《ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】》4-029.迫りくる黒い影
ソラリスは盜賊を生業としていた。だが盜賊といっても、盜みばかりという訳ではない。モンスター狩りのパーティに同行して、倒したモンスターの牙や鱗などの売れるものを素早く品定めしたり、鍵のついた寶箱を開けたりする。ベテランの盜賊ともなると、富な経験から迷宮や、ターゲットとするモンスターの出やすい場所などへ道案する仕事もするらしい。
ともすれば、盜賊は、すばしっこく逃げ回ったり、隠れたりするイメージを持たれがちなのだが、その実力は非常に高い。盜賊は、剣士や魔法使いといった職業ジョブを経験してから転職クラスチェンジするのが普通で、素人では務まらないのだそうだ。ソラリスも盜賊になる前は剣士をやっていたという。
「昔の話さ」
ソラリスは、遠い昔話を語るかのように言った。一彼はどれくらいの経験を積んでいるのだろう。ヒロには、同い年くらいにしか見えないソラリスの橫顔をまじまじと見つめた。
「何だい。あたいの顔に何かついてるかい?」
「い、いや、何でもない」
ヒロはし肩を竦めてみせた。街道はいつしか上り坂になり、周りには木々が生い茂る。ヒロはセフィーリアと出會った時の林道にし似ているなと思った。背中に背負ったリムが重い。もうかれこれ二時間はリムを背負ってる。
「ここをを越えればウオバルが見えるぜ」
ソラリスが振り向いてヒロを勵ます。
「その報は有り難いんだが……。ちょっと休ませてくれないか。背中が重くてね」
とうとうヒロもギブアップする。息が上がっていた。
「けない奴だな。これっぽっちでよ。仕様しょうがねぇな。あそこまでいけるか?」
ソラリスが顎をしゃくってし前を示す。始めてセフィーリアと會った時と同じ周囲を木で囲った小屋があった。
お前と一緒にしないでくれ、こっちは荷を背負ってるんだ、とは口にしなかったが、ヒロはほっとした表で、小屋までリムを背負っていく。
小屋も作りは前の時と同じく三方を板で囲って、屋を乗せただけの簡単なものだった。しかし、前のそれと違うのは丸太の椅子の代わりに一枚板を渡したベンチになっていた事だ。一枚板は切り出してそれほど日が立っていないのか表面は白っぽい。ヒロは背中のリムをそっと降ろしてベンチに寢かした。リムはぐっすりと寢ていて、しも起きる様子はない。ベンチからは、アロマでも焚いたかような甘い匂いが僅かにしていた。何の木を使っているのだろう。香木なのだろうか。
ヒロは寢かせたリムの隣に腰掛けた。ソラリスはベンチに座らず立ったまま、腰の水筒を手にとり、ごくごくと飲むと、その水筒をヒロに渡した。ヒロはまたあの胡椒りの葡萄酒じゃないかと警戒して水筒の口に鼻を近づけて匂いを嗅いだ。特に葡萄の香りも胡椒の刺激臭もしない。
「別に何もっちゃいないよ」
ソラリスが口を挾む。それでもヒロは恐る恐る一口だけ飲んでみる。
――水だ。
水筒の中は只の水だった。ヒロはアラニス酒場の店主アルバが水は腹を壊すと言っていたのを思い出した。四半日くらいの旅程だと問題ないのだろうか。ヒロはもう一口含んだ。
「エマの井戸水だ。全部飲んじまいなよ。ここからウオバルまですぐだ。心配ならこの裏の小川から汲んでくりゃいい」
ソラリスの言葉にヒロは、ふと気になることを訊ねてみた。
「そういえば、ここにくる前にも似た小屋があった。そこも裏に小川があってね。ちょっと様子を見ようとしたら、落としに落っこちた。リムも同じさ。俺達は其処で出會ったんだ」
「ぷっ……。ふぁはははははっ」
ヒロの言葉にソラリスは、腹を抱え、涙を流さんばかりに笑いだした。
「お前ヒロ……ぷっ。馬鹿、か。休み小屋の裏に落としがあるなんて……常識だろ。知らなかったのかい」
ソラリスはまだ笑っている。そんな常識なんて知るもんか。ヒロはちょっと膨れてみせた。
「こっちには不案だといったろ。ソラリス。あんなのが、あっちにもこっちにもあるのか?」
「ヒロ、落としあれはな。水を飲みに來たモンスターを生け捕りにするためのもんだ。近くに川がある処とこの小屋には大抵ある。選りに選って、あんなとこに落ちたのかい。間抜けだねぇ」
――生け捕り用の落とし。
道理で橫や抜けがある訳だ。きっとあれは生け捕りした獲を運び出し易いように用意しているものに違いない。
「知らなきゃ仕方しかたがないだろ」
「あぁ? 地べたに赤い石があったろ、赤い石に沿って歩けばよかったんだ。お前それも……」
「知る訳ないだろ。赤い石があることには気づいていたが、踏んじゃいけないと避けて歩いたらドボン、だ。まったく大変な目に遭ったよ」
「あははは、そいつは愁傷さまだったな。ヒロ、次は気をつける事だな」
「あぁ、そうさせて貰……」
ソラリスが手を上げて、ヒロの言葉を途中で制した。
「ちっ。拙いことになったね」
ソラリスがを半回転させてヒロに背を向け、後ろ手に腰のナイフの柄を握る。ソラリスの広い背中の向こうに、黒い五つの影があるのがヒロにも見えた。
【書籍化・コミカライズ】誰にも愛されなかった醜穢令嬢が幸せになるまで〜嫁ぎ先は暴虐公爵と聞いていたのですが、実は優しく誠実なお方で気がつくと溺愛されていました〜【二章完】
『醜穢令嬢』『傍若無人の人でなし』『ハグル家の疫病神』『骨』──それらは、伯爵家の娘であるアメリアへの蔑稱だ。 その名の通り、アメリアの容姿は目を覆うものがあった。 骨まで見えそうなほど痩せ細った體軀に、不健康な肌色、ドレスは薄汚れている。 義母と腹違いの妹に虐げられ、食事もロクに與えられず、離れに隔離され続けたためだ。 陞爵を目指すハグル家にとって、侍女との不貞によって生まれたアメリアはお荷物でしかなかった。 誰からも愛されず必要とされず、あとは朽ち果てるだけの日々。 今日も一日一回の貧相な食事の足しになればと、庭園の雑草を採取していたある日、アメリアに婚約の話が舞い込む。 お相手は、社交會で『暴虐公爵』と悪名高いローガン公爵。 「この結婚に愛はない」と、當初はドライに接してくるローガンだったが……。 「なんだそのボロボロのドレスは。この金で新しいドレスを買え」「なぜ一食しか食べようとしない。しっかりと三食摂れ」 蓋を開けてみれば、ローガンはちょっぴり口は悪いものの根は優しく誠実な貴公子だった。 幸薄くも健気で前向きなアメリアを、ローガンは無自覚に溺愛していく。 そんな中ローガンは、絶望的な人生の中で培ったアメリアの”ある能力”にも気づき……。 「ハグル家はこんな逸材を押し込めていたのか……國家レベルの損失だ……」「あの……旦那様?」 一方アメリアがいなくなった実家では、ひたひたと崩壊の足音が近づいていて──。 これは、愛されなかった令嬢がちょっぴり言葉はきついけれど優しい公爵に不器用ながらも溺愛され、無自覚に持っていた能力を認められ、幸せになっていく話。 ※書籍化・コミカライズ決定致しました。皆様本當にありがとうございます。 ※ほっこり度&糖分度高めですが、ざまぁ要素もあります。 ※カクヨム、アルファポリス、ノベルアップにも掲載中。 6/3 第一章完結しました。 6/3-6/4日間総合1位 6/3- 6/12 週間総合1位 6/20-7/8 月間総合1位
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