《ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】》12-089.暗躍する者

――ヒロとソラリスが闘技場で剣練習をしている丁度その頃。

石造りの小さな部屋に齢五十を數える男が一人いた。

白髪の混じるオールバックに後ろに束ねられた長髪。男のるような瞳は何者をも寄せ付けないぎらりとしたを放っている。

男は、中央に置かれた古い木製の丸テーブルを前に、長持ちに腰掛け書籍を手にしていた。男の指にはルビーやサファイアのような赤青の寶石。石は男の瞳に負けじとその輝きを保とうとしていた。

テーブルには、うずたかく分厚い書が積み上げられている。テーブル中央にランプは、細長い四角で行燈のような據え置き型だ。行・燈・のは思いの外強く、文字を読むのに十分な明るさがあった。

テーブルに置かれた分厚い書の中は分からない。しかしその豪奢な裝丁からそれなりに貴重なものだと思われた。

男は手にしていた書籍を読み終えると、テーブルの山にそれを重ねた。そして山の天辺に無造作に置かれた羊皮紙を、わずかに殘ったテーブルの平たい空間に用に広げ、なにやらメモを取る。

行・燈・の燈りがゆらりと揺らめく。そのたびに男が纏う白いローブを彩る金の刺繍が、燈をチカチカと反する。

男がメモを取り終えると、また、山から本を取り広げる。パラパラと頁を繰る音だけが存在していた。

そこは、數日前に男がスティール・メイデンを呼び出し、黒の不可ブラックアンタッチャブル捕縛を依頼した場所だ。

――コンコン。

分厚い扉を軽くノックする音がその靜寂を破った。男は読みかけの本を閉じ、扉に目を向ける。それを待っていたかのように、扉はギギと重々しくも軋んだ音を立てた。扉の向こう側から差し込むが、部屋の明度をしだけ上げる。続いて部屋にってきた執事風の老人が恭しく頭を下げる。

開け放った扉が、ひとりでに閉まった。男は僅かにぴくりとしたが、何も言わない。

「ラスター様。報告が座います」

「何だ」

「例の依頼クエストの件ですが、どうやら失敗したようで座います」

「スティール・メイデンか?」

「左様で座います」

「黒の不可ブラック・アンタッチャブルが見つからなかったのか?」

「いいえ。凱旋の丘にて接しましたが、戦闘の末敗れました」

「三人共か」

「左様で座います。一部始終を見た者の話によると、全く歯が立たなかったようです」

ラスターと呼ばれた男は報告に軽く頷き、諒とした。

「スティール・メイデン奴らはどうしている?」

「リーファ神殿で治癒式をけております」

「助かるのか?」

「命だけは。ただ、冒険者としてはもう無理かと……」

「分かった。下がれ」

「はっ」

老執事の退出を確認すると、ラスターは、ふふっ、と押し殺した笑い聲を上げた。ミカキーノが黒の不可ブラック・アンタッチャブルを捕えるという依頼クエストを達できなかった時點で、奴ミカキーノとの関わり合いを斷つ積りでいた。だが再起不能にまで追いやるとは予想以上だ。これで手間が省けるというものだ。

「流石は黒の不可ブラック・アンタッチャブルといったところか。噂以上だな」

大學の教や學生を除けば、ウオバルの冒険者で一番強いと目されていたスティール・メイデンを一蹴する程の実力の持ち主。その力にラスターは驚きと共に満足を覚えていた。

(ミカキーノやつは張り過ぎた。そろそろ退場して貰う頃合いだ)

ラスターはこれまでスティール・メイデンに數多くアンダーグラウンドでクエストを出していた。それらの一つとて容易なものではなかったが、ミカキーノ達は難なくこなし、莫大な報酬を手にした。しかし、ミカキーノはクエストの度にもっと大きな報酬を要求するようになった。いつしかそれは、適正な報酬の範疇を超え、恐喝紛いのものへと変化していった。ミカキーノは金銀だけでなく、レアアイテム、魔剣の類をも要求するようになったのだ。

ミカキーノの過大な要求に辟易したラスターは、アンダーグラウンドのクエストを他の冒険者に出すようにした。だが、どこから嗅ぎつけたのか、その冒険者は悉くミカキーノ達の闇討ちに遭い大怪我を負った。気が付くとスティール・メイデン以外に、ラスターからの闇の仕事アンダーグラウンドをける者は一人も居なくなっていた。だが、それもこれで終わりだ。

ラスターは、壁に作り付けられた本棚の中から一枚の地図を取り出した。地図を部屋中央のテーブルに置いて広げて見せる。地図には細かな通路と小部屋がびっしりと書き込まれている。何かの見取り図のようだ。ラスターは顔を上げ、室を見渡した。そして一つ息をつくと、自分以外に誰もいない筈の部屋の隅に向かって口を開いた。

「居るのだろう? 黒の不可ブラック・アンタッチャブル」

部屋の一角が蜃気樓の如く揺らめいた。閉された部屋に微かに風が吹き、機に置かれた行燈の火が不安気に揺れる。

空気の揺らめきが収まると、そこに漆黒のローブにを包んだ白い仮面が姿を現した。黒の不可ブラック・アンタッチャブルだ。

「流石だな。黒の不可ブラック・アンタッチャブル。噂通り、いや噂以上の働きだ。それほどの力があれば、裏の仕事をせずとも表の冒険者として名を馳せることも出來ように」

ラスターは珍しく目の前で賞賛してみせた。この男にしては珍しいことだ。

「約束の報酬だ」

ラスターはテーブルに置いた地図を手に取り、黒の不可ブラック・アンタッチャブルに見せる。

「貴様がしがっていた地図だ。だが何年も昔のものだ。噂では魔の巣窟になっていると聞いている。貴様、討伐にでも行くのか?」

「……」

ラスターはひとしきり悪態をついてから、地図を筒狀に丸めると、黒の不可ブラックアンタッチャブルに渡した。

「黒の不可ブラックアンタッチャブル、貴様はラクシス家に縁ゆかりのある者か?」

「……」

の不可ブラックアンタッチャブルは、け取った地図を手にしたまま一言も発しない。もちろん表は仮面に隠れて見えない。仮面が反応しないと分かるとラスターはふん、と鼻を鳴らした。

「そっちも不可か……まぁよい。これで貴様との契約は終わりだ。何処へでも行くがいい」

突然、黒の不可ブラック・アンタッチャブルの周りで風が渦を捲いた。風は小部屋の空気をかき回し、ラスターの束ねた後ろ髪を揺らす。

やがて風の渦は収まり、靜寂が再び顔を見せた。だが、その時には黒の不可ブラック・アンタッチャブルの姿は忽然と消え失せていた。

ラスターは微だにしなかった。やがて彼の視線の先にある扉がひとりでに開き、そしてゆっくりと閉まった。

ラスターは扉が完全に閉まったことを見屆けると、天井に向かって顔を上げた。計畫プランを切り替える必要がある。スティール・メイデンが黒の不可ブラック・アンタッチャブルを捕える事が出來ていたら行ったであろう尋問はお流れになった。それを補完しなければならない。

だがこれもスティール・メイデンと縁を切る為の代償なのだ。

ラスターは、スティール・メイデンに黒の不可ブラック・アンタッチャブルを捕えよ、というクエストアンダーグラウンドを出すその裏で、黒の不可ブラック・アンタッチャブルにスティール・メイデンの攻撃を退け、けないようにさせよという、相反する裏のクエストアンダーグラウンドを出していた。両者を互いにぶつけることでどちらか片方を、あわよくば共倒れをも狙う。最低でもどちらか一つの目的は達せられるという計略だ。

の不可ブラック・アンタッチャブルは、自分の依頼クエストを完璧にこなして見せた。殺さずに再起不能にまで痛めつけた。二匹の黒狼の、一匹を消すことが出來たのだ。行幸とすべきだろう。

あとは、殘ったもう一匹を潰すことだ。黒の不可ブラック・アンタッチャブルの正を暴き、奴にその目的を吐かせなければならない。

もしも、黒の不可奴があの地図の意味を知っているのなら、もしも、黒の不可奴が、ラクシス家と関わりを持つ者であるのなら、捨て置く訳にはいかない。それでも石・板・のに辿り著くことはないだろうが……。

「バレル!」

ラスターの聲に木製の天板の一角が音もなく外れたと思うと、小さな影がすとりと降り立つ。

「今のを見ていたな。黒の不可奴をつけろ。絶対に気取られるな」

ラスターは振り向きもせず命じる。

「お任せ下さい。キヒヒヒヒヒヒ」

影は薄気味悪い嗤い聲をあげるとそのまま天井に姿を消した。

テーブルの燈りに目を細めたラスターは口元に靜かな笑みを浮かべた。

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