か！」

駆け足で彼に追いつき、怪我の合を確認する。

両膝をりむいたらしく、滲んだが溢れ出ようとしていた。

「いてて……。膝に矢をけてしまってな、なんて」

「そんな冗談はいいから。立てるか？　歩けそうか？」

「あら、晴流のくせに珍しく真面目に心配してくれるのね」

「俺はいつでも真面目だぞ」

學校での振る舞いは異なるかもしれないが、なくとも堂庭に対してはいつも真剣に考えているつもりだ。それは今に始まった事では無く、彼と出會った時から続いている。

「ふふ、まあいいけど。あと怪我は大丈夫よ。後で傷口を洗えば十分だと思うわ。でも……」

言いかけて止まる。すると、ぺたりとの子座りをする堂庭が強請ねだるようにあざとくこちらを見つめてきた。

「今は晴流に甘えたい気分なの。高臺まで運んでしいなー。できればお姫様抱っこで」

このロリ高校生め。怪我という弱みを利用してなんて注文を押し付けてやがるんだ。

こちとら盛りの男子高校生だぞ。傍から見たら児を連れ去る事案として通報待ったなしじゃないか。

「駄目かな……？」

「いや、だが……」

周囲を見渡す。幸か不幸か、俺の視界には堂庭以外の人はらなかった。神社から出なければ他人と遭遇する心配も無さそうだし堂庭の頼みを斷る口実は見つからない。

「ごめん。あたしワガママ言い過ぎだよね――ってひゃっ！」

彼を仰向けに倒して首元と膝裏に両腕をすべらせる。

そして傷口を刺激しないよう慎重に持ち上げる。しかし想像以上に堂庭は軽く、勢い余って飛び投げてしまう程だった。

「高臺までだからな。しっかり捕まってろよ」

「うん。……ありがと」

堂庭の頬は真っ赤に染め上がっていた。自分で頼んだくせに照れるなよ。

しかし恥ずかしいのはお互い様で俺も彼の顔を直視できず、目を逸らしてしまうのだが。

「大丈夫？　重くない？」

「重いどころか軽過ぎて不安になるくらいだ。お前重何キロなんだよ」

「むぅ……。子にその質問は句よ。……あたしは二十八キロだけど」

「二十八！？　小學生かよ……」

「まあ型だからね。仕方ないよね」

得意気な表を浮かべる堂庭。別に俺は褒めたわけじゃないんだけど。

「それにしてもお前の熱くないか？　風邪はひいてないよな？」

「こ、こんなもんよ！　いきなり変な事聞かないで頂戴」

心配して聞いたのに堂庭は何故かぷんっと怒ってしまった。俺は悪くないはずだ……多分。

小柄で華奢な彼を抱えながら境の階段を上っていく。いくら軽い重とはいえ人を運ぶのは重労働だ。高臺に著いた頃には俺の息はすっかりれていた。

「よし、降ろすぞ」

「うん……」

先程と同様、慎重に降ろし勢を整える。神社にはやはり俺達以外に誰もいないようだった。

「この場所……懐かしいね」

「あぁ、そうだな」

周囲の茂みから切り出された展臺のような場所と、そこに設置されている木製の古びたベンチ。ここに訪れたのは十ヶ月前のあの日以來だ。

「ここで晴流が「俺と結婚してくれぇぇぇ！！」ってんだんだよね」

「実演するな。恥ずかしいから」

微妙な聲マネと共に告白シーンを再現しようとする堂庭。あの時は勢い任せでんでしまったから、今となっては恥ずかしさだけが殘っている。後悔はしてないけど。

「でもあたしは凄く嬉しかったよ。まさか晴流に「結婚してくれ」だなんて言われると思わなかったし。……えへへ」

両手を頬に當ててニヤついている俺の彼。怒ったと思ったらすぐに喜んだり照れたりと忙しい奴なのだが、そこがまた可いんだよな。

ゆっくりとベンチへ近づき、その端に座る。ギシッと軋む音が鳴った。

更に堂庭も息を合わせるかのように無言で俺の隣に座る。音は鳴らなかった。

「空が綺麗だな」

満天の星空を見つめながら一言。堂庭も「そうだね」と相槌を返す。

こうしていると時の流れが緩やかになっているのではと思ってしまう。時間を気にせずにいつまでも夜空を眺めていたい。もちろん堂庭と二人で。

「手、借りるね」

「おぅ……」

俺が拒否しないなんて分かりきってるのに敢えて聞いてくる辺り、律儀な奴だと思う。

左手に堂庭の小さくてらかい手が指と指の間に絡まれる。所謂人繋ぎだ。

確か一年前の七夕の時もここで同じように繋いで張した覚えがあるけれど、今は張より安心の方が強い。何故なら、彼の隣にいる事が素直に嬉しいからだ。

「今日はありがとね。試験近いのに夜まで連れ回しちゃって」

「気にするな。寧ろお前と一緒に居たから元気が出たよ」

しょうに合わないだろうけど、キザな事を言ってみる。

しかしながら、試験日が近いのは事実だ。俺は都の大學へ進學するべく、年明け直後にあるセンター試験を験する事になっている。一方、堂庭は関東近郊の短大へ進學する予定なのだが既に試験に合格している為、今はすっかりお気楽モードなのである。

「なぁーに格好つけちゃってるのよ。晴流らしくないじゃない」

やはり俺のキザ発言はお気に召さなかったようだ。口を尖らせながら不満を訴えている。

「悪かったな」

「別に謝る必要は無いわ。あたしは気にしてないから」

じゃあ不満を口にするなよと言いたくなったが、これ以上の発言は火に油を注ぐ結果になりそうなので黙っておくことにする。

「そういえばお前って――」

「ねぇ、ずっと言おうと思っていたんだけどさ。あたしの名前は「お前」じゃないよ」

言いかけた所を遮られる。まるで長年連れ添った年夫婦のような言い掛かりだが、堂庭は頬を膨らませながらぷんぷん怒っていた。

「じゃあ……瑛」

「はい。なんでしょう」

「えっと……」

やべぇ。何言うのか忘れてしまった。名前に気を取られてたせいだが……これでは本當に年夫婦のやり取りみたいではないか。

「何？　まさか容忘れちゃったの？」

「……左様でございます」

「まったくもう。でも晴流らしいわね」

堂庭はにっこりと笑顔。他人のミスで喜ぶなんて悪い子供だな。そんな子にはお仕置きを……なんちゃって。

「晴流。……こっち向いて？」

「……おぅ」

繋いでた手をほどき、お互いに向き直る。月夜に照らされた堂庭の姿は可憐でしく、まじまじと見つめるだけでが揺らぎそうになってしまう。でも視線を逸らす事はできない。今は彼に釘付けだ。

しばらく無言で見つめ合い、やがて堂庭が俺の首元に両腕を絡める。ぐっと近くなる距離。

「晴流…………好き」

まるでとろけるような甘い聲で囁かれ、高まる興と共に彼との距離は一段と詰められる。

目を瞑り互いの行き著く場所へ向かい、そしてぶつかる。

彼の潤んだはほのかに暖かく、らかかった。

「……瑛」

「晴流…………」

名前を呼び合い、今度は力強くぶつかった。

積極的な堂庭に負けじと、俺は彼を抱き締めるようにホールドしながら応戦する。

しい、離したくない……。そんなが発し、互いに求め合う。

「んん……っ」

時折堂庭がらす魅な聲が俺の理を徐々に麻痺させていく。

――このままではマズい。もし他人に見られたら大変だ。

ごく僅かに殘っていた俺の平常心がはたらき、れていた部分を引き離した。危なかったな……。

「今日はここまでだ」

「うん……」

堂庭はしそうな目でこちらを見つめていた。そんな寂しそうな顔するなよ。また抱き締めたくなってしまうじゃないか……。

「そろそろ帰るぞ。補導されるのは免だからな」

「…………んぶ」

堂庭が何か呟いたようだが上手く聞き取れなかった。

「何だ？」

「おんぶして？　神社の中だけでいいから」

「はいはい……」

最後まで甘えん坊な子供だな俺の彼は。

無邪気に喜ぶ堂庭を見ながら俺は思うのだった。

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クリスマス編は以上となります。

続編に繋がるであろう晴流達の進路については何気に初出し報でしたね。

次話からは修善寺の過去編に戻ります。1月13日(日)投稿予定です。