《脇役転生の筈だった》7

兄がそんな事をしていたとはつゆ知らず私は教室で音とのんびりしていた。

橫目に奏橙の方を見ながら。

私が奏橙の方を見ているのには理由があった。

あの奏橙が令嬢と話していたからである。

「咲夜、奏橙さんの方をずっと見てるけど……どうかしたんですか?」

「いえ……奏橙が他の令嬢と話していたのを見たことが無かったので珍しくて……」

あの令嬢、大丈夫だろうか?

変な事に巻き込まれなければいいけれど。

あの令嬢が昔の私と重なり心配になってくる。

「あ……あの子連れてかれちゃいましたよ?」

その音の聲で私は現実に戻ってくる。

連れてかれたと聞いて1つだけ心配になった。

私も最初の頃はそうだったからこそ分かる。

私はまだ前世の記憶もありあしらい方が分かっていたからいいものの…他の令嬢では辛いだろう。

音、私はし席を外しますわ」

「え…あ…じゃあ待ってますね」

し戸いつつも待っていると言ってくれたのは嬉しかった。

ここで付いてこられでもしたら臺無しになるからね。

私は彼が連れていかれたであろう場所へと足を向ける。

するとやはりいた。

は大人數に囲まれているようでその聲が私のところまで屆いてきた。

その聲を聞いていると初等部や中等部の頃を思い出す。

「本當に、あの2人と関わるとろくな事がない……」

なんて呟いた後、意を決して彼達の方へと向かう。

「貴方、誰の許可で神崎様に近付いているのよ!」

「そうですわよ!

貴方よりも梨様の方が相応しいのですわ!」

「ただでさえあの海野咲夜が居るっていうのに!」

……聞いてて馬鹿らしくなってくる。

誰の許可って……誰とつき合うか決めるのは奏橙であってあの令嬢達ではない。

それに、私が居るって何だ。

私はただの友人でありそれ以下でもそれ以上でもなんでもないというのに。

……梨というとあの松江梨だろうか?

あの子の方が相応しいって……こんな事をやる奴のどこが相応しいのか……理解できないなぁ……。

「そこで何をやっているのかしら?」

私は梨達の方へ鋭い視線を投げかける。

すると彼達はし怯えたように肩をすくませてから上ずった聲で喋り始めた。

「あ、あら…機嫌よう。

この娘がの程を弁えずに神崎様に言い寄っていたのでし教育をして差し上げているだけですわ」

あくまでいじめは認めないらしい。

教育と言ったってこれは誰がどう見てもいじめだ。

1人は濡れたまま土に経たりこみ殘りの3人はそれを見下ろす様に立っている。

そしてその後ろにはまだ濡れている空のバケツ……。

どう見ても教育ではない。

の程…と仰いますが……あなた方の方がの程を弁えなさい!

ここは隆桜學園高等部というのをお分かりかしら?

あなた方の様にこの様な事をするしか脳のない方々はお辭めになった方がよろしくてよ。

こんな下らない事をやる位であれば他の事に時間を使いなさい」

呆然と立ち盡くす梨達から目を離し、今度は土に経たりこんでいる彼の方へと歩き、目の前でしゃがみ込む。

ポケットからハンカチを出し、俯いている彼の濡れた頬を軽く拭き取る。

「大丈夫かしら?

遅くなって申し訳ありませんわ。

私は海野咲夜といいますの。

よろしければお友達になってくださらない?」

そう微笑みかけると彼は顔をあげ、私の目を見た。

「……結城紫月しづき…です。

私でよろしければ…お願いします…」

紫月は涙をグッと堪えていた。

その様子にフッと笑みを深める。

こういう強い子は嫌いじゃなかった。

無理をしすぎるのはさすがにダメだけどこういう意志の強い瞳は綺麗だと思う。

「よろしくお願いしますわ。

…立てるかしら?」

いつまでも土に座ったままは良くないだろうと私は立ち上がり、紫月に向かって手を差し出す。

紫月は私の手を取るとしっかりと立ち上がった。

やはり制服も濡れてしまっているらしくこのままでは風邪をひいてしまうだろう。

そう思い、私の持っていた上著を紫月の肩にかける。

これでまだマシになっただろう。

「あぁ、そうでしたわ。

梨さん…だったかしら?

今後、私の大切な友人に手を出したら…承知致しませんわよ」

笑顔でそう脅すと紫月と共に校る。

電話で天也に個室を借りれるようにしておいてしいと頼み人目に著かないよう細心の注意を払い個室へとる。

「結城さん、私ので悪いけれど……」

この個室にはもしもの時のためにと予備の制服が置いてあったのだ。

それがこんなところで役立つとは思ってもいなかったが…。

幸い紫月と私のサイズは同じだったようで問題なく著ることが出來た。

「海野さん…本當にありがとうございました。

こんな、制服まで貸していただき……」

「あら、気にしないでくれると有り難いですわ。

私達、お友達でしょう?

それと……私の事は咲夜で構いませんわ」

何か名字で呼ばれると変なじするし、

兄もいるからややこしいんだよね。

「分かりました。

私の事も紫月で構いません」

などと可笑しそうに紫月が笑う。

そこで私は気になっていた事を聞いてみる事にした。

「紫月は奏橙とどういった関係ですの?」

あの奏橙が話しているところを初めて見た時からし気になっていたのだ。

こんな子がいたなら紹介してくれても良かったと思うんだ。

私がその質問をすると紫月は暗い表になった。

…流石に無神経だったかもしれない。

あんなめにあった後でこんな事を聞くだなんて。

私は慌てて撤回しようとしたが、紫月が話す方が早かった。

「奏橙様とは何もありませんわ。

ただ、話していただけで……。

確かに…私は奏橙様の事をお慕いしていますが諦めていますもの」

……、か。

私は今までなんてしたことがないから良く分からないが…辛いのだという事は良くわかる。

でも……

「諦める必要はないと思いますわ」

諦める必要なんてない。

そんな気持ちを押し殺したって余計辛くなるだけだ。

「え……」

「私は応援致しますわ」

友人のなら葉えてあげたいしね。

奏橙には婚約者もいないし問題はない。

結城家ならゲーム會社としても有名だから問題ないだろう。

そう判斷した私はスマホを取り出し奏橙へ電話をかける。

10コールめくらいにようやく奏橙が出た。

この様子だと他の令嬢から逃げるのに利用したな。

『咲夜?

どうかした?

天也から個室を借りたみたいだけど……』

天也から聞いたのか……。

早いな。

「ちょっと問題があってね。

こっちに來てくれない?」

『いいよ。

3人で行けばいい?』

天也は要らないんだけどなぁ……。

あ、でも天也だけ殘すと可哀想か。

仕方ない…。

音には悪いけど殘ってもらおう。

「奏橙だけでいいよ」

「えっ!?

さ、咲夜!?」

紫月が慌てているがもう遅い。

私は通話を切り、奏橙が來るのを待つ。

3分くらいだろうか?

奏橙が來たらしく扉がく。

「で…要件は…って…結城さん?」

奏橙は驚いたように目を丸くした。

この顔はレアだなぁ……なんて思いながら端で2人を見る事にした。

奏橙は紫月の橫のテーブルに置かれた濡れた制服を見て顔を顰める。

「これ…誰がやったの?」

奏橙は普段の様子とは違い怒っているようでいつもよりも數段低い聲で問いかけた。

「あ……えっと……」

紫月は答えづらいらしく挙不審になっていた。

これは…仕方ないか、とばかりに私が口を挾む。

「7組の松江梨とその仲間達。

中等部の時の私と同じシチュエーションだったから怪しいと思ってね」

ここには紫月と奏橙しかいないからか自然と砕けた口調になってしまう。

……それだけ心を許しているという事で許してほしい。

「へぇ……?

咲夜、これが僕への要件?」

奏橙はイラついた様子で私を見つめる。

だが私は奏橙と反対で笑みを浮かべている。

その一見一発発の様な空気に紫月があたふたしている。

「私がいたからなんとか事なきを得たものの……いなかったらどうなっていたか……。

私の時の事で學んでしいよね。

関わるなら関わるでちゃんと守りなさいよ」

私と奏橙は暫く見つめあっていたがいづれ奏橙が折れた。

「……分かったよ、咲夜。

結城さん、僕のせいでこんな目に合わせてごめんね」

一応悪いとは思っているらしく奏橙は頭を下げた。

紫月は顔を赤くしていたがやがて慌てたように奏橙に頭を上げさせた。

「奏橙様は悪くありませんわ!」

「それでも、僕と関わらなければこうはならなかったからね」

困ったように笑う奏橙とし怒っている紫月はある意味見ていて面白いと思ってしまう。

この調子で2人の関係が進展してくれればいいのだが。

「で?

咲夜は何を企んでるの?」

ギクッ……。

チッ……の鋭い奴め。

私はあくまでも知らない振りを突き通す。

「お詫びって事でレモンとパッションで手打ちにしてあげるよ?」

なんて笑顔で言ってみるが奏橙には通用しなかった。

し鋭くなった視線をけ止め、私が諦めたようにため息をつく。

「はぁ……知っておいてしかっただけだよ。

1つでこんな事も起こるって事を…って……やばっ!?

お兄様が迎えにくる!

ごめん、奏橙、後は任せた!」

斷ってから私は急いで部屋を出て教室に向かう。

私とした事が兄が來るのを忘れていたとは……。

兄がいたら理由として事実と噓を織りぜて伝えよう。

『お兄様が私を助けてくださり、となってくれた様に私も憧れのお兄様の様にとなりたかったんです』

とでも言っておけばなんとかなるだろう。

そんな咲夜の慌てた様子を見て殘された2人は笑っていたという。

私が早足で教室に戻るとそこには兄がいなかった。

……良かったぁ………。

「あれ…咲夜、奏橙さんはどうしたんですか??」

「お兄様が來ていたらと思い先に戻って來ましたの」

そう答えると天也にあぁ……と納得された。

……一応あれでも兄なのに……。

まぁ気持ちは分かるけど。

兄の対応に問題があるから仕方ないか。

というか、兄は遅すぎやしないだろうか?

いつもなら仕事があったとしても30分前にはくるのに……もう50分にはなるんだが……。

「そうでしたわ。

音、今日これから予定は空いていますの?」

「え?

空いてますけど……」

母に紹介してくれと言われていたのを忘れてた。

危ない危ない…。

「でしたらこの後私の家に遊びに來ませんか?」

「おい…俺でさえパーティー位でしか行ったことがないのだが……」

などと橫から天也が文句をいう。

私は別にいいんだが問題のある人が1人……いや、2人いるのだ。

兄と父という2人が。

「…お兄様を説得出來るのでしたら「辭めておこう」早くないですか?」

兄はどれだけ恐れられているんだ……。

「悠人先輩に殺されるに決まってるからな」

「お兄様はそんな事致しません………多分」

私も不安になってきた。

あれ?

やらないよね?

さすがやらないよね?

「多分って言っただろう!?」

「……と、いう事で音、どうですか?

安心してくださいませ。

お兄様は同の方であれば危害は加えませんわ」

私は天也をスルーして音に話かける。

だってこれ以上話してても音を怖がらせるだけの気がしたんだもん。

「えーっと……」

考えているのか困っているのか音がうんと言ってくれない。

そんな音に天也がまた要らない口を挾む。

「嫌なら嫌って言えばいいぞ」

「天也は黙って!……いてくださいませ」

「お前今、素が出かけただろ」

「気の所為ですわ」

ここで認めては行けない気がする。

前に音の前で素を出したとはいえ兄がいつ來るかも分からないこの場所で言ってはいけない気がする。

まだ他の人がいなくて良かったと思うよ。

「咲夜、済まなかったね。

さぁ、帰ろうか」

タイミングが良いのだか悪いのだか分からないな。

今回は殘念だけど……音にはいい返事を貰えなかったから諦めるか。

あ~あ、兄の婚約者になってくれれば家族になれたのになぁ……。

あ、でもそうしたら友人じゃなくなる!?

それはやだなぁ……。

仕方ない、諦めるか。

私の目的はただ、兄と音を仲にし音に兄を引き取ってもらう事だったのだ。

そうすればこの兄のシスコン発言がなくなると思ったのに……。

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