ロッケンの魔法が全く通用しない。まさかこれほどとは。スティール・メイデンの三人に焦りのが浮かぶ。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルは、靜かに右手を上げて呪文を唱えた。黒の不可ブラック・アンタッチャブルを守っていた風のスクリーンが速度を落とす。咄嗟にスティール・メイデンは各々防の姿勢を取るが、特に何も起きる様子はない。だが、ロッケンだけは異変をじ取っていた。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルがゆっくりと右手を振り下ろす。指先から青い球が飛び出した。ロッケンの「魔法弾マジック・ミサイル」を撃ち落とした魔法、「迎撃琉スタンダード・ミサイル・ブロック」にし似ているが、サイズはもう一回り大きい。だがその合いといい、輝きといい、魔法だと知らなければ寶珠か何かと見間違える程だ。その球のきはゆっくりとしたものだったが、確実にミカキーノに向かっていた。

「ミカキーノ！」

ロッケンが珍しくんだ。魔法弾マジック・ミサイルの呪文を唱え迎撃しようとするが、何故かその発は遅く、杖の先のオレンジの球は、先程のものと比べても酷く小さなものだった。

ロッケンが必死の形相で杖を振る。小さな魔法弾マジック・ミサイルは、杖を離れ、黒の不可ブラック・アンタッチャブルの青い球と衝突した。だが、ロッケンの魔法弾マジック・ミサイルは、易々と砕かれ、散り散りになって消滅した。

青い球はそのままミカキーノに向かうと思われたが、黒の不可ブラック・アンタッチャブルは、振り下ろした右手を顔の辺りまで持ちあげ、パチンを指を鳴らす。それを合図に青球は霧散して消えた。

「なんだぁ？」

ミカキーノが訝し気な表を浮かべる。先程の大魔法同士のぶつかり合いと比べると、やけにし・ょ・ぼ・い・応酬だ。何か罠でもあるのか。ミカキーノは手にした大剣を正眼に構え直した。

「……ミカキーノミーノ」

ロッケンがミカキーノに顔を向け、彼を・稱・で呼んだ。戦闘中にそう呼んだのは初めてだった。このとき、ロッケンの瞳に浮かんだ覚悟をミカキーノは見落としていた。

ロッケンは杖を掲げ天を指した。頭上の空気が僅かに揺らぎ、ゆっくりと渦を巻かんとしていた。先程小悪鬼ゴブリンどもを一気に片づけた雷魔法だ。だが、今度は発までにも至らなかった。渦は雲にはならずその速度を落とし、拡散して消えた。先程まで、鮮やかに空を染めていた夕焼けは、まるで紫のでも被せたかのような濁ったになっていた。

ロッケンの杖が小刻みに震える。息が荒い。彼の顔は苦痛にゆがみ、額に脂汗が滲んだ。様子がおかしい。

やがてロッケンは片膝をつき、頭を押さえてうずくまる。手から離れた杖が地面を軽くノックしてカランと乾いた音を鳴らした。ロッケンはそのまま倒れ込みかなくなった。

「手前てめぇ、何しやがった！」

ミカキーノがぶ。正眼に構えた切っ先が僅かに震えている。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルは、ミカキーノの問いに答えるどころか反応すらしない。ただ其処に立っているだけだ。それが一層の不気味さを漂わせる。

ミカキーノは倒れたロッケンに一瞥を呉れると、顔を上げてぶ。

「ハーバー。予定変更だ。黒の不可こいつはぶっ殺す！」

「ミカキーノ、それは……」

「関係ぇねぇ」

ハーバーの反駁をミカキーノは切って捨てた。ロッケンを倒されたことへの復讐なのかその瞳は怒りに染まっていた。

ミカキーノは剣を再び左脇に流すとそのまま黒の不可ブラック・アンタッチャブルに踏み込んだ。それを合図にハーバーも大きく枝からジャンプした。ハーバーは自らのジャンプによる放線軌道の頂點で、二本の矢を同時につがえ、三連する。それは、黒の不可ブラック・アンタッチャブルの真・上・だった。黒の不可ブラック・アンタッチャブルの風のスクリーンは竜巻のようにそのを守っていたが、真上だけには何もなかった。ハーバーはそれを見抜いていたのだろう。黒の不可ブラック・アンタッチャブルの真上にジャンプして矢を放ったのだ。

正面からはミカキーノ。真上からはハーバーの放った都合六本の矢が黒の不可ブラック・アンタッチャブルを襲う。二人の同時攻撃だ。

と、正面のミカキーノが突如ステップして左に位置を変えた。最初のミカキーノの剣戟を黒の不可ブラック・アンタッチャブルは真後ろに引いて躱していた。おそらく仮面のために視界が悪いのだろう。視野を確保するためには、距離を取るしかない。ミカキーノはそのきを見逃さなかった。正面から行くと見せかけて、左橫にステップし、黒の不可ブラック・アンタッチャブルの死角に回り込んだのだ。

「仕舞いだ！」

ミカキーノは大きく踏み込んでを薙ぐ。今度は本気の斬戟だ。

真上からハーバーの矢が、風のスクリーンに妨げられることなく降り注ぐ。背中からのミカキーノの剣が風のスクリーンを切り裂いた。だが、黒の不可ブラック・アンタッチャブルはそれでも微だにしなかった。

――ガキィィィン！

酷くい金屬質の音が辺りに鳴り響く。ハーバーの矢は、黒の不可ブラック・アンタッチャブルの頭一つ上の辺りで、見えない何かに弾かれで砕け、ミカキーノの剣は背中にれることなく手前できを止めた。

「くそったれ！」

ミカキーノの額に汗が滲む。ビィィンと音を立て、小刻みに震える刀を支える右の上腕三頭筋が異常に盛り上がっている。小悪鬼ゴブリンの首を一振りで斷ち切るミカキーノの膂力をもってしても、ビクともしない。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルは、風のスクリーンの更に側に防のバリアを張っていた。二重の防壁だ。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルの不可視の魔法をロッケンが見破った時にミカキーノは気づくべきだったのだ。バリアを張っていたからこそ、地面は濡れていなかったのだ、と。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルは風のスクリーンを解除すると、軽く右手を振った。その手のきに合わせて衝撃波が発生する。ミカキーノは咄嗟にを屈めてギリギリで回避したが、衝撃波の弧は、ミカキーノの後ろの草を薙払い、大木の幹を貫き斬った。

真っ二つにされた木が傾き、葉が隣の木の葉とれ、バサバサと音を立てた。続いてバキバキと枝が折れ、ズウンと幹が地に倒れる。その切れ味は煉瓦をも容易く切り裂くだろうと思われた。

起きあがったミカキーノがバックステップして距離を取る間に、黒の不可ブラック・アンタッチャブルは頭上の木々の一點を指さした。指先に風が集まり渦を描いたかと思うと、細長い錐みとなり、そのまま指先が示す先に打ち出された。魔法の風の矢だ。

風の矢は正確にハーバーを狙っていた。ハーバーが枝に飛び移った瞬間に、その矢が命中する。防も回避も間に合わない。黒の不可ブラック・アンタッチャブルが放った風の矢は、ハーバーの皮の當てを、まるで薄い紙を突き破るように易々と穿ち、肋骨を數本圧へし折った。ハーバーは口からを噴いて、そのまま落下した。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルはハーバーを打ち落とした指をミカキーノに向けた。風が指先に集まる。その量も勢いもハーバーのそれとは段違いだ。ハーバーを打ち落とした何倍もの威力の矢を放とうとしているのは明らかだった。

対峙するミカキーノの顔は直していた。ミカキーノは正眼に構えた剣の切っ先を大きく左に倒してみせた。盾のように剣の刀を黒の不可ブラック・アンタッチャブルに見せる。その獨特の銀の輝きは、ミスリル製であることを示していた。ミスリル銀には魔法耐がある。大きく右小手を曬す、実戦ではちょっと有り得ない構えであったのだが、あるいは黒の不可ブラック・アンタッチャブルの魔法の矢を、剣で防げないかと期待したのかもしれない。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルの指先から魔法の矢が放たれる。風の矢は渦を巻いて真っ直ぐにミカキーノに向かった。その速度は人間の目で追えるものではなかったが、ミカキーノは信じられない反応で剣の刀で防する。魔法の矢はミカキーノのミスリル剣で弾かれ、霧散するかと思われた瞬間、矢は幾本にも分裂し、刀を避けてミカキーノに突き刺さった。

「がはっ！」

ミカキーノの銀の鎧が穿たれていた。その合いから鎧もミスリル製だと思われたのだが、黒の不可ブラック・アンタッチャブルの矢は易々とミスリル鎧を貫いた。おそらくミスリル剣でも防ぐことは出來なかっただろう。

蜂の巣のようになったミカキーノの鎧はもう役に立たない。だが、矢が分裂した分、致命には至らなかった。もしも矢が分裂せずにミカキーノに直撃していたら、命はなかっただろう。

「……ぐふっ」

ミカキーノは剣先を地面につけ、手で口を押さえた。押さえた手の隙間から鮮が滴り落ちる。腰が崩れ片膝をついた。肋骨か蔵をやられたようだ。

「ごほっ、ごほっ」

ミカキーノのが小刻みに震える。足に力を込めるが言うことを聞かない。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルは再びゆっくりと指をミカキーノに向けたが、すぐに下ろす。第二の矢を放つ前に、ミカキーノは地面に崩れ落ちていた。

黒の不可ブラック・アンタッチャブルは、ミカキーノに近づくと両手を広げ、小さく呪文を呟いた。手の平から白い球が生まれ、ミカキーノに吸い込まれていく。ミカキーノは倒れたままかない。黒の不可ブラック・アンタッチャブルはロッケンとハーバーに同じ事を行った後、くるりと向きを変え、靜かに立ち去った。