《鮫島くんのおっぱい》鮫島くんと梨太君
天高く馬える秋。青天を歓聲が突き抜ける。
「赤の大將、早い! 強いっ! 強すぎるっ!」
放送部の実況にも力がる。熱量だけで何ら解説になっていないのも仕方があるまい。
私立霞ヶ丘高校の育祭は、創立六十四年以來一番の盛り上がりを見せていた。
育祭のクラス対抗戦の花形、三年生による騎馬戦である。
三年生、全員參加。六組まであるのをそれぞれ二チームに分け、計十二隊。
白い運著を著た男子のなかに、漆黒の學ラン姿が大將だ。
「最終決戦! 十二將、全員、前へ!」
放送とともに、太鼓がドンと鳴らされる。
十二の騎こまが円陣になった。
全員が同じ裳である。
しかし特別、目を引く年が一人いた。
同級生たちよりも頭半分抜けた長。
待機中、敵兵を広く見渡す切れ長の雙眸。
顔立ちは遠目に見ても端正である。
放送部員が、十二人の名を呼んでいく。
「――四組、赤! 鮫島!」
彼は、おざなりに腕だけ上げて見せた。
そして戦いが始まった。
開始の合図と同時に駆け出す、鮫島騎。
敵騎に近づいたと思った瞬間、鮫島の手にはもう、ハチマキが握られている。
手が長い。そして視認できないほどに速いのだ。
鮫島の駒は、大將決戦でなお圧倒的に強かった。
霞ヶ丘高校男子八百人は、その勇姿に喝采を送っていた。
「つ、つよすぎる」
「すげー。かっけぇー……」
二年生の待機場で、クラスメイトが呆けて拍手。
梨太ももちろん、そうした群衆のひとりであった。
生來、育會系ノリが好きではなくともが騒ぐ。
それだけ、鮫島の戦いは見であった。
「おい栗林くりばやし、あの大將、すっげえな」
となりの同級生に小突かれて、梨太は素直にうなずいた。
「うん。すごいね」
「あれで俺らとイッコしか変わらないんだよな。お前にいたっては同じ別だとすら思えんぞ」
「……悪かったね、チビで顔で」
一応すごんで見せたものの、同級生はへらへらと笑うだけである。
こういうからかわれ方は、梨太にとって日常茶飯事だ。いちいち怒っていても仕方あるまい。
栗林梨太は、注目の人とはおよそ真逆のような年だった。
十六歳にしてはかなりの小柄。學年でいちばん背が低い。
素が薄くクセの強い栗の髪、丸い頬に、琥珀のつぶらな瞳。ぬいぐるみじみたらしさがそこにある。
それでも、し上を向いた小さな鼻ととがらせた丸いに、どこか気の強さをじさせた。
霞ヶ丘男子高に、ひとりだけ子がいる――もし、そんな噂がひろまったとしたら、全員が栗林梨太を疑っただろう。
だが――
梨太はじっと、その視線を鮫島のに合わせていた。
大將決戦はあっという間に終了した。
鮫島の手には、十一本のハチマキが握られ、たなびいている。
いくら鮫島の能力が優れていたとて、これは異様な強さである。二年生の観客席からではわからない、対峙したものだけがじる脅威なのだろうか。
「人間の強さじゃねーだろあれ」
「きっとサイボーグだよ。戦闘用アンドロイド。右手には機関銃が仕込まれてるに違いない」
クラスメイトの冗談も、真実味を帯びてしまうほどだ。
「優勝、四組、赤!」
勝鬨を上げ、凱旋していく三年生たち。
退場門をくぐると、大將らは一斉に學ランをぎ捨てた。霞ヶ丘高の制服はブレザーであり、あれは騎馬戦のためだけのコスプレ裝である。殘暑も厳しい育の日、そんな暑苦しいものは著ていられまい。彼らはさっそくぎ捨てて、著に著替えていく。
數人の生徒が手ウチワで自らを仰ぎつつ、鮫島のほうへ歩み寄った。
一様に、にこやかな笑顔。
活躍を稱えにやってきたのだろう、しかし鮫島は見向きもしなかった。
手のひらで同級生らを押しのけて、どこかへ歩き出していく。
「あれ、鮫島くん、どうしたんだよー」
「おーいっ?」
同級生の聲も無視。
彼はそのまま、まっすぐにグラウンドを突っ切っていく。
著替えのために、教室まで戻るつもりだろうか?
足首まである學ランを揺らし、早足でどんどん歩いていく、彼の姿を目でおって――
「……なんで、みんなの前で著替えないのかな……」
梨太は小さくつぶやいた。
観客のごった返す中へ、鮫島の姿が消えていく。
梨太は友人を振り向いた。
「口、プログラム持ってる? 僕らの出番しばらくないよね」
「え? ああ、小一時間は空きそうだな」
「オッケー。じゃ、ちょっと行ってくる」
「へっ?」
友人の素っ頓狂な聲に構わず立ち上がる。慌てて友人がんだ。
「栗林? どこ行く気だよ。何考えてんだお前!」
「ちょっと追いかけるだけ。怖そうだったらすぐ逃げる」
「はあ? 追いかけるって――え、鮫島くんを? なんでっ?」
「好奇心っ!」
び、梨太はすぐに駆け出した。
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