…―…

…

タクシーで柊の自宅まで向かい、到著する頃には今朝のことが嫌でも思い出されて複雑な心境だった。

腕時計を返してもらったらすぐに帰ろう。

そう思って高いマンションを見上げてからマンションにる。

柊に続くようにしてエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターで二人っきりになるだけで張してしまうのは琴葉に男の免疫がないからだだろう。チラチラと彼を確認する。

「お邪魔します…」

玄関にり靴をぐ。今朝は急いで家を出たから玄関周辺はあまり見ていなかったが改めて視線をやるとガラス細工の小が置いてあったり絵畫も飾ってあった。お灑落な雰囲気はリビングと同じだとじた。

…彼、いないのかな。

それとなく辺りを確認するがの影はなかった。

そんなことを確認しても仕方がないのに気になってしまうのは何故だろう。

「夕飯は？どうする？」

「いや、腕時計を…」

記憶に新しいリビングルームで柊がネクタイを緩めながらそう訊くが琴葉としては早く目的を果たして帰りたかった。

それを目で訴えるが簡単に無視をされる。

「腹減ってないのか？」

「それは…しだけ」

「じゃあ、出前とるか」

腕時計のことは一切れずに、夕食の話題になりこれまた強引に出前を取る。

振り回されているような気がするのは気のせいではないはずだ。

ワイシャツのボタンを外しながらそう言った柊の視線は冷たいようで気がある。暫し見つめられるとそれだけで心臓が早鐘を打つから琴葉はすぐに目を逸す。

「洗濯するか？」

「へ…」

「家政婦に家の掃除は頼んでるから洗濯機はあるがほぼ使用していない。だから適當に使ってくれ」

「家政婦に頼んでるんですか？」

「そうだ。何か問題でも？」

「いえ…」

「今日は泊まるんだから今著ているもの洗濯したらどうだ。乾燥機もついてる」

「と、泊まりませんよ！何言ってるんですか」

「いいからつべこべ言わずげ、洗濯してこい」

「…何なんですか！私はっ…―」

と、急に柊が琴葉の目の前まで來るとぐっと腕を摑む。突然のことに慌てる琴葉とは対照的に相変わらず変わらない威圧的な態度を見せる。

「いいから、今日は泊まっていけ」

「…だって…」

「ほら、これ著てろ。ついでにシャワーも浴びてこい」

柊はそう言って琴葉に明らかに大きい男用のTシャツと部屋著用のハーフパンツを手渡す。わかりました、と言って洗面所に向かう。

強引な彼に流されるように従っていいのだろうか。

今朝も使用した空間にると一息ついた。と言っても広すぎるこの場所はまるで高級ホテルのような裝で本來ならば落ち著かないのだろうが柊がってこないとわかっているから安堵の息がれたのだ。全面鏡の洗面室にはお灑落な洗濯機と小さめの冷蔵庫もあった。

お風呂場はさらに奧に進みドアを挾んだところにある。

シャワーを浴びるために服をいでいく。ブラウスのボタンを外している最中ドアが開いた。悲鳴にも似た聲が響き渡る。

ドアを開けた犯人が誰なのかはもちろんわかっているがまさか開けられるとは思ってもいなかった琴葉は腰を抜かしてしまう。

「ちょ、ちょっと…何するんですか…」

既にスカートはいでいた。元も開けていて咄嗟に外気にれる部分を腕で隠すが下は隠せない。

「シャワー浴びる前に、言っておきたいことがあったんだ。ていうか何で腰抜かしてるんだよ」

「だ、だって…今私いでる途中ですよ？！いい加減に…―」

「じゃあ立たせてやる」

柊が琴葉の腕を摑み、無理やり立たせる。泣きそうになるのを必死に堪えた。

琴葉を立たせるとニヤリ、不敵な笑みを浮かべる柊が今度は鏡の方を向くように指示する。

鏡は昔から好きではなかった。

自分の中に自信を持つことはできても、外見で自信を持つことはできなかったからだ。咄嗟に目を閉じていたが、柊のちゃんと見ろ、という言葉にゆっくりと瞼を開ける。

そこには…―。

「…あ、」

「ほら。いいだろ」

琴葉と柊は鏡越しに目が合っていた。それだけではない。上気した頬に、メイクのせいで普段よりもぷっくりした、妖艶な目元、どれも“らしさ”があった。

先ほどカウンターで見た姿とはしだけ違う。その“し”は柊が琴葉の背後にぴったりくっついているせいでの顔をしていることだ。

柊は、ふっと軽く笑うと琴葉の後頭部にキスをする。

「ひぃ…っ」

「けない聲出すなよ。綺麗だよ、琴葉は」

すると、柊は琴葉のに腕を回し、首筋をでる。でられる自分の姿を鏡越しで見ているというドラマのようなシチュエーションに眩暈がする。

立っていられないほどにが圧迫される。しでもでられるだけでが大きく跳ねた。

そんな琴葉の様子にクツクツとを鳴らす柊に気絶しそうになった。

「ほら、っぽいだろ。ちゃんと見ておけよ」

「や、や…めてください…」

「気持ちよさそうな顔してるくせに、よく言うよ」

「…気持ちよくなんかないっ…」

じんわりとの芯が熱くなるが、それを柊に言えるわけなどない。

無骨な指が、琴葉の首から徐々に降りていく。

指先が琴葉の元をでる。鏡に映る自分は柊の言う通りの顔をしていたし、妖艶に映っていた。

“彼”にれられるたび、琴葉のはいやらしく反応し、それを柊が満足そうに見下ろす。

「わかったか、お前はちゃんとの顔が出來るんだよ」

「わかった、から…やめて、」

これ以上されたらどうにかなってしまう、そう確信した琴葉は懇願するように言った。

すると柊は琴葉から手を離し、「じゃあ、俺はリビングで待ってる」と言ってその場を離れた。床に座り込んだ琴葉は淺くなっている呼吸を整えるようにに手を當てる。

心臓は彼の存在を証明するようにバクバクと大きな音を立てていた。

「…不破、柊…」

何度考えても彼は琴葉の過去には存在しない。それなのに彼は琴葉を知っていた。

もう一度何とか立ち上がって鏡を見た。

そこにいるのは、やはり以前の自分ではなかった。