男に慣れていないからこんなにも揺しているのだと必死に言い聞かせる。しかしひとたび彼にれられるとそれだけで脳が麻痺してしまう。

「お前がしがるまではしないよ」

「…しがる？」

「そうだよ、無理やりする趣味はないから」

「しがるわけないじゃないですか…私たちただの上司と部下の関係です」

「さっきも言ったが、今はプライベートだ」

「…」

「なんだよ。そんなにしそうな目で見るな」

「見てませんっ…！」

「俺なら後悔はさせない。俺だったらもっといいにしてやるのに」

柊の手が琴葉にずっと著している。その部分に全神経が集中していた。

確かに、先ほどの鏡越しに見た自分は“らしさ”に溢れる妖艶な顔をしていた。

化粧をしているせいかと思ったが一人だったらあの表にはならない。

柊がれると、確かに琴葉は妖艶に、艶やかに変化できた。

彼の手ならば…―。

「私、…変われるかな」

獨り言のように呟くが瞬時に柊が頷く。

「當たり前だ、既にお前は変わってきているじゃないか」

「…どの辺が…ですか？」

「全部だよ。學生時代よりもずっと綺麗だ」

広告代理店の営業にずっと攜わっているような人だから彼の言葉はお世辭のようなものかもしれない。それでも、琴葉は彼の言葉で凍り付いた心が溶けていくのをじた。

自分などお灑落をしたって無駄だ、そう思っていた。學生時代のトラウマで今でも男が苦手だった。それなのにこうも容易く彼を信じている自分がいた。

好きでもない男と同じベッドに寢るなど、どうかしているのに嫌じゃないのは何故だろう。れられても嫌じゃないのは、何故だろう。

柊からはお風呂上がりのシャンプーの香りがした。琴葉も同じものを使ったから同じ匂いを纏っている。

「…キス、なら…」

「ん？」

「キス、なら…いいです…」

戦慄くが空気を吸うためにし開く。

と、同時に勢いよくそれが圧迫された。

一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし驚いて微かに開いたからり込んできた舌にキスをされているのだと理解する。自分からしてもいいといったくせにいざされるともっと軽いものを想像していたから吃驚した。

「…っ…んぅ、」

くぐもった聲が自分の耳朶を打つと一気に恥心でが熱を放つ。

キスなど何年ぶりだろう。それに春樹とだってこのような強引で熱いキスをわしたことなどなかった。

まるで琴葉を食べるようなキスに呼吸が苦しくなっていく。上手くそれが出來ないのは経験不足だからだろうか。

「煽んなよ」

一瞬離れたが、不敵に弧を描く。

そして、もう一度琴葉のを貪る柊はキスをしながら琴葉の頬、首筋をでる。

熱い、全てが熱い。

一どうしてしまったのだろう。キスをせがむなどどうかしている。けれど、琴葉は必死に柊のキスをける。

“としか見ていない”

そんなふうに言ってくれたのは、柊だけだった。

―柊の前なら琴葉はの顔になる。

ようやくを離すと息を切らし、元まで真っ赤になる琴葉が目にり柊は珍しく顔を歪めた。琴葉は虛ろな目でそれを確認するがどういうでそんな顔をしているのかは理解できない。

「ようやく、俺を視界にれてくれた」

「…意味が、わかりません」

唾に濡れるを柊の指がでる。枕に琴葉の艶のある黒髪が広がっている。

で大きく呼吸をする琴葉の橫にようやく柊が移して威圧のある彼の視線から解放されるとほっとした。

しかし同時にしばかりの寂しさもあった。

―もっと、れてほしい。

思ってはいけないのに、そんなふしだらな考えが浮かぶ。

自分はどうかしてしまったのだろうか、ボーっとする頭で必死に考えるがいくら考えたって答えは出ない。

柊は自分で言った通り、キス以上のことはしてこなかった。

では、もしも…それ以上のことをしたいと言ったら、彼はするのだろうか。

「寢るんですか…」

天井にぶら下がる見たこともないような照明を見ながら訊く。琴葉の言葉に続くようにして照明が暗くなっていく。木製のベッドサイドテーブル上にあるらかな照明が部屋を燈す。

「寢る。これ以上したら我慢できないから」

「…我慢」

隣でを休める柊は琴葉の方へを向けた。

橫目でそれを確認する。

「今週の金曜日、新木と飲むんだろ」

「あ…そうでしたね」

「そのあとまたうちに來たらいい」

「…」

「土曜、そのまま買いに行く」

「買い？」

「言い換えるとデートだ。以上、じゃあ寢る」

「っ」

もっと説明してよ、と言いかけたがやめた。というか言えなかった。

ぐっとを引き寄せられて抱きしめられているからだ。

柊はそれ以上何もしてこないだろう。それはわかっていたのに張でが強張る。

こんなふうに男に抱きしめられて眠りについたことはなかった。春樹とだって、なかった。彼のの中に顔を埋めたまま、固まってしまう。

「何もしないから、安心して寢たらいい」

「…はい」

「俺は前の男ではない。塗り替えてやるから…だから安心していい」

ふっとの張が解けて、目を閉じた。

この人は一何を考えているのだろう。全くわからないけど、春樹のことが徐々に霞んでいくくらい柊のことで頭がいっぱいだった。