《鮫島くんのおっぱい》梨太君の興味
霞ヶ丘高校は、地方都市のベッドタウンにあった。
平和で賑やかな町である。おせじにも都會とは言えないが、生きていくのに不自由はない、退屈な町。
そんな街中に、鮫島は學ランを著たまま出てしまっていた。教室に帰りもせず、観客でにぎわう裏門を突破していったのである。追いかけてきた梨太もそのまま出たが、そこで鮫島を見失っていた。
裏門を出ればすぐに大通り。きょろきょろと首を巡らせるうち、道路を渡った先に、特徴的な後ろ姿を発見する。
(うわ、もうあんなとこに。歩くの早っ)
梨太は慌てて、橫斷歩道へ駆けた。
鮫島はしばらくまっすぐ道を行き、不意に細い路地へとる。二十メートル程度の距離をあけ、梨太は小走りで追走した。
何度も路地を曲がる。
長に漆黒の長ランという目立つ格好をしていた彼なのに、ふと気を抜くと、視界から消える。あわてて見回すと想定よりも遙かに遠いところにいた。
悠然と歩いているようにみえて、異常なまでに早足なのだ。
(……長い足だなあ)
梨太は服の裾で汗をぬぐった。あっちは歩いているのに、こっちは小走りだなんて不公平だ。
長以上に下の長さが違う。頭骨が小さく、頭が高い。
(どこまで行くんだろう……)
學校を出てまだ五分ほど。しかしその早足ゆえに、思いのほか遠くまできてしまった。もうジュースを買いに出たとかいう距離ではない。
さすがに梨太は不安になってきた。時間的には余裕があるが、いまはまだ育祭の真っ最中。催事とはいえ、授業の一環である。あまり離れては補導されかねない。
しかし鮫島の歩く姿に、サボタージュの後ろめたさなどみじんも見えない。
やはり、不良なのだろうか。
鮫島はとうとう、町の商店街まで到達。シャッター街を進み、またヒョイと細道のほうへっていく。
梨太もその後へ飛び込んだ。
さびれた商店街の裏路地は、なお薄暗く無気味であった。
狹い空間で建に囲まれ、不快な閉塞に襲われる。
梨太はしの間、空を見上げていた。
時間にして數秒か。視線を前方に戻したとき、そこに鮫島の背中はなかった。
「ああっ。やばっ、また見失った」
一人ごちる。と――
「おい」
聲は後ろからかかった
聲の主は、梨太のすぐ後ろにいた。
鮫島ではない。まったく知らない男だ。
奇妙な裝だった。……アオザイ、というのだろうか。どこかアジアの民族服に似たシルエット。白の貫頭を腰布でしばり、その下にはゆったりした長袖長ズボン。簡素な服に不釣り合いなほどイカついブーツ。季節はずれも甚だしいニット帽にサングラス。
左耳にる、翡翠のピアス。
上から下までちぐはぐな格好である。
年齢は、梨太とそれほど変わらないように見えた。サングラスでわかりにくいが、せいぜい二十歳か――
男が厚みのあるをゆがめて言った。
「お前。いまあの人をつけていただろう」
梨太はあわてて首を振る。
「あ、えっと。はい、あの、僕は」
「自分から接してくるとはいい度だ。仲間と挾み撃ちにしたつもりか? おあいにくさま」
梨太は眉を寄せた。
「……なんの話?」
「ラトキアの騎士をなめるのも、たいがいにしやがれってんだよっ!」
男はびながら、右手をふりかぶった。握られているのは漆黒の――
(――刀っ!?)
「うわぁっ!」
重い武が空気を割く。梨太はとっさにをかわしたが、男は即座に武を翻し、今度は橫薙ぎに疾らせた。のけぞった腹をかすり、服が剣圧でよじれる。
「すばしっこいじゃねえか」
殘忍な笑みを浮かべる男。梨太は改めて、自分の腹部と相手の武を観察した。
刀にしてはひどく短い。大ぶりの包丁、あるいはダガーナイフと呼ばれるものか。
刃、ではない。柄から先端までおなじ、艶のない漆黒で、全く研がれてはいなかった。その証拠に、かすったはずの服に傷みはない。
ゴムか木でできた、子供用のチャンバラおもちゃ――地面に転がっているのでも見つけたら、梨太はそう思っただろう。
だが今、ぎらつく悪意を隠そうとせず向かってくる男の手にある武に、なんら殺傷力がないとは思えなかった。
「ええとその――……どうも、すみませんでしたっ!」
梨太は喚き、迷うことなくを翻した。路地の奧へと全力で駆け抜ける。いきなり逃げ出され、襲撃者がオッと面白そうな聲を上げる。
「団長っ! そっちに行きますよー!」
(団長?)
「了解」
という聲は、なぜか天から聞こえた。
そして次の瞬間、梨太は地面にべちゃりと屈した。なんの痛みもなかったが、急に背中が重くなりを起こせない。
はいつくばったまま首をよじると、學ランの黒い裾が見える。
そして背中に、鮫島がいた。
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