――ドス、ドス、ドス！

魔のが地面に突き刺さる。一瞬目を瞑ったヒロだったが、地面を抉る音以外に聞こえるものがない。目を開けたヒロの視界に真っ先に跳びこんできたのは、不敵な笑みを浮かべたソラリスだった。

ソラリスは、雨あられと降り注ぐ鉄のを、目にも止まらぬスピードで次々と避けていく。先程、魔に突進していった時とは比較にならない。腳に羽でもついているのかと錯覚する程の疾さだ。およそ人間が出せるような速度ではない。オリンピックの百メートル金メダリストとて、軽く置き去りにするだろう。いや馬でも追いつけまい。超速のきだ。

ソラリスは、墓標のように突き刺さった魔のを背に危険地帯を突破して戻ってくる。特に傷ついている様子には見えない。

ヒロの所に辿り著いたソラリスがヒロに攻撃のバトンを渡す。次の瞬間どうと倒れ込む。

「ソラリス！」

ソラリスは四つん這いの姿勢で酸素を求めて荒い呼吸を繰り返している。彼の広い背が呼吸に合わせて波打つ。それでもソラリスはヒロのびに右手の親指を立てた。

「ちょっと、疲れた、だけだ。つ、ぎはお前の番だ……。頼む、ぜ……」

ソラリスの左手の二の腕から鮮が滴り落ちていた。やはり、無傷ではなかったのだ。

ソラリスの言葉に大きく頷くと、ヒロは二十回目の炎粒フレイ・ウムを発させる。炎魔法であっても刃の通った目か、口の中であれば……。ソラリスがを呈して探してくれた弱點だ。ヒロは右手を天に掲げた。炎の球がどんどん大きくなる。ヒロは炎粒フレイ・ウムを限界まで大きくしようとしていた。

――喰らえぇぇ！

ヒロがの丈の五倍以上の大きさにまで拡大した炎粒フレイ・ウムを魔に向かって投げつける。メラメラと燃えさかる炎球が魔に直進していく。既にそれは粒・などとは到底呼べないほどのサイズと威力があった。

――ビュュィイイ……イイイイイ……イイイイイイイイイ。

に迫る危険を察知したのか、魔は再び破壊の音波を発した。ソラリスのナイフで目を潰され、にもダメージを負っているからなのだろう、音波攻撃は出鱈目の方向を向いていた。音圧も耳を塞がなくても耐えられる程度だ。おそらく威力も先程のものより數段落ちているだろう。

ヒロの炎の球は魔を飲み込まんとしていた。魔は無茶苦茶に首を振ってはいるが、口は開けたままだ。首の可域全てを覆うサイズの炎球をぶつけてやれば、目か口の中にダメージが及ぶ筈だ。ヒロが炎粒フレイ・ウムをギリギリまで大きくしたのはその為だ。

（これで終わってくれ――）

ヒロの思いはその場にいた全ての者の思いでもあっただろう。だが、魔はまだ力を殘していた。

魔が頭を振って、ヒロの魔法による大炎球を正面に捉える。その口から発した音波が炎球と正面からぶつかった。

――バシュッツッツ。

大炎球はぐにゃりと圧し潰され、ドーナツ狀にが空いたかと思うと散り散りになって消えた。

音波は空気の振だ。いくら魔法とはいえ、炎である限りは空気中の酸素を介にして燃える。その酸素の供給が音波による振で妨げられれば、それ以上燃えることはできない。魔は音波でヒロの炎球を吹き消したのだ。

（何だと！）

ヒロには、なぜ自分の炎球が消されてしまったのかは分からなかったが、魔が発する音波が関係しているに違いないと思った。炎球が命中する直前に魔が出していたのはそれくらいしかなかったからだ。

炎を吹き消した魔は口を閉じている。無論、音波攻撃も止んでいるが、また暫くすれば、音波攻撃してくるだろう。もはや炎魔法は通用しない。

ソラリスはヒロの隣で、怪我をした腕を押さえ、苦々しい顔をしている。その顔は自分の腕の痛みの所為せいなのか、炎魔法が通用しない事実に対してのものなのかヒロには分からなかった。だが今はそんな詮索をしている時ではない。

（どうすればいい？）

焦りだけが募る。

突然、四方八方に振っていた魔の頭がヒロを向いたかと思うとピタリとかなくなった。正確にいえば何かに固定されたかの如く、かそうにもかせないでいる狀態だ。ヒロははっとしてモルディアスの方を見やった。

モルディアスは両手の中指を隣の薬指の上に乗せた狀態で腕をばしていた。もう詠唱はしていない。否、終わっていた。

「ヒロ！！　炎魔法ではない。魔法を使うのじゃ！」

モルディアスが振り向きもせずヒロにアドバイスを送る。モルディアスの両腕に力がっていることが遠目からでもはっきりと分かる。まるで見えない何かを押さえつけているかのようだ。

「儂が魔あやつの頭を固定している間に、の矢で口を貫け。それしかない」

「魔法なんて、俺が使えるわけ……」

「イメージするのじゃ。想いの中では炎もも同じ。お主が『廻の指』を持つに相応しい者か証明してみせよ！」

「そんな事……」

ヒロは出來る訳ないと言いかけて言葉を飲み込んだ。何もしなければ何も起こらない。出來るか出來ないかはやってみて始めて分かることだ。

――だが、魔法って一何だ？

ヒロがイメージするで攻撃するものと言えば、漫畫やＳＦ映畫に出てくる線銃レイ・ガンだ。無論この世界の住人のモルディアスは、線銃レイ・ガンなんて知らないだろう。

モルディアスは、の矢で口を貫けと言った。だが矢をるには弓が要る。弓も矢もイメージので作れというのか。

要はあの魔の口を貫けばよいのだ。で炎粒フレイ・ウムを作り、鏃の様に尖らせておいて、魔にぶつけることなら出來るかもしれない。

――よし。

ヒロは左手の掌を上にして腕をばし、その上に右手の掌を重ねた。目を閉じて、重ねた両手の先に・の・鏃・があるイメージをする。

――フォン。

手の先に微かに音がしたかと思うと、ゴルフボール大の球が現れた。球を出現させる所までは炎粒フレイ・ウムと変わらなかった。炎なのかなのかの違いだけだ。此処まではいい。だが――。

ヒロは目の前の球を鏃になるようイメージする。球は上下にし潰れて、ラグビーボールのような形になった。もうしだ。

そうヒロが思った瞬間、の球は膨張し、パチンと弾けて霧散した。

――！

雑念がったのが駄目だったのか。ヒロはもう一度やり直した。の球を鏃へと変化させる。が、上手くいかない。やはり弾けて消える。

「ヒ、ロ、何やって……んだ。魔やつが……口を開ける……ぜ」

ソラリスが半を起こしてヒロに警告する。ヒロの視界に、ばした両腕の延長線上に魔の姿が映る。魔は固定された頭を振り解こうともがいている。魔法で魔のきを封じているモルディアスの両手が震えている、力がった肩が上下に大きく揺れる。魔の頭を固定出來る時間はそう長くは殘されていないだろう。

（くそっ！）

ヒロはもう一度やり直す。三度目のトライだ。今度は球をつくるのではなく、最初から鏃をイメージする。針先程の小さなが指先に出現する。ヒロはそれを大きくしようと意識を集中させる。が、はわずかに揺らいだだけで何の変化も見せない。

「ヒロ……來る……ぞ！」

 ソラリスが警告した。