《異世界で始める人生改革 ~貴族編〜(公爵編→貴族編》第115話 魔法書
「そうか……、とうとうレベル9になったのか」
慨深そうな聲でそう呟いた。俺はタイミングが悪かったせいで、「ふーん」といったじだったのだが、この世界で三十年近く生きているお父様からすればそれほどのことなのだろう。
「水レベルを10にするか、聖魔法を9まであげるか迷いどころですね」
「それはもちろん計畫を練ってある。今はそっちよりも先にやらねばならんことがある」
「え、それよりも先にやらないといけないことですか?」
何だろうか。人集めとかかな。
「お前、三年前に來た公爵を覚えているか?」
どうやら俺の予想は違ったみたいだ。
三年前、というと俺が四歳の時か。
「……」
覚えているわけがない。ポルネシア國の公爵家の名前なら即答できる。一貴族の跡取りとしてこれ位は常識だ。
しかし、三年前に會ったことのある公爵となると、難しいところだ。會ったことはないが來たことはある、という意味ならベリリアント公爵なら記憶にある。何せプリムの右上に住んでいる貴族だ。
あの時、記憶から掘り出したのだ。もう忘れることはないだろう。
俺の沈黙を否とけ取ったらしい。
「コルディア公爵だ。何というか、いろいろあって幸薄そうな顔をしていた私と同じくらいの年齢の男だ。そうだな……確か、お前がアイナを買った前日にうちに來た筈だぞ」
「アイナを買った前日ですか?」
……あ。
「ああ、思い出しました。何と言いますか疲れた顔をしてらしたお父様のご友人の方ですね」
「そうだ。その男がコルディア公爵。私が學校に行っていた頃からの友人だ」
「はい」
昔に聞いたことをだんだん思い出して來た。
前後日に何もなければ思い出すのに苦労したのだろうが、コルディア公爵に會ったせいで奴隷館に行くのが一日遅れた。コウによれば、あれはお母様が仕組んだことだからいつ行ってもアイナはいた。當時の俺はお得な買いをしたとホクホクで帰っていたので印象が強い。
そこからたった一日遡ればいいだけの話なので思い出すのは容易かった。
「コルディア公はあれでも昔は優しくて明るいやつだったんだよ」
「何となくですが分かります」
疲れて果てていたが優しそうではあった。
「それがあんなにやつれたのは病が原因なのだ」
(なるほど……。あれ、けど普通に出歩いていたけどいいのか?それに當時來る貴族は片っ端から神眼使って覗いていたはずだけど。そんな人いたか?)
アイナを買う前日、しかも公爵家ともなればそれなりの金銭や伝があるはずだ。
言うまでもなく並の病気ではないだろう。
「病……ですか。神眼で覗いた筈なのですけどちょっと記憶にありません」
もしくは神眼でも見えない病気なのだろうか。病人を探して片っ端から神眼で覗いたことはないのでもしかしたら神眼でもわからない病気があるのかもしれない。
しかし、「この世のありとあらゆるものを見通す」神眼でもわからない病気をレベル9水魔法で治せるのかは微妙なところだ。
せめて聖魔法レベル9はしい。
「ああ、それはもちろんだ。なにせ病に罹ったのはコルディア公の息子だからな」
「え、そうでしたか。勘違いしちゃいました」
(それを早く言ってくれ。危うく神眼様のお力を疑うところだったよ)
神眼はたまに業務をサボるので全幅の信頼がおけるのかといえばそうじゃないのが怖いところだ。言語理解とかな。
それでも、レベル9程度で治せる病気をレア度10の神眼で見抜けなかったら急事態以外の何でもない。
危うく國中の治療院を回ることになるところだったぜ。
そこまで考えたところでふと忘れていたことを思い出す。
「それはそうとお父様、レベル9水魔法のエクスヒールキュアの魔法書が家になかったです。一回は最低唱えないと魔法が使えませんよ」
口ではそういうものの、正直しも心配していない。お父様は深く頷くと、懐から一冊の本を取り出す。
「もちろん準備は済んでおる」
だろうな、と思ったよ。俺が水魔法を優先的に強くしているのは俺自の意思というよりもお父様の指示という割合が大きい。
これくらいの準備はしておいて當然だろう。
「覚悟しておけ」
お父様はそう言いながら俺に本を差し出してくる。
「え?」
手をばしそれをけ取る。
手渡されたその本。
紺の本に幾何學的な青い模様がっている。
その中央には青い寶石のような煌めく丸いがはめられていた。
その丸い寶石に顔を近付けて覗き込む。
「っ!?」
突如として寶石に吸い込まれるような覚があった。
流れる水がそこにはあった。き通るような遙か先まで見通すことが出來るような明な水だった。
「はっ!」
意識が戻ってきた。幻覚を見た。
「合は平気か」
お父様が聲を掛けてきた。
「い、今のは一何なんですか?」
「幻覚。噂でしか聞いたことがなかったのだが、レベル9以上の魔法書は持つべきものが本を持った時、幻覚が見えるらしい。何が見えた?」
「水、が見えました。遙か先まで見通せるくらい純粋な水が……」
恐る恐る俺はそう答えた。
「ほぉ、そう見えたのか。やはり噂は本當だったみたいだな」
「噂、ですか?それにその、お父様も見たのでは?」
「いや、知っての通り私の魔法の才能は大したことないからな。お前みたいに魔石を覗いたときも何も起こらなかった」
「へー」
選ばれた、というと特別出るけどレベル9以上魔法才能を持つ人間なら誰でも見えるんだと思う。
その時突然、本の中央にはまっていた魔石のが黒ずんでいく。
「あ!えっ?やベー!」
慌てて魔石を指でこする。意味がないだろうなと頭の片隅で思いながらも他に出來る事もないので必死に魔石を指でこする。
だが、その甲斐なく魔石はどんどん黒くなっていき、最後にはき通るようなが黒に限りなく近い青に変わってしまった。
「ああ……」
けない聲が出た。泣きそうな顔でお父様を見る。しかしお父様は慌てることなく平然としていた。
「そんな顔しなくても大丈夫だ。もともとそういう仕様らしいからな」
「……」
泣きそうな顔から一転、怒りで顔を真っ赤にする。
お父様は俺のその顔を見て、大笑いだ。
「ははは、すまんすまん。噂程度のものだったんだ。なにせ私も初めて見たんだからな」
そう言い訳をするが言い訳になっていない。
「それは僕にそのことを教えない理由にはなっていません」
「悪かったよ。レインこのとおり!」
お父様が重ねて謝ってくるが今日の俺はそう簡単には許さない。
椅子の向きを逆側に変え、そこに座る。
お父様に背中を向け、斷固とした態度をとる。
「悪かった。そんなにいじけるな」
そう言いながら俺に近づいて來る。
そして、俺の膨らんだほっぺたをうりうりと突っついてくる。
「プゥ」
俺はふくれっ面のままだ。
「久々に家族に會えて私も嬉しかったんだよ。許してくれよレイン」
「……分かりました。でも次やったらもっと怒りますからね」
「ああ」
仲直りをして俺は椅子を戻す。
「それでこれは本當に大丈夫なんですか?なんかあまり良くないしていますが」
「ああ問題ないはずだ。そもそもレベル9以上の魔法書のは模寫が出來ないものだというのは知っているな?」
「はい」
魔法書。神の奇跡を現する為のそれの価値は使用する魔法レベルによって大きく変わってくる。
その境界線はレベル8の魔法書とレベル9の魔法書。
魔法書はダンジョンから手にる。
レベルの高い魔法書ほど手にり難い。
しかし、レベル8以下の魔法書は一度手にれることができれば本の容を模寫することが可能なのだ。それ故にレベル8以下の本を作るのにかかるのは、実質模寫にかかった時間や紙やインク代などの経費だけだ。
だが、レベル9以上の魔法書からは違う。レベル9以上の魔法書は模寫が出來ない、らしい。
 昔本で読んだことがあるのだが、レベル9以上の魔法書の模寫が出來ない理由。
中に書いてある文字が読めないらしい。選ばれたもの以外の人間には読んでいる文字が翻訳できないように出來ている。
いわく、脳が容を理解しようとしない、とのことだ。
これが俺知っている知識だ。俺はてっきりレベル9以上の魔法を使える人間なら誰でも本を"繰り返し"読めるものだと思っていた。
「それは正確ではないな。選ばれた、というのが違う。その條件に更にその魔石に最初に選ばれた一人にしか見ることができない。即ち、その本はもうお前のものだ、という事だ」
なるほど。しかし、そうなるとし不安になってくる。
「そんな貴重な本を僕がもらってしまってもよろしかったのでしょうか?」
今までもかなりの金額をかけて育てられている自覚があるだけに目の前の貴重な魔法書を使っている事に恐れをじてしまう。
「使える人間が使うべきだろう。ああ、それと、その本を下さったのはプリタリア様だ。會った時にきちんとお禮をしなさい」
「わ、かりました。ありがとうございます。もちろんプリタリア様にもきちんとお禮をします」
プリタリア様も二年前の約束を果たしてくれたらしい。ありがたい事だ。
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