――！？

ソラリスの聲にヒロが前方の彼方を見やると、魔が口を開けていた。その奧にソラリスの放った投げナイフが見えた。ナイフがきらりとのを反する。それはあたかも、死刑執行人が、自らの仕事を全うせんと抜きはなった刃の如く、これから起こることを予告していた。

――時間がない。もう間に合わない。

それでもヒロは、再度指先のを鏃やじりにしようと試みる。だがヒロのイメージとは裏腹には揺らめくばかりで鏃やじりになってくれない。

ギリっと奧歯から歯ぎしりの音がする。魔法攻撃を止めて皆で逃げるべきか。しかし魔の音波攻撃範囲が広いことは先程の攻撃で証明済みだ。この空き地程度では逃げ場はない。

ヒロは進退窮まった。その時――。

（――ヒロ様！）

ヒロの心に直接聲が響く。念話テレパシーだ。

（リム！）

ヒロが思わず後ろを振り返る。リムがヒロの後ろで目を閉じて神を集中させていた。小屋の中に隠れていた筈じゃなかったのか。ヒロの心配を余所にリムがヒロの心に呼びかける。

（ヒロ様。私がサポートします。心に強くイメージしてください。私が増幅します）

（そんな事が……）

（迷っている時間は有りません。早く！）

（――よし）

ヒロは再び構え直し、の鏃をイメージする。ヒロのイメージにリムがダイレクトアクセスする。ヒロのイメージにリムがイメージを重ねた。ヒロが頭に描いたイメージが増幅され、どんどん強固になっていくのがはっきりと分かった。

ヒロの指先のが輝きを増す。そのはやがて鏃へと姿を変えた。

（ヒロ様、弓を構えた姿勢を取って、イメージで弦を引いてください。それでの矢になります）

端的なリムのアドバイスだ。

突然、魔が頭を振った。同時にモルディアスが片膝をつく。魔を押さえつけていた魔法が解けたのだ。自由になった魔はその口をヒロに向けた。

ヒロは重ねた両手から右手だけを引いて半になる。弓を引く要領だ。右手のきに合わせて、の帯が鏃からびた。ヒロは魔の口にねらいを定め、一気に引き絞る。

「いっけぇぇぇぇ！」

ヒロはの矢を放った。の矢は通常の矢を遙かに超えるスピードで一直線に魔に向かう。魔は音波の咆哮で迎え撃つ。

――――キィィィィィィイイイイイイン！

鼓が破れたかと思う程の質の大音響が深淵の杜を震わせる。魔の音波攻撃だった。だがそれは、それ一回きりだった。

音波に思わず顔を背けていたヒロが魔に顔を向ける。

ヒロの放ったの矢は、魔の音波を突き抜け、そのまま魔の口腔奧深くを貫く。

魔はしばらくかなかったが、紅くる目玉でぎょろりとヒロ達を睨むと、そのまま倒れ伏した。

「やった……のか……」

ヒロの呟きにモルディアスが頷いてみせる。ヒロは自分のの力が一気に抜けていくのが分かった。ペタンと餅をつき、そのまま地面を背に倒れ込む。

「ヒロ様！」

リムが駆け寄ってくる。ヒロの傍にしゃがみ込んで手をかざそうとしたが、ヒロはその手を制した。

「俺は大丈夫だ。それよりソラリスを……」

ヒロは上半だけ起こして、モルディアスと視線を合わせた。モルディアスは穏やかな表に戻っていた。

「魔は……」

モルディアスは、先端が砕けた杖で、後方を指し示す。魔の巨はサラサラと崩れ、灰へと変わっていく。モルディアスの風貌かおがこれ以上は何もないと告げていた。

「そうか。助かったんだな……」

そう言ったヒロの視界に影が落ちた。マントを羽織ったが立っていた。紅い瞳でヒロを見つめている。ソラリスだ。

「大丈夫か？　ヒロ」

ソラリスは笑みを浮かべて、ヒロを助け起こそうと右手を差し出した。が、その掌に自分の乾いたがべっとりとついていることに気づいてはっとした表を浮かべる。

「なんとかね」

ヒロはソラリスが引っ込めようとした右手をがっちりと握る。

ソラリスがヒロを引っ張り起こすと、リムが駆け寄ってヒロの腰にしがみついた。

「ヒロ様、ずっと一緒ですよ」

ヒロはリムの頭をそっとでた。彼の潤んだ金の瞳にずっと一緒だ、と答えた。