《ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】》6-040.盜賊から取るたぁ、良い度じゃねぇか
冒険者ギルドを出たヒロ、ソラリス、リムの三人は、一旦虹の広場に出ようと足を向ける。その時、ソラリスの脇を一人の老人がスルリと追い抜いていった。刺繍りの黒マントに先の尖った帽子を被っている。先程冒険者ギルドで、代理人エルテとやりとりしていた時に、向かいに座っていた老人だ。大で早足のソラリスを追い抜くとは、見かけに寄らず凄い腳力だ。
「おい、待て。爺ぃジジイ!」
突然、ソラリスが老人を呼び止めた。
「盜賊シーフから取るたぁ、良い度じゃねぇか」
ソラリスが老人を睨みつけた。どうやったのか分からないが、金貨のった袋を袋ごと抜き取ったらしい。逃げようものなら容赦しないとソラリスの瞳が語っていた。
老人は立ち止まって振り向くと、視線をこちらに向けた。三角帽の下から覗く眼は全てを抜くかのように鋭く、威圧さえ漂わせている。飄々とした外見には一分の隙もなく、あらゆる事態に対応できる準備が出來ていることが見て取れた。さっきテーブルで向かい合っていたときは、否、今でも彼の風貌は魔法使いにしか見えないのだが、その小柄なから立ち上るオーラは剣豪のそれと遜ない。そう誤解させるだけの雰囲気を老人はに纏っていた。
ソラリスも、老人が只者ではないことをじ取ったのだろう。右手を後ろに回し、腰のホルスターに収めたナイフの柄を握った。
「待て、ソラリス。この爺さん、俺達に話があるようだ」
ヒロがソラリスを止め、老人に向かって靜かに語りかけた。
「訳を聞かせて貰えないか?」
ヒロの問いに、老人はまるでレーザー照準のような鋭い眼をヒロに向けた。しばしヒロの瞳を見つめる。ヒロは、老人の視線に自分の意識の奧底を覗かれているかのような覚を覚えた。
「……ほほう。しは自制心があるようじゃ。ついて參れ」
老人はそう言うと、を翻してヒロ達の前をスタスタと歩き始めた。一瞬考えた後、ヒロは老人について行くことにした。ソラリスの金貨のこともある。老人について行く事にリスクがないわけでもなかったが、攻撃するなら、ソラリスを追い越すときに致命の一撃を與えることもできた筈だ。ヒロは、老人にこちらを攻撃してくる意思は低いと判斷した。
ヒロは、ソラリスとリムに目線で合図を送った。ソラリスはリムの顔をみた後、やれやれといった表を見せたが、ヒロに従った。
ヒロ達三人は老人に従って、ウオバルの街の裏門を出て北に向かった。もっとも、北というのはヒロの覚で、太の位置からそう思っただけだったのだが、ソラリスに尋ねたら、やはり北だと答えた。このまま進めば、『深淵の杜』にるという。
「なぜ、あの爺じじぃに話があると思ったんだ?」
ソラリスがヒロの橫に來て、前を向いたままヒロに問いかけた。ソラリスの橫顔には不満の文字がへばりついていた。まぁそうだろうなとヒロは同意を示してから説明する。
「君の金貨を全部袋ごと獲ったからさ。ソラリス、君から金貨を掠めることが出來る程のスキルを持っているのなら、他の人から一枚ずつ抜き取るくらいにしておいた方がずっと気づかれない筈さ。だけど、あの爺さんは、そうせずに君から全部抜いた。盜賊の君からだ。これは気づいてくれということだよ。なぜそうしたのかは分からないけどね」
「ふん。どうせ碌でもねぇ話だろうよ。下らねぇ話だったら爺ぃをぶっ飛ばす。今度は止めるなよ、ヒロ」
ソラリスが念を押したが、ヒロはソラリスに目を向けただけで何も答えなかった。前を歩く老人が何処に連れていくのか分からないが、自ら先導して案するくらいだ。何らかの目的があるに違いない。反撃するのはそれを見極めてからでも遅くない。ヒロは咄嗟の出來事にも対応できるように心積もりをしていた。ヒロから後ろにつくように言われたリムは、を固くしながらも言われたとおりヒロの真後ろにピタリと寄り添うように続いている。
かれこれ一時間程歩いた頃だろうか。老人に導かれたヒロ達は鬱蔥と茂る杜の中に足を踏みれた。
「深淵の杜だぜ」
ソラリスがヒロの背中に聲を掛ける。
背の高い木々の枝と葉で日のは遮られ、地面の所々に影を落としている。地面もその殆どが草で覆われているが、人が何人も並んで通れるくらい広い路は土がむき出しだ。ヒロ達は老人に続いてその路を歩いていく。路の土は若干っていて、一歩踏み出す度に、ブーツの爪先がほんのし沈み込む。杜の外とは打って変わった雰囲気に、ヒロの張は高まった。
と、足下を見ていたヒロは、路に馬のひずめのような足跡に轍の跡も殘っていることに気づいた。
――馬車?
冒険者ギルドで付嬢をしていたラルルは、『深淵の杜』には強力なモンスターが出るから、用が無い限り近づかない方がいいと言っていた。それなのに馬車が通った跡がある。それらの跡は出來たばかりであるかのようにらかな土を深く抉っていた。ついさっきにもこの路通ったようだ。仮に冒険者がモンスター狩りにきたのだとしても、馬車を使ったりするのだろうか。ヒロはちょっとした違和を覚えた。
「おい、爺さん。何処まで行くんだ。ここは……」
ヒロが先頭をいく老人に聲を掛けた。老人はヒロの聲が屆かなかったのか、それとも無視したのか、振り向きもせずどんどん路を進む。
ヒロは老人の後ろ姿から視線を外さないまま、リムに念話テレパシーで問いかけた。
(リム、あの爺さんから何かじるか?)
(いいえ、特に邪悪なじはしません。というか空気のようで捉えどころがありません。不思議なじです)
(何も考えてないってことか?)
(……分かりません)
念話テレパシーでもリムが困している様子がヒロに伝わってくる。もしかしたら、罠に掛かってしまったのかもしれない。ヒロの心の中に微かな不安が忍び寄る。
(リム、この間みたいに、霊の力でこの先の様子を探ることは出來るかい?)
(え~、えと。聲に出して詠唱しなければなりませんけど、よろしいのですか、ヒロ様)
ヒロは、アラニスからエマに向かう途中、リムに風の霊の力を借りて行く先の様子を探って貰ったことを思い出していた。それと同じ事が出來ないかと思ったのだが、聲に出して詠唱しようものなら、忽ち老人に気づかれてしまう。やはり危険だ。
(そうか。じゃあ駄目だ。もし、何かあったら、俺やソラリスに構わず逃げろよ)
(そんな事出來ません!)
リムが間髪れず反論する。ヒロがリムを悟そうとした時、急に視界が開けた。
「ここじゃよ」
ヒロ達に振り向いた老人が靜かに告げた。
◇◇◇
そこは杜の中の空き地だった。ざっと見ただけでも、小學校のグラウンドくらいの広さがある。周囲は樹木に囲まれているが、この空間だけぽっかりと空き、のが直接差し込んでくる。地面は芝生と踝くるぶしくらいの丈の雑草で覆われていた。その端に一軒の小屋があった。
「ついてまいれ」
老人はそれだけ言うと、またヒロ達を先導して歩き出した。杜と空き地の境界を踏み越えると空気が変わった。じめじめした杜の空気が、からりとした。心なしか気溫も上がったような気がしたが、直日をけているせいかもしれない。
老人は小屋の前までくると、立ち止まる。小屋は平屋建ての煉瓦作りで、ちょっとした公民館くらいの大きさがある。杜の中の建にしては大分違和があった。壁は赤茶の煉瓦で隙間なくびっしりと組み上げられ、窓の部分だけ空いている。窓の上辺には、窓の大きさに合わせた木の板がひさしのように被さり、窓の桟の下からの突っかえ棒で支えられている。小屋の大きさと窓の數からみて、部屋が複數あることは間違いない。一、何人住めるのだろう。だが、屋から聳える煙突が一つしかないことからみて、炊事場は一つしかないと思われた。だとすると、余程大きな竃かまどでもない限り、大人數の食事を用意するのは難しいだろう。だが、人の気配はなかった。
老人は、小屋の正面中央にある扉の前で立ち止まる。よく見ると、その扉には取っ手らしきものが一切無かった。果たして扉なのだろうかとヒロが訝っていると、老人が小さく何かの呪文を呟いた。
――ギギィ。
扉の中央に縦線がったかと思うと、手もれていないのに、扉が観音開きに開いた。
――やっぱり魔法使いだ。この爺さん。
ヒロは思わず、振り返ってソラリスとリムを見たが、こういう景は見慣れているのか、多張の面持ちを見せてはいたが、當たり前といった風だ。
老人は首を回して橫目でヒロ達を見ると、中にるよう促した。
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