《擔任がやたらくっついてくるんだが……》変わり始めた日常
夢や希に満ちあふれて迎えた高校の學式から早一年。漠然と何かがある、何かが起こると思っていた高校生活は、何も無いただの灰の日々だった。
績の面では常に平均未満。運神経は壊滅的なので省略。會話下手なのが災いして、異どころか、同の友達もできない始末。スクールカースト底辺を象徴したようなポジションで、僕はひっそりと學生生活を消化していた。
きっと、このまま何事もなく卒業を迎えると思ってた。
しかし、そんな日常に最近変化が訪れた。
「違うわよ、淺野君。この問題はね……」
「え?は、はい……」
肩にそっと手を置かれ、背中にはらかな膨らみが押しつけられ、気恥ずかしさや、思春期男子としての正常な反応で、頭の中が沸騰しそうになる。
それに、姉とは比べものにならないくらい甘く大人な香りがした。
「どうかしたの?」
「い、いえ……何でもありません」
「そう……」
その大人のは僕から離れ、殘り香だけがその場にふわふわ留まっていた。
そんな狀況でも、手だけはかし、何とかノートだけは必死にとり続ける。これ以上績を下げるのは非常にまずいからだ。
そこで、チャイムの音が鳴り響いた。
「はい、今日はここまで。皆、明日の授業の予習忘れないように」
彼の淡々とした言葉に対し、まばらに「はーい」という返事が聞こえてくる。
彼はそれに対し、小さな笑みを見せた後、軽やかな足取りで教室をあとにした……のだが……
「…………」
「っ」
去り際、扉を閉める直前、眼鏡越しに真っ直ぐな瞳がこちらをはっきりと捉えていた。
彼の名前は、森原唯。僕の所屬するクラスの擔任でもある國語教師だ。艶やかな長い黒髪に、眼鏡の似合う知的な貌。スーツ越しにうっすらとわかるしなやかなプロポーション。わかりやすい授業に、一見クールだが話しかけると優しく対応してくれたりと、男問わず生徒から大人気の先生だ。そして、部活にっていない上に、學校生活への興味が薄れつつある僕からすれば、本來ホームルームと授業以外にほとんど関わることのない存在、のはずだった。
しかし、そうではなかった。
最近僕の生活に起こった変化……それは……
普段クールな森原先生が、授業やら何やらで、やたらと僕にくっついてくるようになったことだ。
*******
「はぁ~、森原先生の授業って張するよな~」
「ああ、わかる。私語厳っつーか、音立てたら怒られそうな……」
「まあ、授業はわかりやすいんだけどな」
近くで駄弁っている長野君、長浜君、長塚君の話にこっそり耳をかたむけながら、窓の外に目をやり、安堵の溜息を吐く。
よかった。今日も誰にもばれていないみたいだ。
そう、先生の過度な著は、奇跡的に誰にもばれていない。ていうか、ばれてたらやばい。何とか平穏だけは保っている僕の學校生活にも、想像もしたくないようなドス黒い暗雲が立ちこめるだろう。
ほっとしたところで、いつものように思案する。
……先生は何でくっついてくるんだろう?
*******
初めてくっついてきたの新學年のクラス発表の日だった。
クラスメイトが変わっただけで、他は何も変わらない日々が続くのだろうと、諦めの篭った暗い溜息を吐き、いつも通り真っ直ぐ帰宅しようとしたその時……
「淺野君、しいいかしら?」
「あ、はい……」
人気者であると同時に、クールで知られている先生に、いきなり名指しで呼ばれ、そのことで周りの視線をちらちら浴びながらついて行くと、朝自分のクラスを確認した掲示板の前だった。
「これを外したいのだけれど、手伝ってもらえるかしら?」
「あ、はい……」
「淺野君は背が高い方だから。多分大丈夫」
「はあ……」
確かに170後半だけど、まだ高い人はいるような……帰宅部だからかな。放課後ヒマだし。
先生は表はそのままで、首をしだけ傾げた。眼鏡のレンズの向こう側にある瞳は、真っ直ぐにこちらを捉えたままだ。
「ダメだった?」
「あ、いえ、大丈夫で!やります」
「じゃあ、上の方からお願い」
「はい」
作業の方はすぐに終わり、集めたを職員室に持って帰り、備品を倉庫にれている途中で、異変が起きた。
早く帰ろうと思い、磁石を適當な戸棚にれようとすると、突然手を摑まれた。
「それはこっちの棚よ」
「あ、はい、すいません」
いきなり頭の奧まで刺激するようなひんやりした……というかとの接に張してしまう。くっ……これだからモテない男は……頼むから落ち著いてくれ……!
「ちょっとごめんね」
今度は肩と肩がれ合い、橫を見た僕は、間近に先生の顔があることに驚き、危うく変な聲が出そうになった。や、やっぱり……人すぎる……同じ人間とは思えない。
れ合う肩と肩に意識を集中すると、それだけで意外なくらいに華奢でらかなをじることができた……って何を考えてるんだ、僕は!集中集中……。
「……どうかしたの?手が止まっているけど」
「い、いえ、何でもないです、すいません」
「そう。お願いね」
慌てて返事をし、作業に戻る。離れた後も、しばらく肩には溫もりがはっきりと殘っていた。
やがて、作業は終わり、ようやく帰れるという解放と正不明の名殘惜しさがの中に沸き上がる。何だ、このむずむずするじ……。
倉庫の鍵を閉めた先生は、にっこりと優しい微笑みを向けてきた。
「淺野君、手伝ってくれてありがとう。助かったわ」
「は、はい……」
「それと……末永……一年間、よろしくね」
「……はい」
今、何か言い間違えなかったか?クラスメートの末永君の名前が出てきたような……まあ、いいけど。影が薄い自覚はあるし。
「じゃあ、気をつけて帰りなさい。また明日」
「はい。失禮します……」
そのらかな笑顔は、家に帰っても鮮明に脳裏に焼き付いたままだった。
これが僕と森原先生の初接。
この日を境に、僕の灰の日々がしずつ、仄かに彩られていく。
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