《異世界で始める人生改革 ~貴族編〜(公爵編→貴族編》間話 バドラキアの將軍
ーーとあるバドラキア軍の將。
あちらこちらから聞こえてくる悲鳴と怒號に鼓を破られそうになりながら、俺は後方から戦場を見渡す。
數十メートル先では同胞であるバドラキアの勇士達が難攻不落と言われたハドレ城を攻略せんと、立てかけられた梯子を登り、その橫では魔法によって耐久力と対魔の付與がされた井闌車《せいらんしゃ》が城壁に取り付いて兵を城壁へと運んでいる。
背後からは、霹靂車《へきれきしゃ》と呼ばれる巖を飛ばす兵がひっきりなしに巨石をハドレ城へと飛ばし、城壁の上や背後に控えている兵士を蹴散らしている。
城門前には衝車《しょうしゃ》が配置され、轟音を響かせながら城門を破ろうとしている。
ハドレ城からはひっきりなしに矢と魔法が飛んでくるものの、どちらもこちら側が圧倒的に多い。
極めつけはバドラキア王國が誇る人間國寶、アイゼリック・カウント・ド・アロンの存在が大きい。
MP増加と無詠唱のスキルを持ち、火、闇魔法に通するその実力は大陸屈指の魔導使い。
この大陸のどこの國に産まれても重寶されたであろうアイゼリックがバドラキア王國に生まれたのは非常に幸運なことだ。
弓矢すら屆かない距離から、城壁上のハドレ軍を一方的に蹴散らしている。そして、アイゼリックによってハドレ兵が薄くなった場所に大量の梯子がかけられひっきりなしにバドラキア兵が登っている。
「これは落ちたな」
誰とはなしにそう呟く。
ハドレ城の城主は守りの名主だと聞いたが、バドラキア軍が本気を出せばこんなものだろう。明日明後日にはオリオン率いるポルネシア西部軍が応援に駆けつけてくるようだが、それでは遅い。
この城は今日には落ちる。
十年以上もの間この軍に所屬し、幾つもの戦いに生き殘り、バドラキア王國の將軍にまでなった俺には分かる。直に似た戦に勝つ空気、城が落ちる空気というものが。
そんな時だった。
張り詰めていながらもどこか余裕のあったこの場の雰囲気が一変した。俺以外の他の兵士達は何も気付くことはなく真っ直ぐ城の攻防を見守っている。
そんな中、俺は一人、ただ直的に東の方角を向く。
カーノ渓谷と呼ばれるポルネシア西部最後の難所。確かそこでは元リュミオン兵とオリオン兵が戦闘を行っていたと聞いた。最新の報では、どうやらリュミオン兵は寢返ったらしく、合計五萬の大軍がこちらに向かってきているらしい。
それらを率いているのは人もしていないオリオン家の嫡男だとか。
別に年齢など関係ない。この軍を率いているグリド王子も20歳で國では敵なしの知將であったし、目の前でハドレ軍を蹴散らしているアイゼリック伯爵も十代の頃にはすでにバドラキア王國魔導師団団長になっていた。
才能のある人間に年齢は関係ない。
だが、倍以上の戦力差が個人で変わるのかといえばそれは否である。
仮に、オリオン軍にかのプリタリアがいたとしても、倍の差はまらない。
そのはずだ。そのはずなのだが……この悪寒は一全何なのだろうか。
何か恐ろしいことが始まるのではないか。そんな予がする。
じっと丘を見つめていると、そこに一人の年が登ってきた。それなりに距離はあるものの、整った顔立ちをした年であると分かる。服裝も遠みに見ても値段の張る服裝であることがわかり、恐らくはあれがレインなる年なのだろう。
そんな年が、中空に手を掲げている。
何をしているのだろうか。
「まさか魔法?」
ありえない。こんな距離で、しかもこの大軍相手に使える魔法など聞いたことがない。しかし、それ以外思いつかない。
「この場にいる全員! 周囲を見渡せ! それと伝令! 王子に伝えよ! 東からオリオン軍がやって來ていると!」
「は、は? え? か、畏まりました!」
攻城戦を見守っていた側にいる將兵達は俺の言葉に戸いを見せるもすぐに対応して、俺と同じ様に周囲を警戒し始める。
俺も辺りを見渡し何をされるのか考える。大きな魔法であればある程詠唱に時間が掛かるし、放たれる前に予兆がある。それを見逃さない様、目を凝らす。
「しょ、將軍! あれを!」
一人の將兵が空を見上げながら、一點を指さす。
「なんだあれは……」
中空にあったのは黒い小さな點。
それだけならば闇魔法の一種なのだろうと予想がつく。しかし、その點は時間が経つにつれ、かなりの速度で大きくなっている。
それと比例する様に、俺の生存本能のび聲が大きくなっていく。
あれはやばい。今すぐ逃げろ。
手は震え出し、全から汗が吹き出す。敵に囲まれ死を覚悟した時ですらここまでではなかった。
その生存本能、直に従い俺は命令を下す。
「全員、あの黒い球から離れよ! 西に移し、防陣形を整える!」
「よ、よろしいのですか? 王子の命令なく……」
「構わん! 早くしろ!」
「畏まりました!」
俺の命令に対して部下はすぐさま行に移し、軍を移させていく。しかし、そのきは非常に緩慢で遅々として進まない。
兵達もじたのだろう。そして空を見上げ、このが粟立つ理由に気づいたのだ。
先程まで小さかった黒い球は既に空を覆い盡くさんとばかりの大きさに変わっていた。
先程まで殺し合いが行われていた戦場は一転して靜まり返り、誰もがその黒い球を見上げている。
「竜に睨まれたゴブリン」とはまさしくこのことを言うのだろう。
魔法使いではない私ですら分かるこの膨大な魔力。ある兵士は武を落とし、ある兵士は膝をつく。
次の瞬間、その巨大な塊は凝し、破裂する様にこの場一に広がった。
「全員を守れ!」
そう言いながら俺も腕で顔を守る。魔法に対してこの行為はあまり意味がない。だが、他にできることはない。
そして、真っ黒な闇にこの場にいるバドラキア軍全員が飲み込まれていった。
「「「………」」」
暫くして、俺はゆっくり目を開ける。そこには既に暗闇は消え去っており、數分前までの明るい日差しが照らしているだけだった。
「何も起こって、な……い、あっ?」
突然目の前がぐらつき、気付いたら衝撃と共に俺は地面に顔を付けていた。
「え? 何が……?」
分からない。足腰に力が全くらない。今分かるのは俺が突然馬上から落ちたことと、周りの兵士たちも次々に倒れ込んでいることだ。
皆一様に何が起こったのか分からない顔をしている。
「ゼ、ゼル、な、何が起きている?」
俺はすぐ側に倒れ込んでいるこの軍でも數ない鑑定持ちの側近に聲をかける。ゼルは青ざめた表でを震わせながら答える。
「あ、あ……す、ステータスが……。私達のステータスが半分になっております!」
「は、半分……だと?」
あり得ない。そんなことが可能なのか。
「どれだ? どれが半分になっている!?」
「全てです! レベルもHPもMPもSTRもVITも、魔法レベルさえも半分になっております!」
「そんな、そんな馬鹿な!」
狼狽し橫たわる俺達の耳に微かな地響きが聞こえて來た。
「なんだこの音? まさか!?」
頭の片隅に事前に貰っていた報を繋ぎ合わせる。
オリオンの戦車隊。
南方で使われる一時期趨勢を誇り、対策がとられると瞬く間に消えていった。
そんなものを持ち出して來た理由。それは無力化した人間を効率よく躙する為だ。
「くそ! くそ! アイゼリック殿を! アイゼリック殿の魔法で……」
「無理です。アイゼリック様も我々と同様に……」
「くそ!」
勝戦が一転、たった一つの魔法で覆された。あの魔法は一なんなのだろうか。闇魔法は確実として、こんな広範囲に使える魔法など本當に存在するのだろうか。
使えるとしたら、一何百人で運用しているのだろうか。それともまさかレイン一人で……。
「っ……!」
寒気がした。自分の出したありえない結論に吐き気すらじる。
一人でこれだけの範囲の魔法、しかもステータスを半分にするほどの強力なデバフだ。注ぎ込まれたMPは恐らく10萬を越える。たった一人で10萬ものMPを持っている人間など聞いたことがない。もしそんな人間が存在するとしたら魔神オルガノンくらいだろう。
目の前で起こった事実はそれだけの事だ。
「まさか、そんな……」
俺はその時、迫り來る戦車隊の突撃を見ながら、敵に回したものの恐ろしさを知った。
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