《一兵士では終わらない異世界ライフ》晴天を仰ぐ
–––クーロン・ブラッカス–––
クーロン・ブラッカスこと……クロロは目の前に佇む妖艶なるに鋭い視線を向けつつ、対峙していた。
対して、相変わらず薄い笑みを浮かべているゼフィアンは呆れたように肩を竦めて言った。
「聞こえていたわよぉ〜?勝てもしないけど、負けもしない……ですってぇ?舐められたものねぇー」
アスカ大陸を治める魔王達が、どうやって自分の領地を統治しているか……それは、武力・・である。
強い魔王ほど、多くの領地を治めるのがアスカ大陸の形だ。アスモデウス一世を名乗る古參な魔王であるゼフィアンの実力は、そんな実力主義社會のアスカ大陸の支配形態の中で生き殘ってきた確かな実力者なのだ。それなりのプライドもある彼は、自が生き殘ってきた年月を軽んじた発言をした闇の髪をした剣士に、怒りをじていた。
「いくら私がの子を傷つけたくない主義とは言っても……舐められて黙っていられるほど寛大じゃないのよねぇ?」
ゼフィアンが威圧を込めて、そう言うとクロロはふっと笑って流した。
「貴方の力は十分に知っていますよ、魔王ゼフィアン ……。稀代の天才魔師として名が知られ、『遊』の二つ名で呼ばれた達人級マスターの魔師……」
ゼフィアンは幾年ぶりかに聞いた自分の二つ名に慨深くなると同時に、どうしてそこまで自分のことを知っていてあのようなことを言えるのか疑問に思った。しかし、何でも構わない……自分のプライドまで傷付けられて生かしてやるほどゼフィアンはお人好しではないし、もしもそうならこんな戦爭は起こさないだろう。
ゼフィアンがその綺麗な作りの手を前へ突き出したのと同時に【念力サイコキネシス】でクロロを押しつぶそうと魔力を込めた。
と、その瞬間……クロロが煙のようにその場から姿を消してしまい、ゼフィアンは戦慄した。
「そんな……心の聲も聞こえなかった……?」
ゼフィアンは達人級マスター闇屬魔【念力サイコキネシス】と同じ、【思念知サイコメトリー】が使える。それを無詠唱で使い、相手の心の聲……所謂、思考を読むという蕓當が出來るわけだ。
ゼフィアンは【思念知サイコメトリー】を解除していないにも関わらず、その思考を読む間もなく、獲を逃がしてしまったのだ。それは、ゼフィアンにとって初めての出來事だった。
「一応……名乗っておきますね」
「っ……」
ゼフィアンは背後から聞こえてきた聲に脂汗を浮かべ、ゆっくりと振り返る。穏やかな聲音なのに、そこには圧倒的な威圧が込められていた。
もうゼフィアンの表に余裕さは一切ない。クロロは刀である黒い刀を鞘ごと腰から引き抜き、右手には刀を、左手には鞘を、それぞれ握り持って名乗った。
「私の名前はクーロン・ブラッカス……二刀流の剣士です」
二刀流……ゼフィアンはその名前に聞き覚えがあり、直ぐにその正に思い至った。
二刀流の剣士……片手には刀を、もう片方で鞘を持つという不思議な二刀流使いで、まるで月のような稲を放つ瞳から、そのまま『月』の二つ名が付いた達人級マスターの剣士。
「なるほど……この威圧はそういうことなのねぇ……『月』さん?」
「その名前は何十年も前に、もう返上しました。今はただの冒険者クーロンです」
そう言うクロロの瞳が月のを帯び、銀の輝きを放ち始める。からは黒いモヤモヤとした煙が上がり、その姿を覆っていく。
と、次の瞬間には月の稲が走ったかと思うと、ゼフィアンの懐に二対の武を構えたクロロが潛り込み、右手に握る刃を振るった。
「っ!」
およそ常人の域を逸したクロロの剣速に圧倒されながらも、さすがは魔王といったところ……ゼフィアンは完璧に反応し、氷の剣を作ってギリギリで防いだ。
しかし、直ぐに左手に握られた鞘がゼフィアンの腹部に突き刺さり、ゼフィアンは苦悶の表を浮かべて後方に吹き飛んだ。
「あぁんっ」
そんな能的な悲鳴を上げるものだから、クロロは思わず顔を赤くしてしまった。
「な、なんて聲出すんですか!」
「いたた……貴方の所為なのだけれどねぇ」
ゼフィアンは悪態をつきながらも、どうしようかと考える。
(あまり……魔力を使いたくないのよねぇ)
ゼフィアンには本気を出せない理由があり、この狀況で自分と同じ達人級マスターを相手にするには々力不足……目の前の武人を倒すには本気を出すしかないが、それで勝てるとも言えないのが達人級マスター同士の戦いだ。
だが、悲願の達まであとしなのだ。ここで諦めては、あと何年かかるかわかった事ではない。
「邪魔……しないでしいのだれけど……?」
「それは……無理な相談というものでしょう」
そういう答えが返ってくることは分かっていたので、ゼフィアンは溜息を吐いた。
「……ここで貴方と本気で殺り合うわけにはいかないのよねぇ」
「おや、良いことを聞きました」
クロロは言って直ぐに、霞むような速度で稲を走らせてゼフィアンに接近する。もちろん、ゼフィアンは反応し、氷の剣でクロロの一撃を防いでいく。
「もう……聞き分けのない子にはお仕置きよ!!」
ゼフィアンは魔力保有領域ゲートを開いて魔を使う。
そうして、クロロの剣とゼフィアンの魔の攻防が始まり、常人には見えないほどの速さで二人は平原を縦橫無盡に走っていく。
やがて、數キロ離れた山岳地帯で達人同士の剣と魔の攻防が激化し、山を衝撃波だけでことごとく消し飛ばした。
ザッ……と二人は消し飛んだ山の跡の平地に立ち、再び対峙した。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……ふぅ……」
二人とも肩で呼吸を繰り返し、疲労していた。剎那の間の攻防により、通常の戦闘以上によりも頭の方が先に悲鳴を上げたのだ。
「さすがに……早いわね。早は嫌われるわよ?」
「私は……、です!!」
クロロのび聲に続くようにして、再び凄まじい攻防が始まった。
–––グレーシュ・エフォンス–––
俺の目の前に聳え立つ魔導機械マキナアルマは、何度も【イビル】で毆り飛ばした筈なのに傷一つない。
本當にタフだ……タフ過ぎて帰りたくなってくるよ……本當に。しかし、その帰る場所を守るためにこうして俺は立っているのだ。ここでこいつに背中を向けるということ、それ則ち俺の道に恥じること。
俺は……もう前世での失敗も、父さんを失ったことも……繰り返すわけにはいかない。
そのための最強の一撃を、全全霊で放つ。【イビル】が屆かないなら、それよりももっと強く!
いくぞぉっ!
俺は弓を構えて矢を番える。さらに、弓技の発のために魔力保有領域ゲートを全開にして開く。
魔導機械マキナアルマは俺のきを見て、き出す。魔導機械マキナアルマの腕が再び振るい、拳を俺に向けて突き出してくる。
だが、これを避ける必要はない。
「待たせたな・・・・・」
威圧とか、威厳とか全部を集約したような雰囲気と聲が俺の鼓を震えさせ、眼前に迫る魔導機械マキナアルマを聲の主が己の持つ長刀・・でけ切った。
「重いな」
ギルダブ先輩が笑みを浮かべて、魔導機械マキナアルマの攻撃を完全にけ切っていた。俺でも吹き飛ばされたというのに、背後にいる俺にも衝撃が來ないように衝撃を逃がしてけている。さすがは最強の男……そして、この場でギルダブ先輩ほどここを任せられる人はいない。
「さぁ、やれ」
俺はギルダブ先輩のを借りて、弓技の構築に集中していく。
風の元素が矢に回転を加えて貫通力を、火の元素が鏃を燃やして威力を、雷の元素が速度と威力……全ての力を底上げする。水の元素でスコープレンズを作り上げ、狙いを付ける……が、これでは足りない。これだけでは、あの頑丈な魔導機械マキナアルマの裝甲を貫くには、壊すには、切り裂くには足りない。全く足りない……何もかも全て出し盡くせ……魔力だけじゃ足りないなら命を燃やせ。こいつを倒すには……ありったけの自分をぶつけるしかない。
「くっ……」
全から魔力がごっそりと抜けていき、直ぐに魔力枯渇に陥ったが、ここで膝をつくわけにはいかない。
俺の構える矢は、嵐を呼び、雲行きの怪しかった空に雷鳴と豪雨をもたらした。赤く燃え上がる鏃が煌めき、矢の回転に合わせて大きな風が吹く……そして微弱に迸っていた電撃が、空の雷鳴が轟くごとに雷が強くなる。
さあ……行こうか。
俺は臨海にまで達した力を解き放った。
「【バリス】!」
瞬間……閃が走ったかと思うと辺り一帯からが消え去り、ただ一筋のが音と衝撃を撒き散らしながら空間そのものを貫いて魔導機械マキナアルマに向かって飛んで行った。
「ぬっ……くぅ」
ギルダブ先輩もあまりの突風と衝撃に、魔導機械マキナアルマから離れる。
魔導機械マキナアルマは迫り來る強大な力の渦に対抗すべく、その両腕を十字に構えた。
矢の一閃が魔導機械マキナアルマの防の上から直撃し、凄まじいエネルギーを放出する。
風が渦を巻き、それに合わせて電撃が迸る。ジリジリと頬を焼くような熱風が吹き荒れ、全てを呑み込む。
ズガーンッと、轟音を立てて突き進む閃は、魔導機械マキナアルマを貫こうと牙を剝く……対して、魔導機械マキナアルマは徐々に後方へと押されていはいるものの、そのい裝甲をぶち破るには至っていない。
まだだ!
もっと強く!もっと鋭く!
まだ足りない!
もう嫌なんだ!悲しいのは!
全部を守ろうなんて大それたことは言わないから!だから……俺は俺の守りたいものだけを守る力を!それで今は十分だ!!
全のが沸騰し、管がはち切れ、がズタズタに裂けていく。それでも止まるわけにはいかない。
「おぉぉおお!!」
そして……俺の視界がブラックアウトした。
–––☆–––
「ぐっ……」
ギルダブは、目の前で繰り広げられている凄まじいエネルギーの衝突に吹き飛ばされないように踏ん張り、腕で顔を覆って暴風からを守っていた。
明らかにグレーシュの放った矢は、達人級マスターに匹敵する威力を持っているはず……それを防いでいる魔導機械マキナアルマは普通ではない。とてもオーラル皇國の技力で作れるような代ではない……まるでバニッシュベルト帝國の技力で作られた魔導機械マキナアルマだと……ギルダブは思った。
やがて、グレーシュが倒れたのを見てギルダブはまずいとじ、咄嗟に助けにろうとするとが……グレーシュが倒れてもなお止まらない【バリス】の力に不用意に近づくことすら出來ない。
「くっ……グレーシュっ」
手をばすも、グレーシュにまで屆くわけがない。
もうダメかと……そう思われた時、突然【バリス】が鳴いた。どのような鳴き聲なのか例えることが出來ないような……聞いたこともない鳴き聲で、ギルダブは思わず視線をグレーシュから【バリス】へと向けた。
神々しいを放って、ただ一直線に進む【バリス】……何故かそれに見惚れたギルダブはある変化に気が付いた。
「……なんだあれはっ」
と、ギルダブは絶句した。
【バリス】の矢を中心にして、銀に輝く何かが【バリス】を覆って翼を広げたのだ。その姿は……グリフォンのようにも見えた。
グリフォンは輝かしいを放ちながら、【バリス】の勢いに合わせて、翼を羽ばたいて直進し、魔導機械マキナアルマを貫いた・・・。
–––☆–––
「…………」
クロロはゼフィアンとの戦いの中で、幾度となく被弾し、そのに生傷をけていた。一方のゼフィアンも、幾らかのり傷をけているが、どちらも致命傷はけていない。
しかし、二人の戦闘の過激さは呼吸の荒さから滲み出ていた。
「くっ……はぁはぁ」
クロロは必死に空気を取り込もうとするが、経験したこともない張の中で筋が強張り、肺が上手く機能していなかった。
ゼフィアンも険しい表をして、自に殘された魔力を計算していた。
(まずいわねぇ……これ以上使うと、後の計畫に差し支える……)
ゼフィアンの頭の中に逃げるという文字が浮かび上がった時、丁度平原の方から銀のが発したのが見え、ゼフィアンは何事かと顔を顰めた。
そして、自分の用意した・・・・・・・魔導機械マキナアルマの気配が消失していることに気が付いた。
「そんなまさかっ!」
あの魔導機械マキナアルマは、ゼフィアンが直々に地屬の魔で作りあげた特殊な鉱によってオーラル皇國の技者に作らせた代……その度はゼフィアンの達人級マスターの魔ですら一撃で破壊することが出來ないほどだ。
それが壊されるなど、ありえない……そう踏んだゼフィアンは平原の方へと駆け出した。
「なっ……いかせません!」
クロロもその後を追って、山岳地帯跡を抜けて數キロ離れた平原に再び戻ってくると、思わず呆然とした。
「え……?」
共に戻ってきたゼフィアンとクロロは目の前の景に心底困していた。
二人の視界に見えるのは、巨大な風の空いた魔導機械マキナアルマ……そして、勝利の宣言をするギルダブの姿と戦いを終えた両軍の兵士達、それぞれの喜びの姿と肩を落とす姿だった。
「やったんですね……グレイくん」
クロロは信じていた故に、この戦いの勝利を確信していたが……やはり、嬉しかった。
一方、 ゼフィアンは風の空いた魔導機械マキナアルマを見て、深く溜息を吐いた。クロロはそれで、橫に立つゼフィアンに言った。
「それで……まだやりますか?」
クロロとしては疲労困憊もいいところで、これ以上の戦闘は避けたかったが、やる気というのならけて立つ……と、二対の剣を構えるがゼフィアンは首を振って肩を竦めた。
「戦爭が終わってしまったのなら……無駄に戦う理由もないわぁ。あーあ……まさか、あれが壊されるなんてねぇ……。おで計畫がパーよ」
「【ゼロキュレス】の……発ですか?」
クロロが問うと、ゼフィアンは嵐が去った後のような晴れやかな空を仰いで答えた。
「よく知ってるわねぇ……その通りよ。私はどんな手段を使ってでも【ゼロキュレス】を発する……そのために全て捨てる覚悟があるわぁ」
會ったばかりの時のような、薄い笑みは浮かべておらず、その顔には憎悪や殺意といったが溢れ出ていた。思わずクロロは唾を飲み込み、頬に汗を一つ垂らした。
ゼフィアンは目を伏せると、今度は自分が問い掛けた。
「あの魔導機械マキナアルマを破壊したのは……あの子かしらぁ?」
「……っ!グレイくん……」
ゼフィアンが訊いて初めて、クロロはだらけで倒れるグレーシュを発見して絶句した。丁度そこへ、勝利宣言を終えたギルダブがグレーシュを抱いて走っていったので、クロロは不安になりながらも一つ安堵の息をらした。
「グレイ……そう言うのね」
ゼフィアンは何かするつもりなのか、視線を尖らせて言った。クロロはそんなゼフィアンに対して、同じように視線を尖らせて口を開く。
「グレイは稱……彼はグレーシュ・エフォンスですよ。彼に何かするつもりなら……私が許しません」
カチャリと両手に握る刀と鞘が煌めいた。ゼフィアンは両手を上げて、首を橫に振る。
「何もしないわよぉ……怖い怖い」
そう言いながらゼフィアンは、踵を返して最後にこう言った。
「出來ればもう會いたくないわねぇ……早は嫌いだから」
「っ!?だから、私はです!!」
そんなクロロのび聲を無視して、ゼフィアンは影の中に姿を消した。
彼が今度はどこで、爭いの種を撒くのか……それは誰も知る由のないことである。
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