《視線が絡んで、熱になる》episode1-1
ピピ、と枕元のアラームが鳴りそれをまだ瞼が開いていない中、手探りで探して止める。
今日から新しい部署で仕事をすることになっているから普段よりも三十分早めにアラームをセットしたが、支度にそれほど時間がかからないからもうし寢ようかと開きかけた瞼をまた閉じる。
遮カーテンかられ出るが今日の天気を間接的に伝えてくる。
やはり初出社は早めに行くのが筋だろう。
寢返りを打ってようやくを起こすと朝一番から大きな息を吐いた。
「準備しないと…」
モゾモゾと重たいをようやくベッドの上から離すと洗面臺へ向かう。
藍沢琴葉あいざわことはは大手総合広告代理店H&Kで働く二十五歳で、今年社三年目になる。
社一年目の配屬は約一か月の全研修の後コーポレートの人事部だった。
琴葉の社した広告代理店では、一年目は約八割が営業部への配屬となるから琴葉は稀な例だったのかもしれない。
顔を洗って歯磨きをして基礎化粧品を適當に顔に塗り、容室に行って手れをすることを放棄した髪を低めの位置にポニーテールでまとめる。
洗面臺の鏡に映る自分の顔を見てにっこり笑ってみるがどう見たってぎこちない。
先月、異の辭令を貰った時は驚いたがジョブローテーションのある會社だからある程度覚悟はしていた。
しかし、その異先がまさかの“本社営業部”だった。
青天の霹靂とはこのことだった。何故なら、営業は皆、見た目が華やかな社員しかいないからだ。
営業のほかには、企畫、制作(プロモーション)が主な部署だが制作は特に専門のある部署だから(最終的に広告を制作する部署で専門に特化した人がいる)琴葉がコーポレート以外に配屬となればおそらく企畫ではないかと考えていたのだ。もしくは、経理や総務などが自分には合っていると考えていた。
「はぁ…」
営業部は一番“きつい”部署だ。
本社営業部は一部から六部まであり、それぞれがチームのように活している。
琴葉の配屬先は、営業一部だった。
適當に纏めた髪からアホがいくつか出ているのをワックスで直してラウンド眼鏡のブリッジをくいっと指で上げる。
鏡に映る自分は、お世辭にも綺麗とは言えないし化粧気のないだ。しかし琴葉はこれでいいと納得していた。“あの事”が脳裏を過り、ブラウスから覗く腕が粟立つのをじ首を橫に振った。
グレーのマーメイド型のスカートに白いシンプルなブラウス、それにスカートとお揃いのジャケットを羽織って家を出る。會社には電車利用して十分ほどで到著する。東京メトロ日比谷線の虎ノ門ヒルズ駅に降り立つと人の流れに乗るように駅改札を出る。
さほど高くはないヒールを鳴らして張を落とすように大で歩く。
駅までは十分もかからないから楽だ。喧騒を掻き分けるようにして人混みに紛れる。
営業部とコーポレートは廊下を挾んで向かい側にそれぞれフロアがある。だからったことがないわけではない。深呼吸をしてドアノブを握り、足を踏みれる。
一部の場所はある程度把握していた。張していることを顔には出さないようにしながら、背筋をばし堂々と歩く。
「おはようございます」
舌はよくない方だ。だから意識して挨拶をした。ざわざわとしているのは早朝から既に仕事にとりかかっている社員がいるからだろう。鬼のような形相をしながらパソコン畫面に向かっている男に、コーヒーカップを手にしてのんびりと椅子に座っているなど、様々な社員たちの橫を通り過ぎて目的の営業一部へ向かう。パーティションで區切られているとはいえ、開放的な職場は社員のコミュニケーションの取りやすさを意識しているように思える。
営業一部の前に到著すると大きく深呼吸をして聲を張った。
「おはようございます。藍沢です。よろしくお願いします」
人事部をしていたから、本社営業第一部の異は琴葉だけだということは既に知っている。完全にアウェイな環境だがそれもすぐに慣れるだろう。
五人の目線が一気に注がれる。軽く頭を下げて、挨拶をする。
「おはようございます」
皆、にこやかに挨拶をしてくれた。心どぎまぎしていたからほっとした。
「後でマネージャーが來ると思うからその時に詳しく訊くと思うけど、とりあえず席は僕の隣ね。新木涼です。多分、一つ年上だと思う」
「よろしくお願いします」
新木涼はすかさず琴葉に爽やかな笑みを向けてきた。
栗の艶やかな前髪から覗く二重の綺麗な目はのようだと思った。社的で、威圧もない。それでいて溫和な雰囲気は営業には向いているのだろう。見習おうと心の中で呟く。
新木涼の隣のデスクのパソコンの電源をれる。鞄から取り出した社員証を首からかけて、慎重に椅子に腰かけた。
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