奇妙ないでたちに、地球ではまだ見たことのないテクノロジー。

そしてなにより、偽裝のための演技というにはおかしすぎる彼らのやりとりを眺めて――

梨太はゆっくりと、狀況と報を整理していった。

先ほどまでの験をすべて、知識として組み直す。

冷靜になった頭で、指先を持ち上げる。順番に三名を指しながら、

「……ええと。つまり、あなたたち三人は、ラトキアという星の、宇宙……異星人で、騎士団という、警察のような組織に所屬していて、鯨さん、鮫島くん、犬居の順でえらい」

「俺にもなにか敬稱をつけろよ」

「この町にあなたたちの敵であるテロリストが潛んでいて、それを討伐するために、鮫島くんと犬居様らはおなじく町に潛」

「テメー俺のこと舐めてるだろ。おい」

「で、実働隊のリーダーで最強戦力である鮫島くんは僕の高校に転生として潛。普段はふつうの高校生としてすごしながら捜査していた……ここまで合ってる？」

「合ってるよ。パニックになってもおかしくない狀況で、それだけけ止められていたら立派なもんだ」

鯨がにこやかに答えてくれる。

しかし梨太は顔をこわばらせた。一筋の汗を垂らし、

「……それって、うちの高校関係者にテロリストが潛伏してる可能がすごく高いってことだよね」

「ほう。理解が早いねリタ君」

よくできましたとほほ笑む星帝皇后――梨太はその笑みになお背中に冷たいものを覚える。

「……僕たちも危険ってこと？」

「いや、とりあえずそれはさほど心配しなくていい。テロリストというのは政治犯であって快楽殺人鬼ではないからな。二年前の王都では銃火も使用していたが、それを制圧され、武も捨てて逃亡した敗殘兵だ。

テロ組織そのものも、もう一年も前に壊滅している。我々は、この時逃亡した殘黨を捕縛に來たのだ。彼らがこの地球でまでなにか問題行をする理由が無い。おそらくは言葉を學び、地道に社會生活を送っているだろう」

「穏やかな余生をむだけの亡命者ってことですか」

「そうだな。しかし政府の宇宙船を強奪時、軍人を四人殺している。その罪は裁かれなければならない」

犬居が仏頂面で補足した。

「別に、強敵ってわけじゃないぜ。軍の宇宙船は、未登録の銃火を持ちこんだら発進できないようになっている。せいぜいナイフくらいしか獲もない一般人だ。普通なら、俺たち騎士団が出るような敵じゃないが、一般兵は宇宙にまでは出られないからな」

なるほど、と納得する。

だいぶ話は見えてきた。梨太はいったん唾を飲み、のどをらせると、突然くるりと振り向いた。背後にいた犬居が一瞬肩をびくりとさせる。

「で――誤認逮捕だってのに手錠も取らず、ここまで丁寧に話を聞かせてくれるのは僕を油斷させるためで、気絶させて本拠地に連れ込み事件解決まで拉致監――なんて策略ってことでオーケー？」

「エクセレント！　わたしは頭のいい年は大好きだよ」

にっこり、會心の笑みを浮かべる鯨。

「安心しなさい。この麻酔刀は、その名の通りただの麻酔。無害なものだよ。監もしない。半日程度の記憶を失くす注をうつだけで、すぐに帰してあげるから」

優しく、甘い聲音で言い聞かせてくる。

梨太は表を消した。

鯨が犬居に合図する。すこしだけ揺していた犬居も我に返り、うなずくと、その手をふりかざし――

「僕、役に立つよ」

梨太の言葉に、止めた。

鯨の眉があがった。

「何だって？　年」

「學校と地域への潛捜査。鮫島くんよりもうまくやれる」

突然名指しされた鮫島が、ようやく顔をむける。梨太は彼の方へ笑顔を見せた。軍人たちに囲まれて半分はひきつっていたが。

「まあしょうがないよね、だって鮫島くん、素材がフツーの高校生とかけ離れすぎてるもん。ただ立ってるだけで目立つのに、言まで不自然なんだからなじめるはずがない」

鮫島は無言である。

「で、連絡があれば授業も抜けるし、友達を作るわけにもいかない。雑談からでもボロが出るから無口になって、不良のレッテルを張られる。進學校じゃ目立つよそんなの。結果、報収集に支障が出る悪循環だ。一年早く地球に來たテロリスト達も、その違和には気づいてる。向こうから襲いかかってくるようになり、鮫島くんたちはそれを捕まえ、尋問するしか打つ手がない。捜査は行き詰まっている――だよね？」

「……ふむ」

「それと。もしかしてあなたたちは容疑者への拷問やひどい怪我を負わせる捕りものは出來ないんじゃない？　これは日本がそうなんだけども。武も、殺傷力のないものに限られてる？」

「うむ。テロどもは丸腰だからな。そうなるとわたしたちはは銃火を持ち出せないのだ。飛び道は諜報役である犬居の護用麻酔銃が限界だった」

「だからこそ団長が派遣されたんだよ。高校生に化けたのはたまたま団長が年相応に見えて、しかも黒髪黒目だったからだ」

犬居が不機嫌な様子で口を挾んだ。

「つか別に、作戦完了までの數か月間だけの潛だ。ガキどもとなじむ必要はない」

「鮫島くんが無能っていってるんじゃないよ。ただいろんな意味で難しい仕事だってねぎらっただけさ」

くどくど言い訳じみた文句を切り捨て、梨太は鮫島の方を見やった。

彼のほうは、しも気を悪くしたようすはなかった。無言のきり、貓を見ていたときとなんら表も変わりない。

鯨が挑発的な笑みで、梨太を見下ろす。正確にはピンクのクジラ型モニターが、梨太の背丈より高く空にあがったのだが。

「年、くじらくんのカメラの方へ近づきなさい」

どうやらこのピンクのはくじらくんというらしい。そのまんますぎる機の、カメラレンズがどこにあるのかよくわからなかったが、何となくクジラの額のあたりに近づいた。

「ふむ。のような面だが、いい目をしている」

「そりゃどーも」

軽くむかつきながらも禮を言っておく。鯨史は髪を掻き上げた。

「それで？　自分ならばなにが出來るというのだ」

「さっき言った鮫島くんの弱點の補完。僕は地元だもん、知り合いも多いし、一年以にはいってきた転校生や業者さんも知ってるよ。僕、みてくれがこんなんだから、ゆるーくヒトと仲良くなるの得意なの。報収集と、なにより僕は『普通じゃない人』がわかる……これって、あなたたちには無理でしょう？」

「そうだな」

鯨は笑った。

「正直、お前が正真正銘『普通』、とは、わたしには思えないのだから。いいだろう。犬居、手錠を解いてやれ。記憶を奪うのはやめておく。

クリバヤシリタ。お前が出來る仕事と、それに見合う報酬を相談しようじゃないか」

「あ、ありがとうございます」

梨太はホウと息をついた。

「……よかった。僕、注は大嫌いなんだよ」

「こんな小賢しいだけのチビ、テロリストどもに見つかったらクビリ殺されて終わりだっつーの」

手錠を解きながら、犬居がブツクサ文句を言う。

雇用に意見があるならそのまま上に進言すればいいのに、梨太に聞こえるようにだけ言うのだから気分が悪い。

「大丈夫だ、リタ」

梨太が文句を言うより早く、鮫島が言った。意地悪を聞かれた犬居が気まずそうにするのは気にとめず、

「俺が守るから」

その口元にかすかにほほえみが浮かんでいるのを見て取って、梨太は自分が舞い上がるのを自覚した。

鮫島の、長から見下ろす切れ長のまなざしには、一般人を凍えさせる冷気がある。ほとんどの者に、第一印象で「怖いヒト」と認識されるだろう。

だがニコリと細めたとき、下向きにまっすぐ揃ったかな睫に気づかされる。下りた漆黒の睫に重なる瞳が、深い蒼を湛えていることにも。

（……海のだ）

梨太は理解した。

き通ったしい海は水面に空を映し、蒼く輝く。その海を、太が屆くぎりぎりの深度まで潛ったによく似ていた。

だからこんなに冷たく、恐ろしく、引き込まれる――

「ではリタ君、詳しい話は出直して」

「あっ、あの、それと、なんですけど！」

鯨が話し始めるのを遮って、すかさず手を挙げる。

「まず最初に確認したいことが！」

「うん？」

「鮫島くんのおっぱ――」

「待て。話はあとにしよう」

遮ったのは鮫島。

梨太をよけて、地面で失神している襲撃者三人の様子を見やる。そういえばすっかり忘れていた。

人気のない路地裏といえ、真っ晝間の商店街すぐそばである。テロリストらが目覚める前に撤退すべきだろう。

さらに忘れていたが、學校では育祭の真最中。梨太たちは學校を抜けてきているのだ。このまま放置していい訳がなかった。

「じゃあ、僕、一回學校戻らないと」

「俺はこいつらを本拠地へ運ぶ」

「鮫島くんも競技あるでしょ？　あと閉會式とか」

「無い。出ない」

きっぱり言って、鮫島は捕虜とする三人のテロリストたちをつまみ上げた。

男三人をひょいっと抱えて、歩き始める。まったくどうということもない所作で。

騎士団の本拠地というのがどこにあるのか知らないが、そこの角の突き當たりということはないだろう。そのままどれだけ歩くつもりなのか――

絶句した梨太に、だいたい似たような表で、犬居がつぶやいた。

「……ラトキアの騎士団が、みんなあんなことできると思うなよ？　ほんと、あのひとがでたらめに強いんだからな」

梨太はうなずき、頼もしすぎる背中を、生溫い視線で見送った。

栗林梨太、高校二年生、十六歳秋の出會いだった。