《視線が絡んで、熱になる》episode2-3
「ダメだ」
「あれ、マネージャー、どうしたんですか。デスクに戻ったのにまたこっちに來て」
と、頭上から聲が聞こえて上を見上げると背後に柊がいた。
「二人で飲むのはダメだ」
「何でですか?だって琴葉ちゃん全然俺に心開いてくれないんですよ」
「開いてますって!」
わかっている。涼に下心はないし、仕事上仲良くなるためにってくれていることも。
「じゃあ俺も行く」
「え…」
「藍沢は酒が弱いんだ。何かあったら大変だろ」
「…まぁそうか。じゃ、マネージャーに奢ってもらおうか!」
涼は誰に対しても対等に、そして壁をじさせない接し方をする。それは柊に対しても同じだ。
「え、じゃあ今週末涼さんだけじゃなくてマネージャーも一緒に…?」
「なんだ、そんな嫌そうな顔するなよ」
「嫌じゃ…ないですが」
「まぁ上司と飲み會って普通嫌だよね。俺は全然気にしないけど」
「でしょうね…」
「あ、電話だ」
涼の會社用攜帯が鳴って、席を離れた。
柊が飲み會に來るならば、琴葉としては涼と二人の方がまだマシだった。
涼がフロアを抜けて視界から消えると
「今日の夜、取りに來いよ」
「…絶対ですか」
「絶対だ」
柊が去り際にそう言った。引きつる顔をなんとかほぐそうとするが無理だった。琴葉は鬱屈した気分のまま午後の仕事にとりかかった。
―18過ぎ
琴葉は配屬されてまだ日が淺いから今日は定時で帰ろうと考えていた。
営業第一部から第六部までは仕事はこれから、というくらいフロアは慌ただしい。
「じゃあ俺これから制作の方と打ち合わせしてきます。琴葉ちゃんは帰っていいよ!來週あたりから忙しいから」
「ありがとうございます」
涼がバインダーを手に持ち、立ち上がると琴葉に向けて爽やかな笑顔でそう言った。
正面の智恵も同様に席を立ち、ノートパソコンを手にしてフロアへ出る。
アウトルックでチームの予定を見るとほぼ全員がミーティングや外勤で予定が埋まっている。
「…すごいなぁ」
し前の人事部ならば繁忙期以外は基本定時で帰宅していたから、余計に営業部の人のが心配になる。
會社はフレックスタイム制を推奨しているから部署によっては午後出社の社員の方が多いというのも珍しくない。
「お疲れ様でした」
荷をまとめて挨拶をしてフロアを出た。初めての外勤を経験したということもあり、エレベーターに乗る時にはどっと疲れが出てきた。
一階にエレベーターが到著し、ヒールを鳴らしながらエントランスを抜ける。
今の時間に帰宅する社員はコーポレートが多いだろう。そんな中、営業なのに先に帰宅するのは心苦しい。
「…あ、そういえば…」
柊のことを思い出して苦い顔をする。
柊の自宅へ向かう気力もないし後で連絡をれておこうと考えた。
駅改札が見えてきたのに、足が止まった。化粧品を買いに行こうと思っていたからだ。
ドラッグストアに寄ってから自宅へ帰ろうと踵を返す。
しかしその足も數歩進んだだけで再度止まった。
「…不破、マネージャー」
ちょうど前方に柊を視界に捉えたからだ。柊はジャケットをいでいるようでワイシャツ姿で琴葉に向かってくる。
自分に気づいているのかわからずに目を細めながら焦點を當てる。やはりこちらに向かってきている気がして彼から逃げようと改札に向かって走る。
「お前、勝手に帰るな」
「…っわ、」
「逃げる気か」
が、すぐに背後から腕を摑まれて強制的に足が止まった。琴葉はうんざりした顔を隠すことなく180センチ以上ある柊を見上げる。
「疲れているので、帰ります」
「腕時計取りに來いといっただろ」
「それ會社に持ってきてください。こっそりけ取ります」
「嫌だね。いいから來い」
「…あの!普段は上司かもしれませんが、今はプライベートです。不破さんも今は“マネージャー”じゃないので拒否権はあるはずです」
威圧的な雰囲気を纏う柊に向かって勢いよく捲し立てる。
勤務時間は終わった。柊はただの一人の男で上司ではない。彼の言うことを聞く必要はないのだ。それでも柊の鋭い眼に睨まれ、怖気づいてしまいそうになるのをぐっと耐え、彼を睨むように見る。
「その通りだ」
柊の言葉に一瞬琴葉の表が緩む。が、それも一瞬だった。
「俺はお前の上司としてではなく、一人の男としてお前をってるんだよ」
「…っ」
「ほら、行くぞ」
心臓が、ドキッと大きく跳ねるのを自覚しながら呆然とする琴葉の手首を摑み、柊が歩き出す。
反則だ、“一人の男として“うとはどういう意味だろう。
偏差値の低すぎる琴葉にとっては全てが想定外だ。狼狽するを顔に出したまま、フラフラと歩く。
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