次の瞬間、し音波が和らいだ。いや正確には音波の方向が変わったというべきか。ヒロ達を直撃していた魔の音波はその矛先を反らし、ヒロ達の背後の杜を襲っていた。木々の天辺あたりが、暴風にでもあったかのように木の葉が千切れ飛び、枝がボキボキと折れていく。

モルディアスは杖を両手に持ち換え、前方に差し出すようにしてみじろぎ一つしない。何か集中しているようだ。

魔は口を閉じた。途端に殺人的な音が消える。

（止まった……）

ヒロは思わず片膝をついた。頭がクラクラする。手の先が痺れて力がらない。ソラリスは落とした自分の短刀を探しているが、足元がフラフラで覚束ない。暫くは攻撃なんて無理であろうことは直ぐに見て取れた。

魔はのそりと六つの足を前に出して、こちらに近づこうとしていた。モルディアスは相変わらずかない。突然、ピシリと高い音がしたかと思うと、モルディアスの杖に填めこまれた石が砕け散った。

「――いかん！！」

モルディアスの聲とほぼ同時に、魔を囲む半明の壁が消失した。

◇◇◇

魔は、ズシン、ズシンと數歩前に出ると、首を大きく反らした。次いで頭をヒロ達に向ける。紅い目がヒロ達をギロリと睨む。

――また、音波攻撃をしてくるのか！？

正直二回目をけて立っていられる自信はヒロにはなかった。反撃しようにも、ヒロは魔法を使いこなしている訳ではない。しかも、唯一使ったことがあるのが炎魔法だ。だが、炎魔法が効かないことは先程のモルディアスの炎魔法を喰らってもピンピンしていることで証明済みだ。そんな相手にどうやって……。

「ヒロ、時間がない。魔法で牽制してくれ。魔こいつはあたいが……」

両手で自分の頬を叩はたいて気合いをれたソラリスがヒロにいう。短刀を拾い直してホルスターに収めた。

「待て、ソラリス！　無茶だ」

ヒロの制止も聞かず、ソラリスが魔に突進する。

（ちっ！）

ヒロは炎粒フレイ・ウムを発させ、魔の頭を狙って放つ。一つ、二つ、三つ。ソラリスが何をやるつもりかは分からなかったが、魔の注意を炎粒フレイ・ウムに逸らさなければ……。

炎粒フレイ・ウムを幾弾も投げつけながらヒロは、モルディアスの様子を伺った。モルディアスは片膝をつく形でしゃがみ込み、右手を顔の正面にやって、中指を薬指の上に被せるように乗せた。呪文を唱えているが、杖が壊された影響だろうか、その詠唱は終わる気配を見せない。これは時間が掛かる。直観でそう悟ったヒロは息を詰めて、ソラリスの行方を追った。

ソラリスは最短距離で魔に向かっていた。ソラリスは剣士ではなく、盜賊のスピードで疾走する。

魔の音波攻撃とて、至近距離だと死角が出來る。懐にってから攻撃を仕掛けるというアイデアは悪くない。だが、モルディアスの炎をも退けた魔の外皮に刃が立つのか？

（どうする積りだ）

ヒロは尚も牽制の魔法を放ち続ける。もうしでソラリスが魔の懐にる。こうなったら、ソラリスを信じるしかない。ヒロは祈った。

が、突然、ソラリスはスピードを落として止まった。まだ魔の死角にっていない。あと十歩もいけば懐にれるのに……。ヒロは思わず、牽制の炎粒フレイ・ウムを止めてしまった。

魔は首を回してソラリスを睨みつけると、大口を開けた。あの至近距離で魔の音波をけたら一溜りもない。

「ソラリス！　逃げろ！」

ヒロの言葉が合図であるかのように、ソラリスはマントの中からナイフを取り出した。指の又に刃を挾んでいた。片手に三本。両手で六本。

ソラリスは目にも止まらぬ疾さで、両手のナイフを投げた。右手の三本は爛々とる両の紅目を捉え、左手の三本は牙をむき出しにした大口に吸い込まれていく。六本のナイフは魔の目を抉り、の奧に突き刺さった。

――ギシェアアアアアアアァァァァ。

魔の悲鳴が杜の緑を振るわせる。頭を上下左右に千切れんばかりに振った。やった。ダメージだ。致命傷ではないにしても、刃が通る場所がある。炎をけ付けない外皮ではなく、目と口の中だ。攻撃のポイントはそこだ。

魔はを丸め、背中のを天に向かって発した。ソラリスに狙いをつけてのものではなかったが、尋常ではない數だ。魔の上の空がの茶に染まる。數百、いや數千本の兇が一気に放たれたのだ。魔の鋼・鉄・のは上空高く舞い上がり、一旦停止してから、自由落下を始めた。

無數の槍の雨がソラリスを襲う。至近距離にいたソラリスには避けるための時間も場所もない。

「ソラリス――――――！」

ヒロのびが杜に響いた。

ソラリスは、天を仰いだままその場をかなかった。ソラリスが一瞬にやりと笑ったようにヒロには見えた。