《一兵士では終わらない異世界ライフ》條件

☆☆☆

「ニャッニャンで貴様らが――ッ」

(テイク2)

盛大に噛んだ人間大の貓耳……いや、『暴食』という二つ名で恐れられる伝説序列三位にいる魔帝セルルカ・アイスベートは、仕切り直すように咳を切って言った。

「ふんっ……妾の前に姿を現わすとはな。こうも早く貴様らと再會することになろうとは……さすがの妾も予想外であったぞ。褒めて遣わそうぞ」

「…………」

「…………」

「……えっと」

俺とベルリガウスは視線をところどころにやって呆れ、ディーナは困ったように頬を掻く。そしてベールちゃんは綿菓子に夢中だった。もはや、伝説序列三位の威厳とかないな……いきなり、「ニャ」って。

なるほど、ベルリガウスがネコ科であると言った意味が分かった。きっとセルルカは魚が大好で、それを食するためにエーテルバレーへ訪れていたのだろう。いやいや全く……俺としてもそんな伝説の姿を見たくなかった。

仮にも死闘を繰り広げた相手だ。とても殘念な気持ちになる……あぁ、殘念。

そんな俺の気持ちが伝わったのか、セルルカは若干頬を赤らめながら怒鳴った。

「な、何か妾に申すことでもあるような顔をしているぞ?申すがよいぞ!」

「いや、別に……」

「まんま、貓じゃあねぇか」

「それ言っちゃダメでしょ……」

「っ!!っ!!っ!!!」

うわぁ……が白い分、が通うと真っ赤なのが丸わかりである。

これは怒るだろうと思っていると、セルルカは思いの外大人しく……ふぅっと息を吐くと鋭い眼で俺たちを睨んできた。先程までのどこか可らしいの子はいない。目の前にいるのが、たしかに伝説であると再確認する。

「それで……ペンタギュラスにエフォンスとは大層な顔れぞな。他にも腰のオビのような娘たちがいるようぞ……妾に何ようぞ?」

スッと空気が冷気を帯び、今すぐにでもここら一帯を凍らせようというセルルカの気迫が伝わってくる。ベールちゃんとディーナのが高まる中、ベルリガウスは飄々とした調子で述べた。

「今、帝國と戦う戦力を探しててなぁ?てめぇをスカウトにきたってぇわけだぉ」

「対帝國に協力しろ……と?」

「あぁ。てめぇ、仮にもこのエフォンスの坊主に負けてんだからよぉ?そんくらい呑んでもいいだろうがぁよぉ」

「ふむ……それを持ち出されると痛いものぞ。しかし、當然……妾が頷くとは鼻から思ってはいないぞ?」

セルルカは案の定、簡単に頷きはしなかった。それが分かっていたからこそ、ベルリガウスは面倒くさそうにしながらも頭を掻いて口を開いた。

「でだ、所謂等価換ってぇやつよぉ。てめぇが俺様達に協力する代わりに、俺様達直々にてめぇが協力してほしいことに協力してやるってぇわけだ」

「…………ほう」

と、意外なことにセルルカは孝する。俺としては協力してもらいたいことなどない……という風に一蹴されると思っていたのだ。が、セルルカは思いの外前向きに検討しているようだった。

何か……俺たちに協力して貰いたいことがあるということだろう。

暫くして、セルルカは不本意だという雰囲気をあからさまに醸し出しながら重苦しく言った。

「…………大海帝闘技祭は知っているか?」

セルルカが述べた単語……大海帝闘技祭について、エーテルバレーに詳しいディーナがみんなの疑問に答えるように口を開いた。

「えっと……大海帝闘技祭というのはエーテルバレーで行われる催しの一つですわ。この催しは、優勝者へ景品を用意したトーナメント方式で戦う闘技大會になってますわ。毎年、景品は最大珍味である『キルミンナの肝』ですわ」

「そう!それぞ……まさにそれぞ……」

それはもうキャラに似合わずセルルカは興し、テーブルを叩く勢いだ。

「キルミンナ……?」

ベールちゃんは綿菓子を一口食べて首を傾げる。『キルミンナ』は俺の世界でいうフグみたいな魚だ。その肝というので、なるほど珍味なんだろうとオレは納得した。

「あれを食することは妾にとって毎年の如く恒例行事……今年も優勝するつもりであるぞ」

「なら、僕たちは何を協力すれば?」

俺が問い掛けると、セルルカは実に忌々しげに表を歪めて言い放つ。

「…………今年は、々狀況が違う」

まず一つ……俺との戦闘でかなり力を削られたために本調子ではないこと。

そして二つ目と三つ目は同じような理由……セルルカは二本の指を立て、口を利かせる。

「今年は、『魔王』バディベルル・ザ・ベルゼブブ四世に加え、『迅雷』エイス・ネカトルフが闘技祭に出場する」

「……はぁん?」

ベルリガウスは面白そうに口角を吊り上げた。魔王ベルゼブブと、そして『迅雷』と呼ばれる二つ名持ちの人。『迅雷』エイス・ネカトルフは、人類最強・・・・の七人が一人……つまり、伝説のセルルカと魔王のベルゼブブに並ぶ超大だ。

「こんなところで……」

こんなところで、まさか三大勢力が衝突することになろうとは……とくに人類最強に遭遇することになるとは思わなかった。今まで、人類最強の七人に俺は會ったことがないからだ。

とはいえ……魔王とも沢山會ってるわけじゃないけど。

セルルカは不機嫌極まりない様子で腳と腕を組み、そして鼻を鳴らす。

「全く……『キルミンナの肝』は一年に一度の食。詰まる所、妾が食するに値するものぞ。それを橫から掻っ攫おうとハエの如く集る此奴らをばしにはしておけんぞ。が、萬全な狀態の妾でない今……此奴らに妾の裁きを與えることも困難……誠に憾だが、つまりだ。貴様らが妾の代わりに闘技祭へ出場し、此奴らをギッタギタにし、優勝するのぞ!」

さすがに伝説なだけあって自分のに忠実だ。

さて、どうするかとベルリガウスへ目配せするとベルリガウスはそれよりも先に口を開いた。

「うし、んじょあ決まりだなぁ?出場すんのはエフォンスの坊主だけだぁ」

「それでよいぞ」

「……おー?」

俺の意思とは無関係に話が進んでいるのは果たして……が、伝説なだけあって二人とも他人の意見とか聞いてくれなかった。

助けを求めてディーナとベールちゃんに視線をやるが、二人とも苦笑するだけだった。

「そ、その……頑張って下さいまし?お、応援しておりますわ!」

「なーはっはっはっ!頑張るのだな!」

味方がいない!?

俺は仕方ないと肩を落としつつ、再びセルルカに目を向けて深くため息を吐きながら頷いた。

「いいですよ……もうなんでも。とにかく僕は、ベルゼブブさんとネカトルフさん倒して優勝すればいいんですよね?」

「ふむ……その通りぞ。しかし、なんぞ?その喋り方は……他人行儀ぞ」

「え?」

俺は思わぬ指摘に眉を顰めた。しかし、どういうわけかセルルカから逆に何を不思議そうな顔をしていると問われてしまう。

「妾と貴様は死闘を繰り広げた仲……あの件について何も思わぬとは言わんぞ。しかし、死闘を繰り広げた後は友として卓を囲む……これぞ食のひと系であるぞ」

「は、はぁ……?」

何を言っているのかよく分からないが……なんとなく、そこら辺にセルルカの信念のようなものがあるのかもしれない。俺はならばと口を開いた。

「じゃあ、普通にさせてもらう」

「うむ……それでよいぞ」

満足げに頷く彼の姿に俺は、やはりため息を吐いた。大海帝闘技祭の優勝、並びに魔王と最強を打倒。なるほど、協力する條件としては如何にも伝説がある。しかし、俺には分かる。理解できてしまう。一度、彼と戦った俺はセルルカ・アイスベートの人間や人間の一部を完全に掌握しているからこそ……この條件に違和じ得ない。

セルルカ・アイスベートに善・・はない。かといって、悪人ではない。彼はベルリガウスと同じ人格を持つ、どこか狂った人間の持ち主だ。そして彼は、なによりも食を求める。なによりも、食に対して過程・・を重んじる。

だからこそ、このまるで他人任せな行為がとても気持ち悪い。一、何を考えているのかは知らないが……なくともこちらに敵対するつもりはないだろう。

兎に角、今回彼の大元の目的は闘技祭の優勝ではない。それは彼食の在り方に反するからだ。

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