《ボクの彼は頭がおかしい。》11月2日
火曜日。
次の授業は古典か。
その前にトイレに行っとこう。
廊下を歩く。
々な人から見られている気がする。遠慮がちな視線をちらちらとじる。
僕と五月の噂はすでに校のいたるところで吹き荒れているらしいから、おそらくそのためだろう。
決して心地の良いものではない。
「よー早瀬」
誰かに話しかけられた。
口調的に牛くん?
振り返って相手を確認する――前田くんだった。
彼の顔を見たのはあの時以來。
そんなに時間は経っていないはずなのに、なんだか隨分と様子が変わっている。
目の下のくまがヒドくて、頬も痩せこけて見える。
髪のもぺしゃんこで、第一ボタンなんか真面目につけちゃって、ズボンの位置も妙に高い。
「前田くん、一何が…?」
僕は尋ねた。
「いやぁ藤堂沙紀は恐ろしいねぇ。五月ちゃんが元気なかったからキスしてあげただけなのになぁ?オレは何も悪くないよなぁ?」
藤堂さん…
あなたが前田くん変貌の原因なのですね。
とりあえず後でお禮しなきゃ。
「しは悪いんじゃないですか。五月、嫌がってたみたいですし」
「んなもん建て前だろ」
「建て前?」
「あぁ。一応五月ちゃんはお前と付き合ってることになってたからな。だから嫌がるフリでもしとかないと、ただのビッチになっちまうだろ?」
僕は何も言い返さなかった。
相手がおバカさんすぎて話にならないと思ったからだけではない。
今の不安定な僕は、一度口を開いてしまえばおそらく歯止めがきかなく――
「まぁでもお前ら別れたらしいから、ようやくこれで五月ちゃんも、オレと心置きなくイチャイチャできるってわけだ。想像しただけでヤベェぜ、あの大きなおっぱいがオレだけのものになるなんて」
「…あんたさっきから何言ってんの?」
これは僕のセリフだ。
突如として込み上げてきたものすごい量の怒りによって発せられた、僕のセリフ。
今さら?ってじだけど。
だってよくよく考えてみれば(考えなくても)、この人は五月に、他の誰でもない五月に、無理やりキスをしたのだ。
そうだ。何で數日前のあの時に復讐しておかなかったのだろう。
「五月ちゃんはずっと前からオレみたいなのと付き合いたかったんだよ、ほんとは。じゃ、オレ今から五月ちゃんのとこ行ってくるわ」
ニヤニヤしながら歩き出そうとする前田。
「待ちなよ」
僕は彼の肩を摑んで引き留めた。
「んなザコ」
しかし簡単に突き飛ばされる。
なんだこいつ。
もういいや、どうにでもなれ。
僕は前田の顔面を思いきり毆りつけた。
鈍いが右手に走る。
頬を押さえて驚いている様子の彼。
ところが直後に、怒りの形相が姿を現す。
「てめぇ!」
彼の短い足が僕の腹部にめり込んだ。
おぅぇ。めっちゃ苦しい。
すぐ近くからの子たちの悲鳴が聞こえる。
人が集まってきているのをじる。
ヤバイねこれ、意外と大きな騒ぎになっちゃってる。
それでもは止まらなかった。
相手のめがけて突進し、そのまま床に押し倒す。
五月を守らなくては、こいつだけは叩いておかなければ、なんて利己的な正義に燃えていた。
馬鹿以外の何者でもない。目の前のこの人よりも僕のほうが數段上の「おバカさん」だ。
この行為をもたらした半分以上のものが正義でもなんでもないことをはっきり自覚しつつ、右の拳を振り上げる。
迷いはあった。
しかしそれ以上に、楽になりたかった。
毆ってしまえ。
相手の顔に向かって拳骨を振り下ろそうとする――
突然、誰かにその腕を摑まれた。
ものすごい力で締め付けられており、振り下ろすことができない。
「あれ、早瀬。今日はクールじゃないんだね」
仲裁にってくれたのは、大雪くんだった。
その日の放課後。
大雪くんが家に來た。
(喧嘩の騒ぎはなんとか先生たちにバレずに済みました)
「まだ仲直り出來てないんだってね」
座布団の上に胡坐をかく大雪くん。
やっぱ知ってるんだ。
「小雪さんから聞いたの?」
「そっそ。小雪もオレも、みんな心配してるよ」
僕はうつむいた。
迷ばかりかけて申し訳ない。
「詳しいことは分からないけど、さっさと謝りに行ったほうがいいと俺は思う」
「うん」
「五月ってなんかそういうの苦手そうなイメージあるし。早瀬から謝りに行ってあげなよ」
あぁ…大雪くん……本當に詳しいところまで知らないんですね。
五月はわざわざ謝りにきてくれたんですよ、昨日。
「長引いてるのは全部僕のせいで、五月はしも悪くないんだ」と、僕は言った。
「…やっぱ早瀬と五月って面白いよね」
急にニコニコし出す大雪くん。
どうしたんだろう。
「五月も同じこと言ってたらしいよ、小雪に。『全部わたしのせいだ』って」
え――
ズドンと心臓を打ち抜かれる。
良い人過ぎるよ五月…。
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