ダンジョンから帰ってきて、眠ってしまえば明日は學園へ帰る日となる。

夕食を食べ終えると、アイリやアデルそして何故か部屋にやってきたサラが夜更かししようなんてってきて、俺は仕方なく付き合ってやる事にした。

「今日は太が登るまで起きてようね！」

サラは徹夜でもする気なのだろうか。のになった俺にはかなり厳しいのだが、途中で寢ても良いだろうか。

結局、喋りたいだけ喋り盡くしたサラはその場で眠ってしまい、仕方なく俺が寢る予定のベッドに寢せることにした。

殘ったアイリとアデルも眠そうな顔をしているし、充分話しただろうから眠るか。

時計があればきっと日付が変わって1時間程度しか経っていないのだろう。時の流れというのはその時の調、テンションで変わるものだな。

「シンシアちゃん、サラ先生と寢るの狹いでしょ？ 私のベッドに寢る？」

「んん……サラと寢るのが慣れてるから大丈夫」

「ったく、はいいよな。男は男同士寢るとホモ扱いされるんだぜ」

も同士寢たらレズ扱い……されないな。

「確かにそう思う。男は大変だな」

そういいながら部屋の電気を消し、サラと一緒の布団に潛る。

それから眠りにつくのはあっという間だった。

◆◇◆◇◆

深夜。まだ世が明けない真っ暗な時間帯に、ふと俺は目を覚ました。

「……誰だ」

部屋に何かがいる。

どこにいるのか、というのは分からない。しかし確実に部屋の空気が違う。誰か、サラでもアイリでもアデルでもない人が部屋に侵している。

音もせず、真っ暗な部屋で何がいているのだろうか。

まさか……幽霊？ いや、それはない。昨日の夜見たのは足があった。今日は暗いとはいえ何も見えないじゃないか。

……いや、見えないのが幽霊なのか。

恐る恐るベッドから出て部屋の中を歩く。こうして歩いていれば部屋にいる存在が何なのか分かるだろう。

正直分かりたくもないのだが、このまま寢る訳にもいかない。サラ達を起こす訳にもいかないし、一般生徒の悪戯かもしれない。

しばらく部屋の中をウロチョロしていたが、結局その存在を確かめる事はできなかった。

「はぁ……疲れてるのか」

仕方なくベッドに戻る。──その時だった。

──ガシッ

「ひうぅっ！？」

ベッドの下から突然現れた手に足首を摑まれる。

そして俺は恐怖でその場からけなくなり、下を見ることも出來なくなった。

目の前にはサラとアイリが眠っている。そして背後からアデルのイビキが聞こえる為この部屋の者ではない。

「だっ……誰……？」

なんともけない聲を出すと、手の主の聲がした。

「會いにきたよ」

「っ……」

この聲……どこかで……。

ベッドの下に隠れていた何者かが、ゴソゴソと姿を現した。しかし、真っ黒な布を被っていて顔は見えない。

「誰なんだ……？」

その人は、真っ黒な布を白い手で捲って素顔を曬した。

「っ！ クラリスさん……？」

「そう。覚えててくれたのね」

クラリスはこの國に來て初日、観地を案してくれた人だ。

「クラリスさんか……って、なんでこんな時間に……ここに？」

「貴がしいの」

クラリスは優しい笑顔でおかしな事を口にした。

「俺が……しい？」

そのクラリスの雰囲気は、まだ優しくて綺麗なお姉さんのままだ。しかし口に出した言葉に違和をじ、不思議な恐怖をじる。

「シンシアちゃんも、私が良いでしょ？」

「どういう意味だ……？」

質問意味が分からずに聞き返す。

「サラよりも私が保護者の方が良い。そうよね？」

「……待って……よく分からない」

すると突然、クラリスさんの白い手が俺の頬にれた。

「に素直になって。貴は私に何を求める……？」

その時、突然クラリスがここにいる疑問など消え去り、一つのが現れた。

それはまるで、人が食べをするかのように。人が眠りにつくように。人がの役目を果たすかのように。そう考えて當然だと、そう思う程の思考が脳を支配した。

──綺麗なクラリスさんが保護者だったら良いのにな。

──サラよりクラリスさんの方が真面目で優しい。

「……っま、待ってくれ」

そこで俺はなんとか思考を取り戻す。

「なんでクラリスさんがここに？ 會いに來たって……どうしてこの時間に？」

そう聞くと、クラリスさんの顔から突然笑顔が消えた。

「に素直じゃないのね。じゃあまず、私が何なのか説明しましょうか」

クラリスさんが前髪を後ろに振り払うと、突然周りの音が消えて時間が止まったような覚になる。

それと同時に俺は一切のきを封じられた。

「私は魔王軍幹部の１人、強の魔クラリス・ラナ。悪魔と契約をわし、魔王様に忠誠を誓う魔」

「ぁ……っ…………」

クラリスさんの口から、信じたくないような。有り得ない事が次々と言われ、俺の思考は混狀態に陥った。

「改めて聞くわ。シンシアちゃん、神の元から離れて私の娘になってほしいの。良いかしら」

そこで再び、シンシアの中のが思考の波で押し寄せてきた。

クラリスさんが保護者……クラリスさんと一緒に生活……サラよりも…………。

「シンシアちゃん！！」

「っ！」

その時、サラの聲が聞こえて我に帰る。

「……やはりただの神とはいえ時空停止に抗うか」

「クラリスさん！ 私のシンシアちゃんに何しようとしてるんですか！！ 離れてください！！」

サラは俺に見せたことのないような聲で、クラリスさんに怒りを顕にしている。

「邪魔するなら実力行使よ。シンシアちゃんは私の元に來る事を願っているのよ？」

「そっ、そうなんですか？ シンシアちゃん」

「っ……」

違うと言いきれない。確かに俺は、自分の保護者がクラリスさんだったら、なんて願っていた。

「貴はシンシアちゃんのを否定するのですか？」

「だ、駄目だよシンシアちゃん！ この人は魔王軍の魔だよ！」

そうだ……クラリスさんは魔王軍幹部だって……俺にはアイリやアデルがいる。魔王軍なんかについてしまったら……。

サラはこうみえて優しくて、真面目で、誰よりも正義の強い俺の保護者だ。魔王軍なんかが代われる存在じゃない。

「お、俺はお前にはついていかない」

「その答えに悩みが殘っているようだけれど、本當はどうなの？」

「っ……」

「このっ！！ シンシアちゃんに変なことしないでっ！！」

突然、クラリスさんのが部屋の扉の方に吹き飛んだ。そして俺の目の前にはサラが心配そうに俺を見ていた。

「シンシアちゃん！ ダメだよ！ シンシアちゃんは私の娘で、私が保護者だよ！？」

「分かってる……魔王軍にるつもりはない」

離れないようにサラの服を手で摑んで、吹き飛んだクラリスの方へ目を向けると立ち上がろうとしていた。

「くっ……油斷した……」

「っ……」

クラリスの口から赤いが出ており、橫腹を抑えて苦しそうにしている。その姿を見て、思わず俺は助けに行こうとしてしまったがなんとか堪える。

「シンシアちゃんは絶対に渡さないっ！」

俺を守ろうとするサラの橫顔がカッコよくみえる。

「ふふっ……うふふふ……」

「なっ、何」

クラリスは笑いながらゆっくりを起こすと、さっきのダメージが無かったかのように姿勢を戻した。

「私は魔王軍幹部の１人、強の魔クラリス・ラナ。悪魔と契約をわし、魔王様に忠誠を誓う魔……」

「な、何をするつもり……」

クラリスは片手を前に出すと、手の平に紫の魔法陣が2重に重なって現れた。

魔力によって黒いローブが揺れ、白い足が現れる。

「この足……昨日の夜見た……」

俺は昨日の夜に見た白い足の正を、今やっと理解した。クラリスは昨日も來ていたのだ。

クラリスはずっと変わらない雰囲気のまま微笑むと、魔法陣を作り出していた手をグッと握った。

「っ！ まさかっ！！」

「し気付くのが遅かったようね」

その瞬間、俺はサラに押されて吹き飛んだ。

すぐに振り返りサラの方を見ると、サラは天井を突き破る程の巨大なの柱の中で苦しそうな表をしていた。

「サラッ！！」

──バチッッ！！

「あぐっっ！」

サラを助けようとの柱にれた瞬間、れた指先がボロボロになって弾かれた。

「いっ……痛いっ……」

痛みに慣れていないシンシアのは、指先のが削られた痛みに耐えきれずその場で指を抑える。

とんでもない威力のの柱の中にいるサラの服は、ボロボロに破れていき、神のにも傷を負わせ、しずつサラの意識が離れていく。

「痛いっ……痛い゛っ……」

自分よりも痛いはずのサラに構っていられるはずもなく、シンシアはただ自分の指先の痛みにだけ意識が集中していた。

しばらくしての柱が消え、そこには黒く焦げたサラが力無く倒れている。

その橫で苦しむシンシアの元に、クラリスが近づいてきた。

「大丈夫？ すぐに治してあげる」

「い゛っ……痛……ぃ……」

涙や鼻水を流しながら苦しむシンシア。その指先を綺麗なが包み込み、傷はあっという間に消えた。

「もう大丈夫よ」

「ぁ…………」

ゆっくり顔を上げると、そこにはずっと変わらないクラリスさんの優しい笑顔があった。

これまでに経験した事の無い痛み、それはいのには予想以上の痛みで脳に危険信號が送られる。そんな時に救いの手を差しべたクラリス。

「あ゛ぁっ……ありが……とうっ……うぅっ」

「痛かったね。でももう大丈夫だよ」

シンシアはの姿に見合った泣き方で、まるで母親にめてもらう娘のようにクラリスに抱きついた。

いくら魔王軍幹部とはいえ、シンシアは自分が苦しみたくないという思考で支配されているのだ。

「それじゃあ一緒に行きましょう」

「待っ…………て……」

クラリスがシンシアを連れていこうとした時、黒焦げで意識を失っていたサラが聲を出した。

死んでいてもおかしくないその姿。それでも尚シンシアを助ける為に意識を取り戻す神の生命力に、魔王軍幹部のクラリスは思わず目を見開いた。

「……ふっ、その姿で何ができるのですか？」

「シ……ンシアちゃ……から……離れ……ろ…………」

必死にシンシアへ手をばすサラ。その手をクラリスは片手でおかしな方向へと捻じ曲げた。

「あ゛ぁ゛っっ!!!」

焼け焦げた手は、今にも千切れそうな程皮が剝がれている。それでもサラの意識が途切れることは無かった。

「うふふふ……その素直な、素敵だわ。シンシアちゃんを取り戻しに來るのを楽しみに待っているわね」

「シン……シ……」

流石の神でもついに意識を失った。

シンシアは、1日の疲れと泣きじゃくった疲れが合わさり。クラリスのでスヤスヤと眠っている。

「ふふふ、可い……」

クラリスの綺麗な笑い聲を最後に、2人はその部屋から姿を消した。

殘ったのは黒く焦げたサラと、の空いた天井。クラリスの能力によって止められていた時間が、今やっとき出した。

「ぐがぁ〜〜〜！」

「…………」

アイリとアデルは、この一瞬の間に悲劇が起きていた事など知らず。気持ちよさそうに眠り続ける。